第2話 魔王誕生

数日後

「牢に入れたエドの様子はどうだ?」

執務室で、ビスマルクが執事に聞く。

「はい。何も食べようとせず、衰弱しております」

アース家お抱えの医師は、心配そうにそう告げた。

「まずいな。このままでは死んでしまう」

ビスマルクは執務室で腕組みをして考え込む。エドの母メイが残したペンダントには詳細な美少女姉妹の絵が入っており、蓋には王家の紋章が刻まれていた。そして蓋の裏には「我が子メイに贈る。マイ・グランシスと彫られている。

つまり、メイは魔王リーズカルニンに連れ去られた王女マイの娘であり、エドはその孫ということになるのである。

「王女マイの姉君、ムイ様は今では人間国の女王。未だにマイ様の捜索を命令されているほど仲が良かったと聞く。ううむ……今頃になってこんなことが判るとは」

ビスマルクは頭を抱えている。当時、「帰らずの森」に立てこもっていた魔王の側近であるエルフたちは、どんなに尋問されてもマイの居所を白状しなかった。それで幼女であったメイも含めて全員が奴隷にされたのだったが、まさかその中にマイの隠し子が混じっているとは思いもしなかったのである。

「屋敷の者には緘口令を強いたが、いつまでこの秘密が保たれるかわからん」

ビスマルクを悩ましているのは、自分の失言を屋敷中の人間が聞いてしまった。ほとんどの者は「マイ」という名前を知らなかったが、それが30年前の悲劇の王女だったことは調べればすぐにわかることである。

万一王家に事情の説明を求められたとき、メイを冷遇して病死させている上にエドまで処刑していたら取り返しがつかないことになる。

かといってエドを王家に返すのも問題がある。現在の王家には男子がおらず、ムイ国王を除けばその孫娘が一人いるたけである。妹を溺愛していたムイ国王は,二人の恋にも同情的であり、捕らえられたエルフたちを奴隷に落とすことも最後まで反対していた。

「まかりまちがえば、30年前の悲劇の恋愛を、自分の孫と結婚させることで成就させようとするかもしれん。そんなことにでもなったら……」

ビスマルクの頭に最悪の未来が浮かぶ。ムイ女王の孫、ミイとエドが結婚し、彼が人間国の王となってしまうというアース公爵家にとって悪夢の未来が。

「いかん。それだけはいかん。だが、王家に返すと、そうなる可能性は大いにある」

なにせエドの顔つきは両方の王家の血を引いているだけあって悪くはなく、有力貴族たちの血縁のしがらみもない。王配となるにはぴったりの人物なのである。その上、本人が勇者クラスの実力である白銀級の土の神法使いでは、誰の反対も起こらない。

また30年も亜人族との国交が断絶しているので、輸入していた鉱物資源なども不足しつつある。そろそろ貿易を復活させるべきだという意見も貴族の間で多いのである。

その時、亜人国の王家の血を引くエドが王配であれば、有利に進むだろう。

「いかん。いかんぞ。奴が王配になれば、亜人国との交流が再び始まり、亜人奴隷推進派であった我がアース家は一気に窮地に陥るだろう。何とかして、悪評を買わずに始末する方法は……」

ビスマルクは散々考えたのち、ひとつの結論を下す。

「やむを得まい。奴は逃げたことにして、「帰らずの森」に追放しよう。神力を封印した上でな」

ビスマルクは鈴を振って、獄吏たちに命令を下すのだった。


牢獄

死んだような目をして、体育座りをしている少年がいる。

ビスマルクに殺されかけ、ペンダントを奪われたエドであった。

気味悪そうに見ている獄吏の下に、ビスマルクからの命令が伝えられる。

彼らは一瞬エドに同情するように視線を向けたが、すぐに職務に従い、牢からエドを出した。

エドはされるがままに牢から出て、公爵家の公邸内にある教会につれてこられる。

そこでは、やせ細った司祭とビスマルクが厳しい顔つきで待っていた。

「罪人エドよ。神の名の下に、そなたの神名を削る」

その宣言と共にエドは台の上に載せられ、うつぶせにして尻を出される。

そして、尻に刻まれた神名の上に真っ赤に焼けた鏝を押し当てられた。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「エドの口から苦痛の声が漏れ、必死になってもがくが、四肢を屈強な獄吏たちに押さえ込まれるる。やがて、エドの神名は焼け爛れた皮膚に覆われて読めなくなった。

