植木鉢の花の名は

志鳥かあね

植木鉢の花の名は 上


 高校の友達数人と遊びに行ってる時、近所の道を歩いていた。

 目に留まったのは花束。他にもジュースなどが置いてある。

 ああ、誰か交通事故で亡くなったのだろう……。

 誰が死んだかは分からないが、少し哀しみを感じた。

 俺は友達と遊んで、その事は忘れた。



 俺、川松悠久かわまつはるひさは部活をやっている。

 小さい時からサッカーが好きで、高校になった今でも、サッカー部だ。よく仲間で朝練などにも励んでいる。

 野球部はかなりハードみたいだが、俺たちサッカー部はそれほどでは無いかな。


「おーい! 悠久はるひさ!」

 仲の良い友人であり、同じチームの神岡駿太かみおかしゅんたに呼ばれた。

「なんだ? 何かあったか?」

 駿太はチラチラとコートの隅にいる、女子マネージャー達に目をやる。

「いや、あの新しく入ってきたマネージャーの子、可愛くね?」

 マネージャーの中から見慣れない子を探した。

 ヘコヘコと先輩のマネージャーに頭を下げている様子が伺えた。

 その子がこちらを向いた。確かに可愛い。


「まあ、可愛いな。お前、あの子の事好きなのか?」

「好きっつーか、一目惚れってやつ! 名前なんていうんだろ? 早速聞いてこよう!」

「結構、度胸あるな」

 駿太に呆れつつ話していたら、先輩が怒りの表情を浮かべ走ってきた。

「神岡、川松、何やってんだ! さっさと持ち場につけよ!」

 やばい! 

 怒鳴りつけられ、俺達はすぐさまグラウンドへ戻った。


 練習試合が終わった後、駿太は女の子の名前を聞きに走っていった。

 そして、俺のもとに戻ってくる。

「あのマネージャーの子、月原咲柚つきはらさゆちゃんだってさー! アドレス交換させてもらった!」

「やべー咲柚さゆちゃん、俺に気があるんじゃね?」

「いや、お前の様子を見る限り、迫りに迫っていく様子だったから、しょうがなく断れなかったんだろうな」

「なんだよ!」


 日々が過ぎていく中、まだ新人だった月原は俺達と話をしたりした。

「大丈夫ですか?」

 スポーツドリンクやタオルを差し出す。朗らかな優しい声、そして謙虚な姿勢の性格のようだ。

 他のマネージャーの子とも、大分慣れ親しんできたようだった。




 ある日の下校途中、歩道にしゃがんでいる姿があった。同じ高校の制服、その女子は振り向いた。

「あ、月原」

「川松さん」

「こんな所で何やってんの? もしかして調子悪い?」

「いえ……」

 ふと見ると、彼女の手には小さな花束。

「もしかして、ここに花を手向けてるのか?」

「……」

 少しの沈黙。

「いや、話したくなかったらいいや。んじゃ」


「事故だったんです……」

 見たら分かる、歩道の隅においてある花と飲み物。

「私の中学時代の友達でした。だから、度々ここへ来て、彼女のことを祈っているんです」

 月原は少し沈んだ表情をしているように見えた。

「もう悲しまないでって、もう辛い思いはしないでって」

「そうなのか」

 何を言っていいのか分からなかったが、口が動いた。

「きっとその思い届くと思うぞ」

「そうだといいですね」

 彼女は少し微笑んだ。



 俺たちは他校の試合が今後あるので、練習に明け暮れていた。頑張って練習していたので、疲労マックス。マネージャーも俺たちの健康管理などに大忙しだ。

 そしてついに、他校とのサッカーの試合の日がやってきた。

「よっしゃ! 皆頑張るぞ!」

 掛け声とともに試合は始まった!




