盲目の色

@marimo46

1話完結

「残念ですが、あなたの目はあと一か月もすれば見えなくなるでしょう。」

医者にそう告げられたのはつい先日だった。



緑が生い茂る森、色鮮やかな花々、愉快に音楽を奏でる鳥。僕は毎年夏に長野に行って、毎日絵を描き続けていた。


 何年か前に父にもらった絵の具のセットを今でも大事に使っている。

 今日は何を描こうか。避暑地と言われている長野だが、今年の夏はやけに暑い。

 「そんな日が当たるとこにいないで家の中に入りなさい。」

母が困った顔で、言ってきた。

 「はいはい。今入るよ。」

僕の母はとても心配性だ。それは僕が小さいころから体が弱いのが原因だろう。僕はアレルギー性気管支肺アスペルギルス症という病気を持っている。喘息の一種だ。

五歳のころ発症し今でも闘っている。

 学校もたまにしかいっておらず、暇を持て余してる僕をみて父が絵の具セットをくれたのが絵を描き始めたきっかけだった。

それから、絵を描くことはぼくにとって僕自身を表すことと一緒だった。

 白いパレットに、一つずつ色が加わっていく工程がたまらなく楽しい。

 僕の絵は自分で言うのは恥ずかしいが、そこそこいいと思う。賞をとったことだってある。賞をとった作品はおととしの春にみた桜の木を描いたものだ。僕は桜の包み込むような優しさに感動してかいたのだが、賞を取ったときは本当にうれしくて家族で大盛り上がりだった。


「今日は何を描いたんだ?」

「お父さん。今日はまだ描いてないよ。昼食を済ませてからにする。」

僕は昼食を済ませて、森の中に再び入って行った。

森の中に、面白い鳥がいた。カラスではないが黒い鳥だった。黒は黒でも漆黒だ。

気づいたら僕の足は鳥が飛んでいく方向へ進んでいた。


「ん?どこに行ったんだ?」

遠くの木の枝をよく見ようと、足を踏み出したそのときだった。

「う、うわあああああああああああああああああああ。」

鳥の群れが一気に飛び立った。

 




気付くと僕は白い部屋にいた。横たわっている状態だった。

「おきたわ!医者をよんで!」

医者?ここは病院なのか。

「かわいそうに、あなたは崖から落ちたのよ。」

そうか、鳥を追いかけて


ダッダッダッダッダッダ


部屋に医者らしき人が入ってきた

「生きていたのか・・・」

「お母さん、息子さんにお話しすることがあります。」

看護師に連れられて、医師と一緒に別の部屋に移された。

殺風景な部屋だった。

「お母さん、息子さんのことでお話があります。息子さんは、崖から落ちたショックにより脳に障害が残ってしまいました。」

「障害?障害ってどういうことですか?」

障害があるようには思えないが。もしかしてこれから障害がでるってことか?


「残念ですが、あなたの目はあと一か月もすれば見えなくなるでしょう。」



嘘だ・・・。信じられない。目が、目が見えなくなるだなんて・・・。

 

「息子の目をどうにかする方法はないんですか?」

涙目の母親が医者にすがるように言った。

「残念ながら・・・。」

もう一か月後はなにも見ることができないなんて。


僕は病室に引きこもった。

 僕の目が見えなくなる?嘘だと信じたかった。前に読んだ盲目の作者の小説を学校の課題で読んだとき、正直他人事だと思っていた。今となっては、自分が盲目になるなんて・・。

 何もかも失った気分だった。

そして宣告された日から十日たった。


「ねえ、外にでてみたら?」

母がずっと引きこもってる僕を気遣って言った。

外に出た瞬間目を細めた。

太陽の光がこんなに明るいなんて、忘れていた。

 事故の影響なのか世界がどこかおかしく見えた。

どこがおかしいのかまだわからなかった。

目が見えなくなるまでのあと約二十日の間、僕は何をしようかと考えていたがひたすら今見えている世界を絵に表そうと決めた。



今日は川の絵をかいた。


五日後、ウサギの絵をかいた。

 

十日後 小鳥の絵を描いた。

 

十一日後、東京の病院に移ってから異変が起きた。

異変とは僕の中での色が増えたことだった。

それに気づいたのは、病室の窓から見えるビルを描いていた時だった。

「ん?見たことがない」

赤でもない、青でもない、黄でもない。ない、ない、ない。こんな色、存在していない。

とうとう目がおかしくなったのか?物はぼやけてきているのに、その色は周囲の色よりはっきりみえるのだ。

その色『色』は特定されたものについているわけではないようだった。初めにその『色』がみえたのは、ビルの屋上の看板だったが、ほかの人やモノにもその色はついているのだ。

二十日後、目が完全に見えなくなった後のための訓練のために病院のリハビリをした。

アイマスクをつけてから歩く練習をした。そのとき「その色」だけが見えたのだ。

なにもみえないはずなのに、アイマスクをしていない時と同じように、その『色』だけはっきりと浮かび上がったのだ。

僕は驚いて座り込んでしまった。

「そりゃあ今日が初めてなんだからうまくいくはずもない。一回休んできなさい。」

リハビリの先生に言われて、病院の中庭で休むことにした。

違うんだ!だって見えるはずないじゃないか!なんなんだあの色は。

そしてふと気づいた。視力が悪くなるにつれてその『色』がだんだん濃くなっている!

