第2章
2-1 異世界禁止令と異世界人
二人きりで緊張した僕が自分で自分を抑えようとしたり、襟名さんが身の危険を感じて僕を殴りかかったり。そんなこんなの積み重ねで僕の体はぼろぼろだった。不思議とこの痛みが癖になってきて、僕はもう駄目かもしれないと思ったね。
「本当に凄い量だね……。私の家にもここまで無いのに」
僕は襟名さんと隣り合って座り、狭い僕の部屋にたくさんの本を広げている。文字ばかりの研究書みたいな本があれば、色んな漫画や小説なんかもある。本当だったら処分しなきゃいけなかったんだけど、我が家にはたくさんの本が残っている。
「凄いよね。どうも僕の家系は代々ファンタジー好きみたいでさ、異世界禁止令が発令する前からこういう本を集めていたんだって。それでもうファンタジーが出なくなると知ってから、慌てて書店の本を買い占めたらしいよ」
異世界禁止令――異世界小説や漫画といった全ての作品が禁止になった政府の古い命令だ。今となっては過去のもので、そんなものは最早存在しない。だからファンタジーだって許されている。でも……誰もファンタジーを理解できないんだ。
表現力の低下。創造性の向上。よく分からない理由で施行された異世界禁止令は明らかに行き過ぎだった。それまで作られたファンタジー作品は全部処分の対象。ゲームもアニメも特撮さえも。現実的じゃないって理由で禁止されたんだ。
およそ一世紀にも及ぶ異世界禁止令は、この地球上からファンタジーを消し去ってしまった。ファンタジー作品を作りたい人は作って良い。罰則なんて何も無い。でも現実だけを見るようにと洗脳されてしまった人類からは、創造性も失われていた。
「ねえ、伊勢君……。この本って今なら凄く価値があるんじゃない?」
「そうだね。相場は分からないけど……保存状態は良いし、凄く古いものもある。びっくりするぐらいの大金が手に入るかもしれないね」
「やっぱり……。どうして今も隠してるの?」
うーん……と僕は唸って頭を掻いた。理由を説明するのは簡単なんだよね。そう、凄く単純な理由。そっちは良いんだけど、もう一つ気になることがあって……その理由を知られたら襟名さんに気を遣わせちゃうんだろうなって。
「大した理由は無いよ。家宝扱いして大切にしたいだけ。それよりも襟名さん、僕は襟名さんの方が気になるんだ。どうしてエルフの君がこの世界に居るの?」
襟名さんは右手をぐっと前に突きだして、開いていた手のひらで握り拳を作った。そのままぐっと握り、今度は思いっきり手のひらを開く。グーがパーになった。グーは何かの塊だとして、パーは形が壊れたってことかな。ってことは――
「――爆発?」
じっと手のひらを見ながら答えると、今度はパーからチョキになった。人差し指と中指がつんと立っていて、襟名さんの指は綺麗だなあと僕は少しうっとりした。
「そう。ずっと他の惑星に住んでたの。でも惑星の寿命で……それで慌てて近くにあった地球に避難したんだー。その時私は産まれてなかったから、私はエルフだけど……ずっと地球育ちだよ? ここが自分の住む世界だと思ってるぐらい」
「そっか。だから地球に馴染んでるんだ。でもさ、変装しようとは思わなかったの? 襟名さんはどこからどう見てもエルフだよ。せめて耳を隠すとか……」
「……それはね、異世界禁止令のせいかな。私のお爺ちゃんとお婆ちゃんが地球に来た頃は異世界禁止令が厳しかったの。だからエルフを見てもエルフだとは分からなくて、変わった人だって思われるだけだった。それで今まで誰も気にしてなかったの」
ああ、だからか。そりゃそうだよね。みんな碌な資料も無いから……。
「つまり僕がファンタジーに興味が無かったら……これからも気にする必要は無かったんだね。やっぱり僕がおかしかったんだ。みんなは現実を受け入れている。ファンタジーというものの概念すらも怪しい。襟名さんを見ても違和感があるだけ――と」
「そうなの。私はずっと変わった耳だって言われてきた。でも、それだけ。義務教育を受けてきて私も理解したの。この惑星にとって異世界は存在しないも同然だって」
「……異世界人でもそう思っちゃうんだ。いや、異世界人だからこそなのかな」
異世界禁止令がファンタジーを無くし、人々の娯楽にもリアリティが優先されるようになった。例えば僕が持っているゲームは勇者がモンスターや魔王と戦う。今僕たちが体感している現実にはない雰囲気や興奮があって、これが凄く楽しいんだ。
でも、今の世界にこんなゲームは存在しない。人が人を倒すようなゲームばかりだ。それか、せいぜい実在する動物やロボットぐらい。男は力があって女には力が無い。そんな理由で重くて強そうな武器は男しか持てない。何もかもが現実主義だ。
そんな世の中だから……誰もが現実とは、生物とはそういうものだと思っている。
「難しいなあ……」
僕の持っている本を公表したら世界にファンタジーが広がる。誰も彼もが現実の枠に捕らわれない想像力を手に入れる。もしかしたら凄い人だって歴史に名前も残るかもしれない。それだけの価値があるのは間違いない。でも、もしも――
「伊勢君ってたまに一人で悩んでる。ねえ、何が難しいの?」
――みんながファンタジーを知ってしまったら、襟名さんはどうなるのかな。
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