2-3 異世界人と王寺さんとその他諸々と

「伊勢君が嫌いなんじゃなくてね、その……ね。もし私が芸能人になれたら、すっごく有名になれたら……たぶん、大変だと思うんだ。そうしたら……お仕事の時ってピリピリすると思う。ムカムカって顔、きっとしちゃう。そんな顔……見せたくない」


 僕が殻に塞ぎ込む寸前のところで、襟名さんは理由を説明してくれた。今にも大粒の涙を落としそうだった僕は自然と上がる口角を必死に指先で押さえた。笑ってもいい場面だとは思うよ。でもね、今笑ったら茶化してるみたいじゃない?


「……その指、どうかしたの?」


 そうだよね。隣の男が急に指をくっつけたら違和感も覚えるだろうさ。


「ごめん、何でもないよ。虫歯かな」


「そっか……大変、だね」


 襟名さんが少し不審に思っているね。でも追求しない。良い子だ。


「襟名さんはエルフなのを利用して有名になりたいんじゃないよね?」


「うん。私は私のまま、私をそのまま評価して欲しい」


 良かった。ここで襟名さんが種族の違いを利用してても芸能人になりたいって言ったら、僕は少し嫌な気持ちになっていたと思う。心配なんてするんじゃなかったって後悔していたかもしれないね。多分、いや……絶対。


「……だったらさ、探してみない?」


 僕は握り拳を震わせて襟名さんの顔を見つめた。しかし襟名さんはきょとんとしている。何を探すというのか。そのポーズに意味はあるのか。そんな目だね。


「何を探すの?」


 それでも襟名さんは空気を読んでくれたのか、それとも僕を気遣ってくれたのか同じポーズをとってくれた。せっかく部屋で二人きりだっていうのに、僕と襟名さんは顔の前で握り拳を震わせている。なんだろうね。全くもって意味が分からない。


「異世界人……それか、宇宙人」


       *


 僕には好きな言葉がある。それは、思い立ったが吉日という言葉だ。こうしなきゃ、ああしたいな、やってやろう。そんな気持ちになったらすぐにやれって言葉だ。やる気なんてその内消えちゃうからね。これは本当に良い言葉だよ。


「大丈夫かな。本当に上手くいくかな?」


 生徒会室に向かう道すがら、襟名さんは何度も僕に尋ねる。決めたのは僕だけど、そう繰り返し確認されると僕も不安になってくる。だから僕も、壊れた機械か何かのように大丈夫を連呼していた。足を止めたらもう、そこで止めたくなりそうだから。


「――着いた」


 まだ入学して日はそう経っていないはずなのに、今ではお馴染みとなってしまった生徒会室。今日は多分、王寺さんが居る。他の人達も居るだろうけど気にしない。僕の言いたいこと、僕たちがやろうとしていることを伝えるだけだ。


「王寺さん!」


 生徒会室の扉を開き、僕は声を張り上げた。


「……一体なんですの?」


 王寺さんはため息を吐き、他の生徒会役員は僕を見るなり目を背けた。生徒会自体の権力は大したものじゃない。しかし王寺さんには有り余る権力と財力がある。だからその王寺さんを一年生のくせに顎で使う僕は、生徒会から妙に畏怖されている。


「部活動を始めたいんだ。だから部室ちょうだい」


 僕と襟名さんは真剣に話し合った。その結果が部活動だったんだけど、もちろんありがちな部活動に励んで青春を満喫したいわけじゃない。襟名さんのような異世界人や宇宙人を見つけて、そういう人達が受け入れられるようにするのが目的だ。


「あのねえ……部室が欲しいからってそう簡単に用意できると思っているの? まず部員を集めて同好会から始めて、実績を積んでからじゃないと部室なんて――」


「王寺さん、理屈はどうだっていいんだ。僕たちは部活動を始める。部室が必要だ」


 とても理不尽な要求だとは分かっている。襟名さんが少し困っているのも気付いていた。それでも僕は王寺さんに伝える。申請ではなく、部活動認可のお願いを。


「……すみません、皆さん。本日の会議はここでお開きに――」


「いや、そこまでしなくても大丈夫だよ。王寺さん、僕たちの部活動を認めて……部室を用意して……ついでに部費も用意して貰えればいいだけなんだからにゃー」


 僕は困ったらとりあえず猫の鳴き真似をする。これが王寺さんには効くんだよね。


「……分かりました。部活動を認めます。しかし今は部室の空きがありません。部費は何とかしますが、部室は待って頂いて――」


「襟名さん」


 僕は王寺さんを見据えたまま、襟名さんに声を掛ける。襟名さんが用意をしている間に僕は胸ポケットに忍ばせておいた生徒会室の鍵を取り出し、王寺さんに見せつけた。ちょうど僕が鍵を掲げるのと同時に襟名さんが紙を取り出して広げた。


「王寺さんなら部室だって作れるはずだ。もし部室を作ってくれたら、この鍵と……それは王寺さんにお返しするよ。どう? 悪くない取引だと思わない?」


 襟名さんが広げた紙には小さな猫の大群と大きな猫がじゃれ合っている絵が描いてある。そう、猫が描かれただけの絵だ。誰が見てもそういう感想を抱くだろうね。けれども僕と王寺さんだけは違う。絵には二人だけのメッセージを隠しておいたのさ。


「――部室も何とかしますわ」


 王寺さんが頭をたれた。うん。紛れもなく僕の勝利だね。


「伊勢君、伊勢君っ? 本当に成功しちゃったけど、この絵……一体なに?」


「そうだね……いや、駄目だ。僕には言えないよ。王寺さんの名誉がかかってる」


「……名誉?」


 唇の前に人差し指を立てている王寺さんを眺め、僕は少しだけ笑みをこぼした。

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