第12話雨が頬を触れるように


 私はそれを夢と知らないまま夢を見ていた。つまりいたって普通の夢である。私は何処かのゴーストタウンに一人立っていた。満月が空にはあり街灯のないゴーストタウンを明るく黄色に照らしていた。そのせいか太陽のようにまでとはいかないもののその町は明るかった。家々は黄色く染まってはいるが元は白色の石で作られ三メートルほどの高さをどれもしていた。

 遠くの方でハープの弦を弾く音がしていた。その旋律は私が一人であることを忘れさせる働きをしていた。メリーゴーランドの木馬たちがくるくると周るような情景を思い起こさせ、私は幼いころそれに乗ったことを思い出しひどく懐かしい気持ちになった。ハープは繰り返しその旋律を奏でていた。

 私はその音の方へ向かうことにした。一歩足を踏み出すと地面の砂地に靴が一センチ食い込み優しく馴染んだ。歩いてく内に地面に足が触れるのが楽しくなってきた。

 音に近づくに従い、当たり前のように音は大きくなりなぜかテンポが遅くなりメリーゴーランド木馬たちの動きはゆっくりになっていった。

 やがて私は大きなテントの前に辿り着いた。サーカスでもやるかのような大きなテントである。入り口から音がしていた。中からは強い光が溢れ出し中はさぞや眩しいだろうと私は予感した。

 それでも私は中に足を踏み入れた。眩しくて目を閉じたまま一歩ずつ足を出す。中はスポンジケーキを床に敷いたような踏み心地であるがするすると前へ進めていた。音は爆音になり私の体まで浸透し夢心地であった。もっともここは夢の中であったが。

 目を閉じていても強烈な明るさは伝わりスローテンポな音楽と合わさりあい私は次元を一つずつ越えているような気分になっていた。それは中心へ向かう螺旋階段のようであり一段ずつ昇る度に気分の高揚とともにうつつになる。同時に私は記憶のようなものを一つずつ消されていっている気持ちになった。

 私は中心へ向かう。

 ふと明かりが落とされたのか瞼を閉じた瞳から光が差し込まなくなった。

 私は目を開けると周りは暗闇に包まれていた。そして中心にはハープを奏でている女がいた。

 女はキラキラと光るティアラを被り、エメラルド色の同じく艷やかに光るドレスを着ていた。女は黙ったままハープを弾き続ける。そこだけスポットライトが落ちていた。

 古い記憶を呼び起こすような音色であった。しかし私は記憶を失っていることに気がついた。私はそのハープ弾きの女の元へゆっくりと近づいていった。

 自然と涙が出てきて私は深い悲しみの中にいることを感じた。その悲しみは目前にいる女のものなのか、自分のものなのか定かではなかったが雪が溶けて水滴になるように、私は一度氷解し新しい自分になったのかもしれないと思った。だから記憶がないのだ。

 記憶がないものの自分のようなものはあるように感じた。それは記憶の残滓なのかもしれないし、生まれ変わった私なのかもしれない。涙は変わらず流れた。雨が頬に触れるように。

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