2-2 異世界人と素っ気ない態度

 この世から全てのファンタジーが消え去って、今も殆どのファンタジーは忘れ去られている。徹底した洗脳を施されていても一部の人類は世界にファンタジーを取り戻そうとしている。そう――実在するケモノとヒトを同化させたケモナーの連中だ。


 彼らは失われたファンタジーを取り戻そうと努力し、ケモナーとなった。動物をモチーフにしたモンスターは思いつかないみたいだけど、ある程度特徴も知っている動物とヒトを組み合わせることで過去の遺産を取り戻そうとしていた。


「……伊勢君? 急にどこを見て何を考えてるの?」


 ケモナーはケモノを崇拝している。どちらかといえばヒトよりもケモノの特徴を愛し、ケモノであることを何よりも大切にしている気がするんだ。だから彼らがエルフのような存在を理解する可能性は低い。理解しても興味を示さないかもしれない。


「いーせーくーん」


 もし目立たないだけで、ケモナーのような集団が他にも居たら――


「無視しないでー」


 ――襟名さんがエルフだと気付くような人が居たら、襟名さんの日常は壊れてしまう。好意的な扱いを受ける? 異世界人だと敵視される? 一体どうなるか分からない。少なくとも襟名さんが必要以上に目立つような展開は避けておきたい。


「襟名さん」


「わっ。急に話し始めた」


「襟名さんは地球人として産まれて、そのまま地球人として生きてるよね。これからもずっと地球で暮らして、そのまま生きていくつもりでいい?」


 突然の質問にも襟名さんはちゃんと頭を働かせてくれる。顎に手を当てて上を見たり下を見たり。探偵が推理を披露する前に勿体振っているような仕草だ。


「……うん。私は地球人として生きる。無事に高校を卒業して、事務所に入って……私は芸能人になるの。ねっ、とっても素敵だと思わない?」


 駄目じゃん。


「芸能人になりたいの?」


「そう。私はそこまで勉強できないし……運動もたまにできるくらい。普通の会社に入って働くのも楽しそうだけど……たくさんの人を楽しませられる芸能人になれたらもっと楽しそうだと思って。ダメ……かなあ?」


 さて、どうしたものか。襟名さんの夢を応援したい気持ちはある。襟名さんの顔とスタイルがあれば、人気アイドルにだって人気タレントにだってなれる。演技力があれば女優としても活躍できるだろうね。だって今のままでもトップクラスだもの。


「襟名さんならきっと凄い芸能人になれるよ」


 うん。それは僕の本音だ。出来る限り襟名さんに嘘を吐きたくはない。


「でも――」


 襟名さんを応援したい。けれどもそれは、なるべく話したくなかったことまで話さなきゃいけないってことだ。襟名さんがエルフで、エルフは異世界人なんだってことをよく理解しないといけない。……じゃないと後で苦労するからね。


「――襟名さんは、自分がエルフ扱いされるのに耐えられる?」


 襟名さんは可愛い。人気になって当然だ。だからこそ芸能人になったら注目を浴びる。エルフだと気付く人。それを指摘しなきゃいけない性分の人。自分に理解できないものを敵と見なして攻撃する人……。そういう人を相手にしなきゃいけない。


「私がエルフ扱いされる?」


 襟名さんはよく分かっていないみたいで、エルフがエルフ扱いされることの何が問題なのかを考えている。そりゃそうだ。襟名さんだってそうなんだから。こんな問題を考えるような人はそう多くない。もしかしたら杞憂で終わるかもしれないね。


 杞憂で済めばいいけど、そうじゃなかったら大変だ。考えすぎだとしても、襟名さんの夢を奪うような展開になったとしても……僕は彼女に釘を刺す。


「襟名さんがテレビに出ると、襟名さんの白い肌も尖った耳もたくさんの人に見られる。誰も知らなかったらそれでいいけど、エルフを知っている人が居たら――」


 ああ、嫌だなあ。せっかく両思いになれたのに。襟名さんと付き合って楽しい日々を送れたかもしれないのに。黙っていれば気にしないでいられる。襟名さんをこれ以上傷付けないで済む。でも言わなきゃね。ほら、僕って根は真面目だからさ。


「――人じゃないと知られたら、その時……襟名さんは耐えられる?」


 言っちゃった。これでもうおしまいかな。僕と襟名さんの物語はここで幕を閉じるんだ。さようならラブ。さようなら異世界人。さようなら僕の青い日々。


「分からない……けど、その時はその時じゃない?」


「…………え?」


「私がよく分かってないのかなーとは思うんだけど、変な風に見られるのはみんなも一緒だから。気にしないなんて無理かもだけど……夢の為なら絶対頑張れる! って思ってて……えへへ、私……やっぱり甘いのかな?」


 根拠なんてなかった。なんとなく大丈夫だという確信があって、襟名さんの弾んだ声と柔らかい笑みを見ているだけで何とかなるんじゃないかって、さっきまでの悩みは何だったのかって。僕は真面目に考えすぎていたんだ。


 襟名さんの夢は襟名さんが追いかけて、自分の手で掴むものなんだ。襟名さんを心配するのは僕の勝手だけど、僕が襟名さんの決意を無駄にしちゃいけない。


「そうだね、襟名さんの考えは甘いかも。でも大丈夫だよ。襟名さんは可愛いから」


 可愛さだけで何とかなるほど甘い世界じゃないんだろうけどね。もしかしたら襟名さんなら何とかしてみせるかもしれない。未来なんてそういうものだ。こうであって欲しい。こうなりたい。これは嫌だ。あれは嫌だ。好きに描いてみたらいいよね。


「もしも襟名さんが芸能人になれたら、その時は僕をマネージャーにしてよ」


「……ううん、その時はちゃんとマネージャーさんを雇う」


 いざ直面した現実が少しばかり辛くてもさ、簡単に泣いちゃいけないんだよ。

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