「名も無き子よ。これでそなたは人とは無縁の者となった。神に見捨てられた罪を背負い、どことなりといくがいい」

司祭の言葉と共に、まだ呻いているエドが引っ立てられ、馬車に乗せられた。

「ビスマルク公爵、これで彼の神名は削りとられました。二度と神法は使えないでしょう」

司祭のことばに、黙ってみていたビスマルクはうなずく。

そして教会を出ると、フードを被った馬車の御者に命令した。

「よいな。今からこやつを「帰らずの森」に連れて行け。公式記録には逃亡したことになっておるので、遠慮することはないぞ」

「はっ」

忠実な御者の男は、エドを乗せた馬車を走らせた。


「帰らずの森」

北の亜人国と南の人間国を分け隔てる大森林で、30年前は魔王リーズカルニンの勢力範囲だった森である。ここには危険なモンスターが跋扈しているので、ベテランの猟師や冒険者たちも入るのを躊躇するといわれていた。

「ついたぞ。そあ、降りなさい」

御者に言われて、エドは素直に降りる。

そして、そのまま地面に座り込んだ。

「どうした?」

「別に。ぼくをここで処刑するんでしょ。良いんですよ。どうせお母さんもいないし……もういくところもないし」

エドは絶望に沈んだ目をして言い放つ。

それを見て、あわてて御者の男はフードを取った。

「若様……どうしてここに?」

フードの下から現れた顔を見て、エドは少し驚く。御者をしていたのは、アース公爵家の公子、ボーク・アースだった。

彼は決まり悪そうな顔をして、エドの視線を避けるようにつぶやく。

「私はお前を本当に騎士にするつもりだったんだ。メイとの約束だったからな。だが、父上に追放されるとは。さすがに見てみぬふりはできないから、一世一代の勇気を振り絞って、御者になりすましたんだ」

そういうボークの足は、父に逆らった恐怖で震えていた。

それを見て、エドはふっと笑う。

「……別に良いのに」

「そ、そんなことを言うものじゃないぞ。君が死んだらメイが悲しむ。もちろんぼくも……」

そういいながら、ボークは大きな荷物で膨れているリュックと剣を馬車から降ろした。

「とりあえず、食料と水と資金を用意した。ここから逃げて、好きなところにいきなさい」

ボークがそういっても、エドは動こうとしない。

「こ、これをあげるよ。メイの形見だ。父上の隙を見て盗んできたんだ」

ボークは後ろめたそうに、ペンダントをエドに渡す。

「そ、それじゃ、ぼくはこれで。強く生きていってくれ」

ボークはあたふたしながら馬車に乗って去っていく。

エドは一人で森に取り残された。


しばらくペンダントを見ていたエドは、ふっと笑う。

「別に良いのに。俺なんて生まれてきちゃいけなかったんだ。母さんのところに行くとするか」

エドはリュックを背負って、わざと「帰らずの森」に入っていく。

入ってすぐの所に開けた広場があったので、そこに腰を下ろした。

「そういえば。このペンダントの人は誰なんだろう?ビスマルクは違うって言っていたけど」

魔物が来て自分を殺しに来るまでの時間つぶしにと思い、ボークから渡されたペンダントを開けてみる。母メイに似た美少女姉妹の絵をじっくりと見てみる。

よく見ると、母だと思っていた美少女の耳は人間のように短かった。

「やっぱり違うな。母さんに良く似ているけど。それに、こっちの女の人は誰だろう」

姉妹の姉であろう、少し年上の少女は、愛おしそうに妹の肩に手を置いている。二人は心から互いに思いあっている様子が伺えた。

「あれ?」

エドはふと妙な思いにとらわれる。絵が少し動いた気がしたのである。

「もしかして、二重底になっているのか?ちょっとはずしてみよう」

リュックの中に入っていたナイフを使って、絵をペンダントからはずしてみる。すると、中には手紙がはいっていた。

「我が息子、エドよ。あなたに真実を知らせるべきか悩みました。ですが、いつかあなたは自分の出生の秘密を知りたいと思うかもしれません。私がいなくなった時のために、ここに記します」

