2-4 異世界人とキャンピングカー

 これでも僕は入学以来生徒会室に入り浸っていてさ、王寺さんの人となりについてもそれなりに知っている方だと思っていたね。部室だって何とかしてくれるって自信はあったんだ。でもさ、いくらお嬢様だからってそこまでは予想できなかった。


「……王寺さんは漫画みたいな金持ちだなあ」


 襟名さんは何か言いたげにしているけど、気付かなかったことにしよう。どうせメタなネタをぶっこんでくるに違いない。いつもは優しい僕もたまには厳しくするよ。


「――さあ、私に鍵を返しなさいな」


 王寺さんが金にものを言わせて用意した大型のキャンピングカーはバスぐらいの大きさで、僕から後で文句を言われないようにとオプションもたくさん付いている。購入した段階で軽く一千万以上はするってのにさ、特注で改造までしたんだって。


「ここまでされたら何も言えないや」


 生徒会室の鍵を王寺さんに返すと、僕は早速キャンピングカーに乗り込もうとした。けれども僕の体は前に進まなかったんだ。何故かっていうと王寺さんが僕の制服を引っ張っていたからね。なんだかんだ言って王寺さんも離れたくないのかな。


「約束が違いますわよ」


「……覚えてたんだ」


「当然ですわ」


「……じゃあ、はい。どうぞ」


 秘蔵の写真を王寺さんに手渡し、今度こそ僕はキャンピングカーに乗り込む。運転席の窓を開けた僕は王寺さんに手を振り、にこやかな笑顔と愛想を振りまいた。


「データは大事に取っておくからね!」


「なっ――」


 あれ、どうしたんだろうね。王寺さんが何か騒いでいるみたいだけど。でも残念だなあ……窓を閉めちゃったからよく聞こえない。あ、もしかしてガソリンが入ってないって教えてくれたのかな? もう、やっぱり王寺さんは良い人だなあ。


       *


「これで僕たちは部室を手に入れた。そのうち部費も出るだろうし、部費を思う存分使って二人で頑張っていこう。とりあえず今日は前祝いってことで――」


 冷蔵庫に用意してあった高そうな瓶に入ったソーダを掲げる。ここで瓶をぶつけ合って盛り上がろうって予定だったんだ。ところが襟名さんは瓶を掲げてくれない。瓶を両手で握りしめたまま、僕の顔を長いことじーっと見つめている。照れる。


「……伊勢君。君はどうして王寺さんをここまで操れるの?」


「僕が凄いから?」


「ううん、伊勢君はそんなに凄くない」


「辛辣だ」


「……どんな弱みを握ってるの?」


「個人情報保護法だとかなんとかで言えないんだ」


 襟名さんは納得していなかったけど、これ以上聞いたって無駄だと分かったみたい。渋々瓶を持つと、納得できないみたいで首を傾げながら瓶にぶつけてくれた。


「……伊勢君は秘密ばっかり。もっと色々隠してる?」


「うん。僕には秘密が詰まっている。それはそれとして、僕の襟名さんに対する気持ちは本物だよ。……それじゃ駄目?」


「伊勢君はずるいよ」


 そっぽを向いた襟名さんは瓶に口を付けてソーダを一気に飲み始めたけど、途中で炭酸がきつくなったのか、休憩を挟みつつ飲み干していた。炭酸って喉にくるよね。


「いきなり空気が悪いのは置いといて、とにかく今日から部活動を始められるね。率直に聞くけど、襟名さん達の祖先が住んでいた惑星について何か知ってる?」


「知らないよそんなの」


 襟名さんはふて腐れている。そっぽを向いていてもちゃんと返事をするのが襟名さんの良いところだと思う。襟名さんの性格だと知っていたら知っていると言う。知っていてとぼけるつもりなら言い淀むだろうから……本当に知らないんだろうね。


「襟名さんが今まで会った中で、変わってる人って居た?」


「……伊勢君」


「僕以外で」


「……居なかったと思う」


「そっか」


 参ったなあ。何でもかんでも秘密にしすぎた。襟名さんは僕を好きだとは言う。そうはいってもこんな態度を続けていたら嫌われてしまうかもしれないね。今の僕は彼女の好意に甘えてしまっている。彼女が……とても優しい人だと知っているから。


「分かったよ。襟名さん、一つ質問していいから。襟名さんが気になることを僕に聞く。それを僕は答える。これで仲直りってことで……駄目かな?」


 どうせ僕の抱えている秘密なんて大したことじゃない。殆どは勿体振っているだけで、何でも食べそうだけど意外と辛いものは苦手だとか、真っ暗闇で眠るのが苦手だとか……ちょっと情けなかったり恥ずかしかったりする程度のものばかり。


 でもほら、そういうのは自分から話す必要も無いと思わない? 一緒に食事をする時に中華だって言われたら自分から言うし、一緒に泊まることがあればその時に言うよ。聞かれてもいない内にべらべらと自分から言うのもちょっと変だからね。


 日常会話の最中に突然、甘いものしか食べられないんだ! とか叫ぶような人も居ないよね。案外そういうものなんだよ。苦手だからって言わなくてもいい。


「――聞いてる?」


「ごめん、聞いてなかった」


 またやっちゃった。僕は昔から自分語りが過ぎる。


「もうっ! 本気で答えてくれるの?」


「うん。ごめん。ちゃんと答えるから。もう一回言ってくれる?」


 好きな人の名前は? とかだったらいいね。喜んで襟名さんって答えるよ。


「伊勢君。――君は何者なの?」


 そっか。そうきたか。うん。……どうしよう。ヘビーなのきちゃった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る