どういうことだ?

「あの、すみませんベンチが空いていなかったので隣座ってもいいですか?」

目を閉じて杖をもった少女がこちらに向かって歩いてきた。

 「君、目が見えないの?」

 「え?はい。なんでですか?」

 「僕もあと数日で盲目になるんだ。だけどちょっとおかしいんだ。」

 「おかしい?」

 「この世では存在してはいけないような色、以前は見えなかったような色が見えるようになってしまったんだ。桜の木だってほとんどその色一色にしかみえないんだ。」

 「へー。」

 「へーって・・・」

 「いや。今まで見えてた世界が真実なんて誰にもわからないんじゃない?もしその『色』

が本当の世界を表しているとしたら?」

 「え?」

 「だってここの中央に立ってる桜の木、今は緑だと思うけど、春になったらピンクになる。でもそれがほんとに桜の色かなんて、誰にもわからないわ!」

 中央?あの木のことか。その桜の木は僕が前にかいた桜の木に似ている気がした。

 なんでこの子は、僕の言っていることに驚かないんだ?

 「もしかして、君にもそういうの見えるの?」

 「うん、私は生まれつきだけどね。私に見えてる色があなたにも見えてるとは限らないけど、わたしたちみたいに見えてる人は、稀にいるらしいよ。」

 「君もそうだったんだ。でも他にもそういう人に会ったことあるの?」

 「私のおばあちゃんもそうだったの。おばあちゃんが言うには、人によってその色が何を表しているかは、それぞれ違うらしいの。だから、あなたに見え始めた色が何を表しているのかは本人しかわからないわ。」

 「そうか・・・。僕、君のおばあちゃんに話を聞きたい!」

「それがね、おばあちゃん、去年の夏に死んじゃったんだ・・・。」

その子がうつむきながら言った。

「ごめん。思い出させちゃって。」

「いやいいのよ。私行かなきゃ。またねバイバイ。」

「うん。またね。」

僕が、病室に戻って、少しの間昼寝をすることにした。

昼寝から目がさめたときベッドの横に母が座っていた。

僕は驚いた。

見ている世界がすべてその『色』になっていたのだ。みえているのに、色がすべて同じなのだ。

「今日ね、お医者さんと話してたんだけど、やっと外出許可が出たのよ!」

「そ、そうなんだ・・・。」

僕はそれどころじゃなかった。でも言っても信じてくれないんだろう。

「だから明日私と一緒に電車に乗って家にいったん帰りましょう。」

「わかった。今日はもう帰っていいよ。」

「そうなの?じゃあおやすみなさい。」

うれしそうな顔で、帰っていく母をみて気付いたことがある。母とまわりの色は同じなのだが、濃さが違うのだ。母が周りの色より濃くなっている。

『色』が何を表しているのか少し怖くなった。

母が病室に飾ってくれている桜の木の絵も今は、まったく同じ色にしか見えず、桜がどんな色だったのかの記憶もあやふやになっている気がした。

「ピンクって、どんな色だったっけ。」

そんな独り言を言っている自分が情けなかった。

僕は病院内の様々な場所に行ったが、どこも『色』は同じだった。

気が付くともう、夕飯の時間だった。

「体の調子はいかがですか?今日病院内を散歩していたんですって?ほどほどにしてくださいね。」

看護師が夕飯を置きながらいった。

看護師が去ってから僕は、夕飯をじっと眺めていた。色がおんなじで、まずそうだ。

 「まずっ!」

 病院食はまずいが、『色』がおんなじだとさらにまずく思えた。

あっという間に、消灯の時間になり、カーテンを開けて夜空を見上げた。

夜空さえも昼の空の色と全く同じ色だった。

ただ一つ分かったのは、星の輝きだった。光ならわかるのだ。

僕はその星を見つめながら眠りについた。



盲目になると診断されてから明日で一か月だ。

今日は、母が僕を迎えに来た。

僕は電車に揺られながら家の最寄り駅についた。

「今日は、家でやりたいことをやりなさい。」

 そういった母の『色』が昨日より薄くなっていた。

 最寄り駅から家路につくまでにある公園に寄り道をした。

 「ここであなたが小さいときによく遊んだこと覚えてる?あの滑り台からあなた落ちちゃってものすごく心配したのよ。」

 「うん。お母さん僕を抱えて病院まで走っていったんだよね。」

 今となっては、笑い話だがそのときは、とても心配をかけていたと、今になって思う。

 公園にはたくさんの人がいた。キャッチボールをする親子。転んで泣いている女の子。順番争いをする3人の子供たち。

その滑り台のそばのベンチに四十代にみえる男性が座っていた。その男性には『色』がないに等しいほど薄くなっていた。この男性によって色が何を表しているのかわかる気がして、知らないうちに体が動いていた。

