第13話夢ではない何処か

「あなたは目覚めたら全てを忘れているかもしれない、ここであったこと全てを」ハープ弾きの女は視線を床に向けながらそう言った。女の声は演奏の上手いチェロのような低音がありハッキリとした発音で話した。

「では、ここは夢なの?」私は当然のようにそう聞いた。

「あなたは眠っているけれど、今見ているものは夢ではない」女は相変わらず視線を床に定めている。

「眠っているなら、見るものは夢しかないのではない?」私はそう言う。

「違う。あなたは」女はその先を言わずに口を閉じた。どうしたのだろうか。私はそれを聞こうとするが後ろの方から光が差してきた。ここが夢でないのならそれは朝陽ではないのだろう。私はなぜだかそんなことを考えると振り向いた。

 出入り口の隙間からキラキラと光が差していた。朝陽ではなく白色に近い銀色である。

 そしてまたハープ弾きの女の方を向くと、女はハープごと消えていた。夢ではないのなら一体これは何だと言うのだ。私はそう思った。

 ここにいても仕方ないし、外の光が気になったのでここから出ることにした。

 出入り口に向かい歩いていくと先程感じた床の柔らかさはなくなり硬い凸凹の砂混じりの床に変わっていた。

 出入り口に着き、外に出てみる。

 辺りはレモンイエローのアイスキャンデーだったような色合いから群青色のような色合いに変わっていた。空には銀色の月が巨大で今にも落ちてくる瞬間のようにあった。月の凹凸がよく見える。

 その途方もなく大きな星を見ていると押しつぶされそうな気持ちになり、私は自分が潰れていく瞬間を想像した。これくらい大きなものに押しつぶされるのだったらさぞや一瞬であろう。笑顔の内に死ねる。

 そういえば先程のハープ弾きの女はどこに姿を消したのだろうか。少しの間目を離しただけでどこかに消えてしまった。まだテントの中にいるのだろうか。私はハープ弾きの女がどこかで息を潜めていることを想像し思わず笑ってしまった。何よりあのハープも消えていたのである。一瞬でハープごと消えるとはどんな手品を使ったのだろう。まあいいこの夢を楽しもう。あの女は夢ではないと言ったが私にはここが夢の世界に思えた。

 だから私は辺りを散策してみることにした。砂地がクポクポと窪む足音が私が歩く度にする。左右を見やりながら歩いていくとどの家々もドアがないことに気付いた。あるのは窓のような空洞だけである。試しに一つの家に近づき窓のような空洞から中を覗いてみた。

 意外にも中はテーブルが置かれてあり人がいたであろうことを感じさせた。ただ、長い間ここにはいないようである。テーブルの上は砂埃で汚れていた。月明かりがそれを照らしている。

 その時風が通りサラサラとテーブルの上まで届き砂粒を落とした。風は正に夜の風で私は今の時期が夏であることを思い出し、肌に触れる風に涼しさを味わった。砂混じりの風ではなくそれは空気のみであった。柔らかい感触。扇風機の風などとは違う自然の風であった。

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人肌の温度 眠る乃符時個 @grandsilversky

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