そう書かかれた手紙の筆跡は、まぎれもなくエドの母メイのものだった。

「これは、母さんの遺言状か。どれどれ……」

手紙を読み続けているうちに、エドの顔が驚愕に染まっていた。

・エドの祖父、リーズカルニンとマイの悲恋の物語

・リーズカルニンを倒したのは、ビスマルクをはじめとする六勇者だということ。

・その娘、メイとアース公爵家公子ボークとの許されない恋

・エドは人間国と亜人国両方の王家の血を引く、この世でもっとも貴重な血を持つ存在であること

などが書かれていた。

「くそっ。ビスマルクめ……祖父の仇!」

エドの心の中に、ビスマルクへの憎しみが沸き起こってくる。

「……俺は死なない。奴らに復讐するまでは!」

さっきまで死んでもいいと思っていたエドの心は、憎しみを糧に奮い立っていた。

「もしあなたが困ったときは……「帰らずの森」に行きなさい。父リーズカルニンが築いた城があるでしょう。そこに眠る「秘められた力」を手に入れたとき、あなたは神にも近い力をもつ「魔王」という存在になれるでしょう。でも……ボーク様とジークフリート様は許してあげて。ボーク様は私を愛してくださいました。ジークフリート様はあなたの弟です。お二人のことは、恨んでいません」

メイからの手紙はそう締めくくっていた。

「『魔王』か。面白い。ふふふ……」

復讐できる方法があるかもしれない。暗い希望がエドの背中を押す。

「いいだろう。力とやらを手に入れてやる」

エドはリュックを背負い、森の奥に進んでいった。


「まったく……なんなんだよ、この森は……」

あちこち傷つき、装備をすべて失ったエドが漏らす。

この森にいるのはただのモンスターではなく、「魔物」だった。

彼らは人間が使える天からの力である「神力」とは反対の、地面から湧き出る「魔力」を使って攻撃してくる。

エドは彼らのご飯にならないように、必死に神力を沈めて隠れていた。

土の神法は神名を削られで一切使えず。彼はただ逃げ回ることしかできない。

それでも、徐々に森の奥に向かって進んでいった。

「しかし……腹減った……」

エドはお腹を押さえながら、ふらふらとさまよう。

そのとき。巨大な魔物が現れた。

「な、なんだこいつは……えっと。たしかエレファントキャット!」

目の前に回りこんできた魔物に、エドは悲鳴を上げる。全体的には猫のような姿をしていたが、顔の中央に自在に伸びる鼻があり、それで獲物を捕食する魔物の登場だった。

「た、たすけて!」

エドは後ろも見ずに走り出す。エレファントキャットは追いかけてきた。


「はあ……はあ……どうすればいいんだ……」

エドは心底困っていた。あれから数時間もエレファントキャットに追回されているのである。ただでさえCランクモンスターとして冒険者たちから恐れられているモンスターに、森の中で襲われてしまい、エドは絶対絶命だった。

