永遠の幼馴染み

惣山沙樹

永遠の幼馴染み

 深夜になると、いつも聞こえてくるのは、酔っぱらった大学生たちの騒ぎ声。人通りが少なくなると、自然と声も大きくなるのだろう。

 あたしのマンションは、家賃の比較的安い学生街にあり、仕方ないと言えば仕方のない立地ではある。

 ベッドの中であたしは、くだらないニュースサイトを見ながら、眠気がやってくるのを待っていた。


「今何してる?」


 そんなラインが届き、あたしは時間を見た。そろそろ終電が無くなる頃だ。


「寝るとこ」


 ぶっきらぼうな返事だが、スグルが相手なのだからそれでいい。どうせ、いつもの暇つぶしなのだろう。あたしは寝返りを打った。


「起きろ」

「なんで」

「今からそっち行く」


 あたしは焦った。こんな短い文面だが、奴が本気なのはなんとなく判ったのだ。

 幸いというか何というか、昨日は学生時代の友人らが来ていて、部屋は片付いていた。


「別にいいよ」


 そう返してしまったのは、結局あたしも寂しかったからだろうか。




 やってきたスグルは、デニムにベージュのコート、ブラウンのマフラーという恰好だった。

 出迎えるあたしは、黒のジャージである。


「なんだそれ。色気ないな」

「あんたが相手だからね。別にいいじゃない」


 あたしは、部屋の奥へとスグルを通した。ワンルームの部屋に無理やり押し込んだソファに彼は座った。

 慣れない光景だ。スグルがここに来たのは、あたしがここに越してきた直後の一度きり。会うこと自体も、久しぶりだった。

 あたしは冷蔵庫を開けた。昨日の缶ビールの残りがぎゅうぎゅうに詰まっていた。


「ビールあるけど?」

「じゃあ貰う」


 そうしてあたしと幼馴染は、ソファに並んでビールを飲み始めた。

 スグルとは腐れ縁だ。幼稚園、小学校、中学校ならまだしも、高校も大学も一緒だった。

 だから互いのことは、親の事よりもよく知っていた。もちろん、今の彼女のことも。


「別れた」

「そう」


 スグルの今回の彼女は、割と続いていた方だったと思う。一年以上だったんじゃないだろうか。

 まあ、別れるとなると一瞬のこと。どうせいつもの愚痴が始まるのだろう、とあたしは構えていた。


「結婚したかったんだ、本当に」


 想像よりも暗い声色に、あたしは思わず缶ビールを落としそうになった。スグルの口から結婚、という二文字が出てきたことも意外だった。


「どうして別れたの?」

「わかんねぇよ」


 そう言うと、スグルはあたしの部屋をキョロキョロと見回し始めた。


「室内は禁煙。吸いたいならベランダ行きな」


 あたしの勘は当たっていたようで、スグルはそそくさとベランダの方に向かった。一人残らされるのも何なので、あたしもついでに吸いに行った。


「なあ、お前は結婚とか考えないの?」


 紫煙を吐き出しながら、スグルは言った。


「全然。仕事も忙しいし、そんな気になれないよ」


 嘘だ。本当は、結婚に興味しかない。

 昨日だって、やってきた友人の内二人は既婚、一人は婚約中。彼氏すらいないのはあたしだけだったのだから。


「彼女にも、似たようなこと言われたんだよ。じゃあ、なんで俺と付き合ったんだろうな?」

「分かんないね」


 あたしには、スグルのことはよく分かる。けれど、スグルの彼女のことなんて知ったこっちゃない。別れたんなら、尚更。

 外に出ているので、喧騒がより一層大きく聞こえてきた。それにスグルも反応した。


「ここ、結構うるさいんだな」

「そうだよ。学生多いからね」


 実のない会話だ、とあたしは思った。スグルとの話はいつもそうだ。大体、意味がないものばかり。

 寒さに震えながら、タバコをかき消したあたしたちは、室内に戻ってまたビールを飲み始めた。

 一応つけておいたテレビからは、スポーツニュースが流れていたが、そういうことに疎いあたしはまるで楽しめなかった。


「眠い。どこで寝ればいい?」

「うちはね、人を泊めることを想定してないの。ブランケットあるから、そのままソファで寝てよ」


 あたしが立ち上がると、すぐさまスグルはごろんと寝転がり、赤子のように身を曲げて目を瞑る。あたしはその上に、丁寧にブランケットをかける。


「寒くない?」

「平気」


 スグルはそう言うが、暖房がないとさすがに厳しいだろう。そう思ってスイッチをつけた。




 あたしは眠れなかった。スグルは呑気な寝息を立てていた。

 あたしには、スグルのことならなんでも解る。彼があたしのことなど、女性として見ていないことも知っている。

 スグルには、あたしのことが解るのだろうか?解っていたら、いきなり泊まりに来るような真似しないよね。


「スグルのバカ」


 起きないのを承知で、声を掛けてみた。もちろん返事は無かった。

 失恋したての人間は、男でも女でも落としやすいというのは常識らしかった。あたしがもう少し器用なら。

 それでも今だけは。彼の側にいるのは、一番近くにいるのは、このあたしだ。




 スグルはすぐに、別な女性と付き合うだろう。それがいつものことだから。

 そしてあたしとスグルは、ずっと一緒に居続けるだろう。永遠の幼馴染みとして。

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永遠の幼馴染み 惣山沙樹 @saki-souyama

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