2-6 こんにちは異世界人

 新時代国際交流研究部。なんだかとても堅苦しい名称で生徒から敬遠されそうな名前だけど、これが僕と襟名さんの始めた部活動だ。新時代と言っておきながら旧時代に消えたファンタジーが基本テーマで、やるのは国際交流どころか異世界人との交流。だから何もかも嘘っぱち。本当は異世界人研究部。でもそれは怪しいからね。


「これから僕たちがやろうとしていることは、多分大変なことだと思う。何が正解かも分からないまま、答えがあるのかも分からないことをする。全部無駄になっちゃうかもしれないけど、それでも僕は襟名さんの夢を応援したいから……全力を出すよ」


 本当は全力なんて出したくない。だって疲れるんだもの。毎日歩いている距離を少し早く歩く。いっそのこと走る。そうするとどうなるか。うん。もちろん疲れる。全力を出すってのはそういうことだ。だから僕は全力を出したくない。


 でもね、好きな人が頑張るって言ってるんだ。


「襟名さん以外にも異世界人は居る。それも……たくさん。きっと誰も知らないだけで、気付かないだけで……異世界人は地球人になっている。きっと地球人として生きている異世界人が居る。だから僕らで見つけて、一緒に頑張るんだ」


 自分への全力は惜しんでも好きな人への全力は惜しまない。人はそういうものなんじゃないかな。誰かの為に頑張って、それが報われた時って嬉しいからね。


「……うん。私も頑張る」


「よかった。それじゃあ……生徒会室に行こうか」


「えっ? もう部室もあって部活も認められてるよね?」


「うん。ちゃんと活動内容が決まったって報告しなきゃ。ここまでしてもらったんだしさ、お膳立てさせておいて後は無視なんて失礼じゃない? だから生徒会室に行くんだ。この部室でこんなことをするよ、って。それに王寺さんと話したいし」


 あっ、最後のは余計な一言だったね。襟名さんが少し不機嫌そうだ。


「……伊勢君って、王寺さんが好きなの?」


「うん」


「そう……」


 またやっちゃった。べらべら余計なことを言っちゃいそうだから簡潔に伝えたんだ。そうしたら余計に駄目な返事になっちゃった。確かに王寺さんは好きだ。顔も性格も好みだ。でもほら、それは襟名さんへの好きとは違うんだって。


「違うよ。違うんだ。ラブとライクみたいな。王寺さんはラブで、襟名さんはライクな感じ。合ってる? あれ、どっちがどっちでどんな意味だったっけ」


 ラブより凄いのがライクじゃなかったっけ?


「……くす。うん。いいよ、気にしてない。そっか、私がライクで王寺さんがラブなんだ。ふーん……分かった。そういうことならお弁当作ってあげない」


「待ってよ、それは困るよ。僕の人生が変わってしまうよ」


 人生っていうか、僕の食生活がこれまでと同じになっちゃうね。食堂で食べるか、売店で買ったパンとかを食べるか。それはそれで嫌いじゃないんだけど、それがどれだけ美味しかったとしても、好きな人の手料理には敵わないって分かってるから。


「その反応……ラブとライクが逆だったんだね。うん。分かったよ襟名さん。僕がラブなのは襟名さんだ。王寺さんがライクで、王寺さんの方が二番目」


 僕がどれだけ言い訳をしたって襟名さんはにやにや笑ってばかりだ。悔しい。僕が言い間違えたのを面白がっている。良いじゃないか。日本人なんだから英語を間違ってもおかしくない。日本語もたまに間違えるけど、それはそれってやつだ。


「良いの? 本当に私がラブで――」


 仕方がなかったんだ。襟名さんの手のひらで転がされているような感覚はくすぐったくて、楽しかったし嬉しかった。でもちょっと恥ずかしかった。襟名さんにからかわれて顔が真っ赤になるのが嫌で……だから僕は襟名さんを抱きしめたんだ。


「良いの。襟名さんがラブで。僕は襟名さんが本命だから。英語は怖いからもういい。ちゃんと伝える。僕の使い慣れた方の言葉で。王寺さんも好きだけど、襟名さんの方がもっと好きで、僕はどこの誰よりも襟名さんのことが大好きなんだって」


 襟名さんが静かになった。顔はよく見えない。でも、僕には分かる。


「襟名さんが好きだ。心の底から愛してる。襟名さんの性格が好きだ。声が好きだ。おっぱいも好きだ。全部好きだ。襟名さんが襟名さんだから好きだ。僕は――」


「も、もう良いから……」


 勝ったね。襟名さんは僕から少し離れて手のひらで顔を扇いでいる。顔は真っ赤だ。それはもう凄いぐらいに。見えないだけで僕の顔もそうなんだろうけどね。


       *


「まだ何かありますの?」


 生徒会室で相変わらず忙しそうにしている王寺さんの手を止めて、僕は新時代国際交流研究部の活動内容を伝えた。他の人には本当の目的なんて教えないよ。でもさ、王寺さんは生徒会長だし仲も良いし、言っておかないといけないからね。


「――そういうことだから、僕は是非王寺さんにも参加して欲しいと思ってる」


 そう。僕は王寺さんを部員にしたかったんだ。王寺さんの力を借りれば何でもできそうだし、生徒会長が参加している部活動なら邪魔する人も居ないだろうからね。


「どうして私がそんなものに参加しなくては――」


 それに。


「異世界人は一人でも多い方が良いと思うからね」

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異世界禁止令 NNTG @ninotsugi3

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