「はあー」

 結果は惨敗だった。皆も落ち込みながらトボトボと歩く。

 でも皆はこれから元気だしてやっていこうぜ! と気合をいれた。

 マネージャーの皆も励ましあっていた。


 それからメンバーと別れ、自宅への帰り道。さすがにクタクタだった。

 青信号の横断歩道を渡っていた俺は疲れからか、つまずいてしまった。

「いてて……」

 横をみると車が迫ってくる。


 え? おいおいおい! ちょっと!?

 そこから先はゆっくりと時間が流れるように感じた。

 なんとか逃げなくては!

 誰か助けてくれ!

 死にたくない!!

 だが、思いとは反して体は動かない。

 そして衝撃が俺を襲った。

 痛み? そんなのは感じない。

 ただ薄れゆく意識の中、色々な声が聞こえてきて、俺の意識はなくなった。





 あれ? ここは?

 そこはさっき居た横断歩道。救急車、そして俺が倒れている。

「可哀想に、もう駄目かもしれないね」

 おばさん二人がそう話していた。




 嘘だ……。




 ああああああああ!!





 目を開いた。白い天井。呼吸が激しく心臓が高鳴っていた。

「川松さん! 分かりますか!?」

 白衣の男性と白い服の女性。ここは?

 俺は生きてる? 死んでいる?

「まずは落ち着いてくださいね、大丈夫ですよ! 病院です! あなたは生きてます!」

「家族の方に連絡を!」

 男性医師は指示を出した。

「まばたきが出来ますか? 何回かしてみて下さい」

 俺は言われた通りに、まばたきを必死になってやる。うまく動かなかったが出来たようだ。

「よかった、意識はあるようですね」


「声は出せそうですか? 少し出してみてください。無理しなくていいですよ」

 声をなんとか振り絞りだす。かすれた声が出た。

 言葉はまだしゃべれないし、頭はぼーっとするが相手のことは理解出来る。


「ではゆっくりでいいですから、手の指を動かしてみてください」

 俺は手の指を動かしてみた。だが、何回やっても動かない。どうして……。

「焦らなくても、大丈夫ですよ。今はゆっくり休んでいてください」

 男性医師は微笑んだ。

「これから検査なども行います。もうじきご家族もいらっしゃるでしょう」

 ぼーっとしつつ、家族がやってきた。母や妹は涙を流して喜び、父も安堵の表情だった。




 その後、ある程度回復してきた俺は一般病棟へと移る事となった。

 目もハッキリ見えるし、声も出せる。耳も聞こえるし、頭の方も普通だし、左右に首を振ることだって出来る。


 ただ、唯一できなかった事……それは首から下の体が全く動かないのだ。

 ピクリともしないし、痛みすら感じない。

 度々、看護師が床ずれを治すためか、寝返りをさせにくる。恥ずかしながら下の世話までしてもらっている始末だ。

 いつになったら動けるようになるのだろう。不安を抱えつつ回復に励んだ。


 家族以外の面会の許可がおりたようで、サッカー部の仲間が見舞いに来てくれた。

「おう! 元気か! 川松」

 先輩が笑って、お菓子の詰め合わせを置いた。

悠久はるひさ、元気でよかったー!」

 駿太がほっとした笑顔で、脱力状態になっていた。 

「いや、どう見ても元気じゃないだろ」

「まあそうだよなー。でも生きててよかった!」

 駿太の声は少し震えていた。

 俺は仲間たちに感謝した。


 果物やお菓子などを持ってくる中で、駿太が持ってきたのは植木鉢の花。

「おいおい、病人に鉢植えの花は厳禁って知らんのか?」

「え? そうなの?」

「そうそう、理由は知らんが病気が治らなくなるからっていうやつだよ!」

「す、すまん。持って帰る」

「いいよ、せっかく持ってきてくれたんだしさ」

 先輩にもお礼を言った。


「まあ、ありがとよ! 早く元気になってまた皆の所に戻るよ!」

 みんなが笑顔で、じゃあな、元気になれよーと去っていった。

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