2-5 気まずい空気と異世界人

 異世界人。言い方によってはそんなもの存在しない。僕が居るのは地球。地球に居る人類。だから地球人。襟名さんの先祖、エルフが暮らしていた惑星が仮にエルフ星だとしたら、襟名さん達はエルフ星人。異なる星に済む同一では無い人類。


 便宜上、地球人はエルフを異世界人だと勝手に決めている。エルフに限らず、この地球という惑星とは異なる世界で生きている種族を異世界人と呼ぶ。例えば地球がもう一つあったとする。勿論そこに住む人類は地球人ということになる。


 でも、僕たちの地球とは違う。だから異なる地球人。異世界の人。異世界人。世界の定義が僕にはよく分からないけど、少なくとも自分達の常識という枠を外れた存在は異世界ってやつになるんだと思う。それが良いのか悪いのかは分からないけどね。


 僕が何者かって? やだなあ、僕は地球人だよ。


「襟名さん、本当にそんな質問でいいの? ちなみに僕は地球人だけど、他に質問がなかったらこれで終わりにするね。どうする? 今がチャンスだよ」


 むむむ。そんな声が聞こえてきそうな少し険しい表情。襟名さんは僕をずるいと言うけどさ、襟名さんの方がずるいと思う。どんな顔をしていても可愛いなんて本当にずるい。襟名さんが微笑むだけで世の中から争い事なんてなくなるんじゃない?


「王寺さんの弱みって……なに?」


「それは本当に言えない。ごめん。僕のことなら答える。二つまで」


「……一番気になるのに」


 本当は言ってもいいんだけどね。でも王寺さんが怒るだろうし。王寺さんが怒ると結構怖いんだ。そりゃもう引っかかれたり噛みつかれたりする勢いでね、油断していたら負けちゃいそうなぐらい。男なのにって? そんなの関係ないよ。


「分かったよ。三つまで答える。もうこれ以上の譲歩はしないよ」


 襟名さんは交渉上手だ。僕から三つも秘密を聞き出せる。


「……伊勢君の好きな物は?」


「焼きすぎたり煮すぎたりしてなかったら何でも好き」


「伊勢君の誕生日は?」


「昨日」


「……えっ?!」


 驚かせちゃった。昨日言っておけばよかったかな。


「最後の質問は?」


 僕が話しかけているのにも気付いていないみたいでさ、襟名さんったら変なんだよ。小さい声で誕生日おめでとうって言ったり、うっかり瓶を落としそうになったり。どうせ聞くなら聞くで今日じゃない方がよかったって顔だね。


「もしかしてプレゼントのこととか気にしてる? 別にいいよ。僕はもう襟名さんから良いものを貰ったし。これ以上欲しがったら贅沢だろうから」


 やっぱり襟名さんはプレゼントについて考えていた。だって僕がプレゼントって言った瞬間に尖った耳がぴくぴく動いたからね。でも今度は何かあげたっけ? って不思議そうな顔をしててさ、もう三つ目の質問なんて忘れてそうだった。


「……プレゼント?」


「キス」


「キ…………キス……」


 あ、顔色って結構一瞬で変わるものなんだね。


       *


 この学校はそれなりに広い。校舎とグラウンドに裏庭やら何やらと各種施設を足しても敷地内の六割ぐらいは余っていて、その敷地にはちょっとした森のようなビオトープが広がっている。僕らの部室――キャンピングカー――は森の中にぽつんと置いてあって、近くに池まであるもんだから本当にキャンプをしている気分になれる。


「本当にプレゼントは……いらない?」


 池を泳ぐ鯉を見ている間に襟名さんも落ち着いて、僕を気遣う余裕もでてきた。もう一回ぐらいキスの話題を振ってもいいんだけど、これ以上続けても部活動の話が進まなくなるだけだからね。うん。襟名さんの赤面は一日一回までにしないと。


「いらないよ。でもそうだね……うーん。どうしても何か用意したいんだったら……あ、そうだ。襟名さんっていつも弁当だよね。誰が作ってるの?」


 気付いてくれるかな。


「えっ? それ……あっ。そっか……うん、いつもお弁当。――私が作ってるの」


「そうなんだ。凄いなあ。じゃあ僕に弁当を作ってくれる?」


「うん。作ってあげる。面倒臭い伊勢君の為に」


「ありがとう。面倒臭がりな僕なんかの為に」


 襟名さんが覚えてくれていた。生徒会室で交わした何気ない会話を。嬉しくてついにやけてしまいそうだったね。でも僕は顔に出さなかった。格好付けてみたんだ。若者ってのはそういうところがあるよ。好きな人に格好良い姿を見せたいんだ。


「……本当にお弁当で良いの?」


 人の価値観っていうのはそれぞれ違うよね。襟名さんにとっての弁当は日課なんだと思う。お昼に食べるから作る物。毎日作る生活の一部。だから有り難みなんて無い。でも僕は違う。好きな人が僕の為に作ってくれる弁当。これはもう特別だね。


「うん。むしろ弁当だから良いんだ」


「う、うん……。それなら……わかった。伊勢君のお弁当作――」


 襟名さんは突然きょろきょろ部室の中を見回し始めて、キャンピングカーだから当然のように用意されているキッチンを眺めていた。うん。分かるよ。僕も襟名さんの反応で気付いたさ。この部室にはキッチンがあるね。料理を作れるってことだね。


「――お弁当に、する?」


「……うーん」


 手作りの弁当も捨てがたいけど、出来たての料理を食べられるならそっちの方が良いような気もする。でも弁当を食べられる機会なんてそうそうないし……。


「伊勢君。私決めた。明日は伊勢君のお弁当を作ってあげる。それからのことは明日考えよ? お弁当でも、お料理でも、私はどっちでも良いから」


「嬉しいなあ。こんなに嬉しい悩みがあるなんて思いもしなかった。――って、あれ? ねえ、襟名さん。それってつまり、ずっとお昼を用意してくれるってこと?」


 僕は一回弁当を作って貰えたらと思っていたんだけども。


「……そういう意味じゃなかったの?」


「ううん。そういう意味。襟名さんが僕のお昼担当」


「その言い方……なんかちょっとヤダな」


 襟名さんは本当にちょっと嫌そうな顔をしていた。僕にネーミングセンスが無いのは理解してたけどさ、そんなに変だったかな。まあいいか。そんな些細なことよりも大事なことがあるんだから。そろそろ始めないと色んな人が怒りそうだし。


「じゃあ、襟名さん。そろそろ部活動の話を始めようか――」

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