風竜は雲がお好き(学生時代)

 雲は綿菓子のように柔らかく甘く見えるが、実際は冷たくて固い。

 それでも、雲を突っ切って飛ぶ爽快感は何物にも代え難い。


 空は日々変化しており様々な天気になる。

 よく晴れて雲が少ない日は飛びやすい。

 逆に雲が多い、雨雲が掛かった空は雲が進路の邪魔をする。

 雲というのは水分の塊のようなものだ。雲が多い日、雲を突き破って何度も飛行すると、服が濡れるし自慢のストロベリーブロンドの長髪が湿気を吸って重くなる。


「ちょっと、雲に突っ込まないでよ!」

『まあまあ、後で乾かしてあげるからさあ。ひゃっほーー!』


 彼女を乗せた蒼い竜は、雲がある時に飛ぶのが好きらしい。特に綿雲が大きく盛り上がっている時は、テンションが上がる。雲に突っ込むのが気持ち良いようだ。

 火竜は水分を嫌うので雲に突っ込みたがらない。雲がたくさん浮いている空でも元気なのは、風竜と水竜くらいだ。


 イヴがパートナーを組んだ竜は風竜だった。

 彼は、長い尻尾で雲を蹴散らすのが楽しくて仕方がないらしい。

 飛行の実技の時、余裕があれば雲に飛び込みたがるので、イヴは手を焼いていた。

 もっとも普段から、風竜の彼は自由気ままな行動をするので今更ではあるのだが。


「ちょっといい加減にしなさいよ、カケルっ」


 周囲で飛んでいる他の学生や竜の目が痛い。

 しかし彼女の怒りも何のその。

 蒼い竜は目を輝かせて、少し遠くにある積乱雲を見つめている。


『ねえイヴ、あの雲の中に、誰も見たことのない幻の島があるかもしれないよ?』

「馬鹿いいなさい、ある訳ないでしょ」

『でも、あんなり大きく盛り盛り巻き巻きしてるんだから、絶対雲の中に何かあるよ!』


 積乱雲の中は雷が飛び交っていて危険なのだ。

 しかし竜にとっては「ちょっとパチパチする」程度のものであるらしい。


『先生も見てないし、ちょっとだけちょっとだけ』

「ま、待ちなさい! 待ちなさいってば、この馬鹿ぁーっ!」


 蒼い竜は勢いよく積乱雲に突っ込んでいったので、イヴは慌てて防御シールドの魔術を使った。雷に当たったら洒落にならない。

 案の定、雲の中は暗くて、雷鳴が跳ね回っている。

 心の中だけで悪態を付きながら、イヴは竜の背中に伏せた。

 一瞬が数分に引きのばされて長く感じる。

 これ以上は我慢できない、と思ったところで雲を抜けた。


「え……」


 渦を巻く雲の中心は青空で、天空から光が射し込んでいる。

 その光の下に庭園が浮かんでいた。

 中心に碧色の水をたたえた池があり、池を囲むように草花や樹木が立っている。切り取られた四角い大地が庭園を載せて、静かに天空に漂っていた。


「本当に島があった……ね、ねえ、降りてみない?」


 イヴは吃驚して興奮し、直前で自分が反対していたことをすっかり忘れていた。


『却下』


 そして、こんな事態に逆に冷静になるのはカケルの方である。


『古代遺跡には近付いたら作動する罠があるから危険だよ。帰って報告しよう』

「なんでよ! すぐそこに島があるのにー!」


 カケルは普段は無邪気で阿呆なことばっかりしでかすが、非常事態には冷静で的確な判断を下す二面性のある性格だった。

 急に真面目になってしまった相棒に、イヴはがっかりした。

 目前にある空中庭園は、とても綺麗で実際に降りてみたいと思わせるものだったからだ。


 竜は空中庭園から距離をとって旋回する。

 イヴは美しい古代遺跡の姿を目に焼き付けた。


 観察を終えると、蒼い竜は積乱雲を突っ切って元の空へ引き返す。

 そして、そこで待っていた教官にたっぷり叱られた。

 教官の長い説教の後に、イヴは遺跡について報告したが、その頃には積乱雲は移動してどこかへ行ってしまっていた。

 古代遺跡の空中庭園は常に位置を変えるので、その行方が注目されていた。貴重な目撃情報として、イヴ達の報告は研究者に歓迎される。

 だが結局、もう一度あの庭園に行けずじまいだった。


 授業を飛び出した蒼い竜を責めたいような、あの空中庭園を見られて幸運だったようなそうでないような、イヴは複雑だった。

 カケルは飄々としていて、ちっとも残念そうでないところが、また小憎らしい。彼は「またどこかで見つければいいじゃん。今度はもっと大きな雲に飛び込んでみようよ」と気楽である。

 ある意味、相棒の蒼い竜の方が、空中庭園より希少な存在なのかもしれないな、とイヴは何となく思うのだった。


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