 「どこに行くの。ねえ。」

 呼びかける母の声など耳に入ってこなかった。

 その男性はベンチを立って、ある高層ビルの方向に進んでいった。

 「どこに行くんだ?」

 その男性はなにか様子がおかしかった。

 その男性は高層ビルの中に入っていった。僕も同じように中に入り、上に続く階段を昇って行った。とても嫌な予感がした。

 最上階まで登り裏の階段で屋上についたとき。下のほうで悲鳴が聞こえた。

 キャアアアアアアアアアアアアア

 僕は屋上に続くドアを開けた。そこに男性の姿はなかった。

 僕はその場から逃げ出した。どうしたらいいのかわからなかった。

 公園に戻ったとき、母は僕の顔を見て驚いていた。

 母は、顔面蒼白になった僕を連れて病院に戻った。

 家に帰ることもできなかった。

 予告されてから明日で一か月。今日の出来事が頭の中で繰り返されている。もしあのとき僕が止めることができたら。後悔してもしきれない。

 全部夢なのではないか?そうだ夢だ。

 しかしそれは現実であった。夢であったらどれだけいいか。

 明日に目が見えなくなるだなんて、信じられるわけがない。だが、数日前から物がぼやけて見えてきているのを僕は感じていた。

だから、目が見えるうちに最後の絵を描いた。

 そうして目が見える最後の一日を終えた。

 

 翌日、僕の目はあるものを除いてみえなくなった。今までのように、物を区別したりすることはできなくなったが、『色』の濃淡だけは区別できるのだ。言い換えると僕の世界は一つの『色』の濃淡だけになった。      

しかし、予告はあくまでも予告だ。明日になったら完全に『色』もなくなるかもしれない。

 

だが、九月になった今僕の目には一つの『色』がうつっている。

 僕が退院する日、絵を描こうと、前少女に会った中庭に再び行った。

 そこには、あの少女がいた。しかし以前の少女ではなかった。以前自殺した男性と同様に色が薄かったのだ。

 とてつもない胸騒ぎがした。

 「久しぶり。元気にしてた?」

 「うん。久しぶりね。ごめんなさい。ちょっと行かなきゃいけないの。」

 「え・・・。」

 彼女は突然ベンチから立ち上がり早歩きで去っていった。

 もしかして・・・。

 「どこ?どこなの?」

 看護師が中庭にきて誰かを探している。

 「どうしたんですか?」

 「女の子を探しているんです。最近様子がおかしくて。彼女の日記をみたんです。その内容が、全部彼女の不安や悲しんだことで、彼女がどうなってしまうのか心配だったときに、朝の点滴をしようとしたらいなくなっていて。」

 僕は病院の屋上まで走った。

 その子は落ちる寸前だった。

 「だめだ。なにがあっても死んでしまったらおわりだ!話があるんだったら聞くから。」

 僕は、その子を説得して、病室で話をきいた。

 話を聞いたところによると、彼女の家族が全員自殺をして亡くなったらしい。彼女を苦しめたのはその自殺の理由だった。彼女の家族はとても貧しく、彼女の病気の治療や入院のお金はいろいろなところから借りたお金でどうにか今まで工面してきたというが、父親の営んでいた店がつぶれ、家族は自殺を決心したというのだ。つまり家族は彼女のために死んでしまった。

 「私のせいで。私がもっと元気だったらこんなことにはならなかった!」

 すると彼女は枕のしたに忍ばせてあったカミソリを腕にあてた。

 「やめろ!そんなことして、亡くなった君の家族は喜ぶと思うか?亡くなった家族は君の幸せを願っているはずだ!だから生きなければいけない。」

「生きるんだ!」

 僕がつかんだ彼女の手から力がぬけ、かみそりが病室の床に落ちた。

 「うわああああ。う、う、お母さん。お父さん。」

 僕は、話を聞きながら思った。僕が見える色は、幸せを表しているのではないだろうかと。だから、色の薄い部分は不安や絶望などをあらわしているのではないかと。

 

 僕が今日彼女を救ったように、同じように不安や絶望を抱えてる人を救えるのではないか。

 

 

五年後

 「あのとき死ななくて本当によかった。ありがとう。」

 そういいながら彼女は微笑んだ。

 

 「先生!次の患者さんがお待ちです!」

 「はい!じゃあね。患者さんが待ってるから。」

 僕は心療内科の医師になった。患者さんの色が濃くなって帰っていく姿をみるととても安心する。

 そのときあたたかな風が吹いて。何かが僕のうえに降りかかってきた。

 「うわぁ!桜の花びらだよ!きれい!」

 小さな子供の喜ぶ声が聞こえた。

 僕は、白衣の裾についた桜の花びらをとって、ベンチを立った。

 桜の木の下を通り、小道を歩いていく。

そして裏庭と病院内をつなぐ扉に手をかけ振り返ったそのときだった。

一瞬見えたのだ。

ずっと思い出せなかった桜の色が。








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