「仕方がない。木に登ろう」

後先考えず、森の開けたところにある一本の大きな木に登る。

その下では、エレファントキャットが悔しそうにうなっていた。

「バーカ。さっさとどっかにいってしまえ!」

エドはそういって怒鳴るが、木の根元でエレファンとキャットは蹲る。

「おい、聞こえないのか!どっかいけって言っているだろ!」

そうエドががなりたてても、聞こえない振りをして横になった。

そして、エドを見上げてニヤッと笑う。どうやら、彼が降りてくるまで何日でも居座る気らしかった。

「お、おい。ずるいぞ。どっかにい」けよ。困ったなぁ……」

仕方なく、身を隠そうと木をよじ登る。

地上から10メートル上がったところで、変な物をみつけた。

「あれ?なんだこれ?」

なぜか枝に、小さな黒い箱が結び付けられていた。

箱の表面にはボタンがついている。

「誰がこんなものを?何か武器でもあるのか?」

エドは溺れる者はわらをもつかむ心境で、箱をあける。

中には、なんだかよくわからない機械が入っていた。

「なんだこりゃ。宝箱かな?」

そう思って開けてみるが、すぐに失望する。中にはなんだかわからない機械と、動力源なのか神力を蓄積する神石が入っていた。

「まあ、宝といえばそうかな。でも、神力がほとんど入ってないぞ。かなり古いものなのかな」

そう思って、エドはキラキラと輝く神石に触れてみる。エドの神力をすった石は、黄金色に輝いた。

「え?金って?なんの属性なんだ?」

エドは家庭教師から教わった、神法属性について思い出してみる。

光属性は白色、闇属性は黒色、風属性は緑色、土属性は黄色、火属性は赤色、水属性は青色になるはずだった。

金ということは、未だ知られていない属性の神法がこめられているということになる。

「面白いな。どうせこのままじゃお終いだし。よし、やってみるか!」

エドは満タンになるまで神石に力を注ぎ込む。そして蓋を閉じて、箱についていたボタンを押した

次の瞬間、ゴォォォォという音がして、大地が振動する。

「な、なんだ?」

「グロロ?」

木の下で、エレファントキャットもおびえて、長い鼻を木に巻きつけた。

大地の震動はより激しくなり、木を囲むように割れ目ができる。その割れ目から、巨大な脊柱が12本も出てきた。

「な、なんなんだよ!」

木の上でエドが悲鳴を上げている間に、脊柱が中央に向かって倒れこんでくる。

「グガッ!」

木にすがり付いていたエレファントキャットは、石柱に押しつぶされて絶命した。

「はあはあ……」

木の上にいるエドは、完全にビビッてしまい、木の上から降りられなくなる。

魔物をつぶした石柱は、そのままピクリとも動かなかった。

「お、おい。俺はいったいどうすればいいんだよ。本当に困ったな……」

木の上で謎の箱を抱えながら、エドは思い悩む。

いつまでもこうしても仕方ないので、もう一度ボタンを押してみる。

すると、石柱はひとりでに元の穴に戻っていった。

「ふう……なんとか助かったか」

エドは木から下りて、潰れたエレファントキャットを確かめる。

いい感じに平たくなっており、解体はできそうだった。

「待てよ。これって、誰かがセットした狩猟用の罠なんじゃないかな……」

エドは何者かの意思を感じ取り、身震いするのだった。


エレファントキャットの肉を食べ、その神力を取り込んでレベルアップしたエドは、少しずつ森の奥に進んでいく。

一つの国ほどもある広大な「帰らずの森」の中には、高ランク冒険者ですら手に負えない魔物がうじゃうじゃ生息していたが、神法を封じられたエドは何とか進むことができた。

あの拾った箱は何らかの防衛装置らしく、ピンチに陥ったときに押すと、地面から石柱が現れて敵を押しつぶしたり、空から岩が落ちてきてモンスターを叩きつぶしてくれるのである。

最初はビビッていたエドだったが、今ではすっかり箱に頼っていた。

「相棒、今日も頼むぜ」

巨大な発汗ネズミの巣を見つけると、容赦なく石を召喚して押しつぶし、親ネズミも子ネズミも食いつくし、その汗を飲んで体を強化する。

多くの魔物たちの肉を食らい、その神力を取り込んだエドは、筋骨たくましい少年へとその体を変化させていた。

「でも……神法が使えないんだよなぁ……」

エドは残念に思う。神力だけなら白銀級を通り越して、とっくに黄金級に達していたが、神名を消されていたまで神法が使えないのである。

神力が体内に溜まると同時に肉体が強化され、動きもすばやくなるが、神法が使えないなら欠陥戦士にすぎない。

「このままじゃ、アース家に復讐なんでできはしない。頼みの綱は、伝説の魔王リーズカルニンの使っていた「禁断の力」だけか。なんとか彼が作ったという魔王城に行って、その力を手に入れないと……」

