植木鉢の花の名は 下


 治療をしていく中、日々が過ぎていくごとに見舞いに来る人も減ってきた。たまに家族が来るくらい。

 俺はいつになったら良くなるのか? 体は動かないし、まだリハビリどころではないのだろうか?


 ある日、家族と一緒に医師と看護師が入ってきた。ピリピリとした雰囲気を感じる。

 医師が口を開いた。

川松悠久かわまつはるひささん、伝えなければいけないことがあります」

 不安だ。怖い……聞きたくない。

「川松さんは意識もはっきりしていて喋れて、耳も聞こえるし、食事も取れるようになりました」


「内蔵の方は無事です。ただ、首から下の体を動かす神経がやられていまして」

 医師は少し間を置いた。

「今後、体を動かすことが出来ないと思います」

「ど、どういうこと……」

 隣にいた家族が目を伏せていた。


 そ、そんな……そんなバカなこと。

「うわああああああああああああ!!」


 頭が混乱している中、ふと意識がぼーっとしてきた。

 鎮静剤は投与しました。と看護師の声が聞こえた気がした。

「落ち着いてください。今は辛いお気持ちでしょうが、あなたはまだ出来ることがある。生きてるじゃないですか!」


 俺は絶望した。

 体が動かなければ日常生活や、ましてやサッカーなんて無理だ。

 徐々に俺はふさぎこんでいった。

 家族が度々面会に来ても、俺はぼーっとしている。


 どうすればいいのだろう? どうしたらいいのだろう?

 本当に生きている意味はなんなのだろう?


 精神科医や心理士が来て、診てくれたが、俺の心はもうダメだった。

 死にたい。死んで楽になりたい。そうだ、あの事故ですぐ死ねばよかったんだ。

 舌でも噛んだら死ねるかな。そう思う毎日。



 ある日、面会でやってきたのはマネージャーの月原だった。初めて見舞いに来た。

「川松さん、具合悪いと聞きました」

 俺は黙ったままだった。

「川松さんはまだ生きている、まだ出来ることがあります。だから……」

「だからなんだよ!! 体も動かない、俺にはサッカーしかなかったのに、くそ!!」

「川松さん、あの……」

「もう出てけ! 出てけよ!」

 叫んだら、彼女は出ていった。


 だが、それから月原は毎日、俺の見舞いに来るようになる。

 拒んで拒んで、罵倒を浴びせながらも、それでも彼女は毎日来た。

「なんでそんなしつこいほど来るんだよ、俺はおまえのこと嫌いっていったし、死ねっていったし、来るなとも言った!」

「私は川松さんの助けになりたいんです!」

 もう分からなかった。

 でも、彼女という支えが少しでも俺の心を解きほぐしてくれている気がした。

 月原は他にも出来ることがあるという話を俺にしてくれた。


 目は物を見ることもできる。

 喋れるなら文章だって音声入力で書ける。

 歌える。


「やれることはまだまだあるんです! 何も出来ないわけじゃない、何かは出来るんですよ」


 俺は月原が毎日来るようになって、少しずつ何かできないかと模索をはじめた。

 彼女に言われたように、家族に機材を用意してもらった。日記を音声で記録したり、歌ってみたり。


「良かったです。川松さんが元気になってきて」

「月原が支えてくれたおかげだよ」

 いつの間にかだが、彼女のことが好きになっていた。


「そうだ、月原。下の名前で呼んでいいか?」

「えっと、構いませんけど」

「さゆだっけ?」

「そうですね、咲柚さゆです」

「じゃあ俺のことも悠久はるひさって呼んでくれ」

「えーっと、は、はる……悠久はるひささん」

「ありがとな!」


 その後、ふさぎ込んでた俺が元気になってきたので、家族は驚いていた。

 俺はもう体が動かなくても他の出来ることをしようと思った。

 そう決意したんだ。


 精神的にも調子がよくなってきて、色々と家族や医師に提案されたものも、やってみることに。

 咲柚さゆはいつも誰も居ない時、毎日来ていた。

 話したり、今後の事とか。とても楽しい日々だ。


 ある日も、咲柚がやってきた。いつも通り笑顔で、楽しそうに雑談をする。

「やってみたけど、俺って結構物書きの才能あるかも! 作家になれるかな? ほら元サッカー部って事で!」

「作家とサッカーですか?」

「ほら、かけてるんだよ」

 咲柚はふふっと笑った。

悠久はるひささん、これからも頑張って生きてくださいね!」

「ありがとうな、咲柚さゆ

 咲柚にはとても感謝した。

「それでは、そろそろ行きますね。悠久さん……またね」

 咲柚は微笑んで、病室を出ていった。



 だが、次の日から彼女は来なくなった。

 流石に生きる決意をした俺だが、好きになった彼女が来ない苛立ちはつのる。彼女にも生活があるんだ、しょうがない。

 俺の決意は変わらず頑張ろうと、もがいた。


 しばらく経ったある日。久しぶりに面会の連絡が来たので彼女かもしれないと思った。

 来たのは仲良しの友人、駿太だった。

「よう! なんだか以前より元気になったみてーじゃないか」

「まあな。今後やることも考えたしな」

「そういえば咲柚さゆ……月原はどうしている?」

「……」

「いつも毎日面会に来てたのに、急に来なくなってさー。どうしたのかなって」

「は? お前何言ってんだよ?」

「だから、月原は」

「月原は……し、死んだんだよ!」

「え?」



「いつ……死んだんだ?」

「お前が事故った後、意識がない状態の時。自宅の階段で足を踏み外したんだ」

「う、嘘だろ! だっていつも咲柚は面会に……」

「お前こそ変な嘘をつくんじゃねーよ! 俺達が面会に来た時には彼女はもう……」

 駿太の声は震え、今にも泣き出しそうだった。

「でも、あの時お前にそれを伝えるのは酷だと思ったから、言えなかった」

 そ、そんな? あれは、あの出来事はなんだったんだ?

「幽霊?」


「はあ!? 何言ってんだよ! だから! 咲柚ちゃんは!」

「俺を励ましに来てくれたんだ。俺には生きろって、毎日毎日言ってくれた」

 毎日。そう、普通は学校がある時でさえ来てくれた。

 なんで気づかなかったんだ。


「そんなことって……」

「あるんだよ! 俺は、俺は彼女に救われたんだ」

「死のうと思ったどん底の中、彼女が……咲柚が俺の心を救ってくれた! これから生きていこうって思えたんだ」

 溢れ出てくる涙を拭うこともできないまま、俺は震える声でそう言った。

 きっと、彼女は俺が立ち直ることが出来たと。生きることを諦めないと思ったから……それで居なくなったんだ。

 未練が無くなったんだと思う。


 駿太は不思議そうに俺を見ていたが、俺の話を信じてくれたようだ。

「咲柚ちゃんは優しいもんな……」

 駿太も涙を流していた。




 俺は彼女の分もこれから生きる。

 たとえ体が動かなくても何かできることをやるんだ。

 植木鉢の花が咲いた頃、花に名を付けた。


 ――『咲柚さゆ』と。


 そして綴ることにしたんだ。月原咲柚との出会い、出来事をこの小説に……。

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植木鉢の花の名は 志鳥かあね @su7

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