第2話

 親愛の証、握手。

 魔王メリサリムはその儀式を、とても気に入った様子だった。

 握手握手と騒ぐ彼女は、とても天下の大魔王だとは思えない。そもそも彼女は本当に魔王なのだろうか。

 カケルに宛がわれた部屋は、白を基調としていて魔王城の一室だとはとても思えない。部屋の作りがホテルのスイートルームそのままであり、キングサイズはあろうかという大きなベッドはその大きさかからか寝心地の悪さすら感じる。

 風呂やトイレも完備されており、ここが魔王城だとは誰も思わないだろう。

 そもそもの話、魔王城とはいっても内装を見るに、おどろおどろしい雰囲気はまるでない。所々使われている木製の内装など、とても落ち着いた気分にさせてくれる。

 魔王メリサリムと我々人間の美的センスはそれほど離れていないということだ。しかしながら彼女と人間の思考回路の違いは先ほどの話で解離しすぎていることがわかる。

 重そうな荷物に苦戦しているご老体がいたならば、人間なら荷物を変わりに持つだろう。しかしメリサリムは違った。荷物が重いなら荷物を燃やして軽くしてあげようと考えたのだ。


「ありえんだろ……」


 いやしかしこういう考え方もできる。

 そもそも老人が重い荷物を運んでいる状況で、手を貸す人間が何人いるだろうか? カケルだったなら、どうするだろう。無視、してしまうのではないか。

 メリサリムはやり方が不器用なだけで、多くの人間よりは心優しい生娘なのではないか。そうであったならば、彼女を矯正することはそう難しいことではないかもしれない。

 そんな風に考えていると、ドアをノックする音で現実に戻された。


「カケル。皆に紹介する。こちらにきてくれ」


 手をこまねくメリサリムは、とても魔王とは思えぬほど愛らしい。

 だが、彼女は魔王であり、人間とはまた違った種族だという。いわゆる魔族というやつだろうとカケルは解釈することにした。

 そして肝心の魔王軍なのだが、大雑把に世界の半分は支配したとはメリサリムの談。見た目は少女の彼女に本当にそこまでの力があるのか。それに世界の半分を支配したというが、それが本当ならば自分はとんでもない仕事を引き受けたのではなかろうか。物理的に断る選択肢がなかったのだが。

 階段を降り、地下へと続く通路を歩く。

 なるほど魔王城だ、とカケルは感心した。居住空間こそ一流ホテルのような出で立ちだが、地下を歩けば、魔王城というに相応しい空間である。

 地下の迷宮からメリサリムの居城へと通じているらしく、さながらラストダンジョンの様相を呈している。

 何度目かの角を曲がると、メリサリムは歩みを止めた。


「ここだ、カケル」


 案内されたのは一際大きな空間であった。

 おおよそ五十メートル四方の空間に、所せましと魔物たちがひしめいている。

 地下にこれほどの空洞があることも驚きだが、カケルが驚いたのは彼ら魔物たちの熱気にである。なるほど彼女は魔王なのだろう。異形の者たちを自分の目で見るまでは半信半疑であったが、やはりここは異世界なのだ。

 そして魔王メリサリムというのは魔物たちから絶大な人気を得ていることが伺いしれる。メリサリムの姿が見えると、魔物たちの魔王様、万歳という割れんばかりの大合唱。

 メリサリムは壇上に立つと、右手をクルリと翻す。

 その合図に合わせて、魔物たちの合唱もピタリと止む。彼らは非常によく訓練されていた。


「我々、魔王軍も皆のおかげで世界の半分ちょっとを制覇した」


 ずいぶん可愛い言い方をするなとカケルは思い、自然とニヤついてしまう。


「だがしかし、困ったことがあります。それは忌々しい神々が構築した勇者というシステムだ。我々は今まで略奪に凌辱にと、好き放題やってきた! しかしこれでは勇者が誕生してしまう。どうすればよいか。答えは簡単だ。人々に愛される魔王軍になればよい! そこでだ! 今日は紹介したい者がいます! こっちこいカケル」


 こいこいと手招きするメリサリム。

 人前で喋るのは苦手なカケルは正直な話、がちがちに緊張していた。右手と右足が同時に出る程度には。

 奇妙な歩き方をするカケルを奇異の目でみる魔物たち。異様な光景である。

 だがしかし、彼は今までこれほどの大舞台で演説などしたことはないし、それに相手が人間ではなく、魔物たちなのだ。緊張してしまうのも無理もない話である。


「この者は、今朝方、私がちょちょいと召喚した人間で、名前をカケルという! 我々はこの者から人間の心というものを学び、人々から愛される魔王軍として生まれ変わらなければならない! 題して、魔王軍イメージアップ大作戦! 広報担当がこのカケルというわけだ! みんな拍手してあげて!」


 正直なところ、カケルは歓迎されてはいなかったのだが、魔王メリサリムが拍手してあげて! と大きな声で訴えているのだからしないわけにもいかない。憮然としつつも魔物たちはパチパチと拍手を送っていた。


「よし、カケル。皆に挨拶を」

「えっと……あのあの……ただいまご紹介に与りました鈴木カケルです。み、みなさんのお力になれるよう、精一杯頑張りますので、よ、よろしくおねがいします」


 無難。

 カケルは無難な男だった。

 今まではそれでよかったのかもしれない。現代日本では出る杭は打たれる。無難でいれば大きく間違えることはなかった。だが、彼がこれから行うのは人外蔓延る魔王軍の徹底改革だ。舐められてはいけない。無難などもってのほか。魔王軍を変えていくのであれば、その腐った根性を先に変えなければ魔王軍の広報など勤まるはずもない。

 事実として、なんてつまらない男が来たのだろうと魔物たちは思っていた。これからこんな男の下で政策を行うのか。勘弁してほしい。

 メリサリムの手前、口に出すものこそいなかったが、そんな考えが雰囲気でみてとれた。カケルは無難な男故に、その場の空気を読み取る能力に優れていた。

 カケルは意を決した。


「こ、これからお前たちは俺から学ぶんだ。文句があるやつは前にでろ! ぶ、ぶぶぶぶっとばしてやる! 小学生のころ空手を習っていたんだ、俺だってやれるさ。ほわちゃー! てりゃりゃー!」


 虚勢。

 カケルは目一杯虚勢を張った。

 なめられてはいけない。自分を変える。様々な感情が交錯した故の渾身の空手の型だった。ちなみにカケルは空手など、習ったことはない。

 どうせ相手は魔物なのだ。空手がなにかすら知らないだろう。ハッタリをかましてみることにした。そして空手の型もなんだかよくわからない飛び跳ねながらの飛び蹴りや、見様見真似の正拳突きだ。

 カケルは緊張で混乱している。魔物たちも察した。

 彼はテンパっているのだと。人間の心が、魔物たちは少しだけわかったのだ。


「さすがだな、カケル。さすが私が召喚した男よ。これが人間のテンパるというやつか、勉強になる」


 うんうんと満足そうに頷くメリサリムを尻目に、カケルの渾身の空手は五分ほど続いていた。

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魔王軍の広報担当 胡麻 団子 @gomadango

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