そう思いながら、旅をすること一ヶ月。

「ついた……ここが、伝説の魔王城か……」

エドは花崗岩で作られた、巨大な城門の前にたどり着いていた。

高さ50メートルの城壁にぐるりと囲まれた丸型の巨大な城である。半径は二キロほどもあった。

その城壁の奇妙なところは、壁に太い鉄の棒がはめ込まれ、城中を取り巻いている所だった。

「さて。鬼が出るか蛇が出るか。一応魔王と側近のエルフたちは勇者たちに滅ぼされて、一人も残っていないはずだけど……」

そんなことを思いながら、城門の前に立つ。

「おーい。開けてくれぇ」

そう呼びかけても、何の反応もなかった。

「まあ、予想通りだな。次に、この箱のボタンを押して……」

黒い箱のボタンを押しても、何の反応もない。

「困ったぞ。どうすれば……わわっ!」

突然黒い箱がエドの手から離れて中に浮く。

箱は吸い寄せられるように扉に近づくと、その扉についている鉄の板の表面に張り付く。

ピッという音がして、巨大な扉がゆっくりと開き始めた。

「なるほど。この箱は鍵でもあったんだな。さて……城内には誰がいるか」

エドは警戒しながら中に進むが、中には一人の人影も見当たらなかった。

「これは……城内に町があったのか。だけど……」

城壁の中には小規模な町があり、意外とりっばな建物が並んでいる。中央広場には噴水が噴出しており、ちゃんと水道も通っているみたいだった。

何十年も前に打ち捨てられていたのか、道は草で覆われていた。

しかし、城内は何かの力で守られているのか、建物は朽ちず、危険なモンスターもいない。

そして、家の中はついさっきまで人すんでいたかのように綺麗だった。

「ここに住んでいた人は……どうなったんだろうな」

エドの疑問はすぐに解消される。城の中に入ってみると、大広間に何人もの人骨が散らばっていた。剣できられた傷や、槍で突かれた跡が骨に残っている。

「これが魔王に従ったエルフや亜人族たちか。かわいそうに」

エドはじっと目を閉じると、彼らの冥福を祈った。

気を取り直して城内を捜索するが、財宝らしきものはなく、「禁断の力」に関わる手がかりもみつけられなかった。

エドは最後に玉座の間に来る。そこには黄金のローブを纏った小柄な男の白骨死体があった。

「彼が魔王リーズカルニン。そして俺の祖父か……」

エドは白骨死体の前に立って、手を合わせる。

そのとき、持っていた黒い箱からピッという音が響き、あたりが怪しい紫色に包まれた。

「な、なんだ?」

思わず天井を見上げると、巨大なシャンデリアのような金色に輝く巨大神石が降りてきた。

「我が後継者に、この力を残す」

「うわぁぁぁぁぁ!」

渋い声が響くと同時に、エドの意識は神石に吸い込まれていった。


エドの意識の中に、祖父の記憶が伝えられる。それは魔王と呼ばれた彼の人生、いやその前世からの膨大な記憶だった。

「祖父は、異世界からの転生者だったのか……」

黄金色の神石の中で、エドの意識かつぶやく。祖父の前世の名前はエドワード・リーズカルニン。20世紀のアメリカに生きた人物で、異世界で謎とされていたピラミッドやストーンヘンジの謎を解いた歴史上ただ一人の男である。

彼は16歳の結婚式の日、将来を誓い合った婚約者に逃げられ、失意のうちにアメリカのマイアミに住み着き、奇妙な行動を始めた。

たった一人で婚約者が戻ってきたときのために、二人の城を築き始めたのである。

彼は150センチ、45キロの小男だったが、誰の手も借りず、木と鉄くず、車のバッテリーから作り出した奇妙な機械を使って、海底から30トンもある珊瑚岩を運んで城を築いた。

彼が岩で作ったその城は、総重量1100トンにも及び、ストーンヘンジの岩を超えるのである。特に見事なのが、入口の扉で、9トンもある一枚岩が重心で支えられており、ごく軽く触れただけで開くようになっている。 これは現代の土木技術でも再現不可能だった。

彼は一人でピラミッドを作れる男として話題になったが、その秘密を誰にも伝えることはなく、1950年代にひっそりとその人生を終える。

彼か作り出した「コーラルキャッスル」は、世界遺産にも匹敵する価値を認められることもなく、今もB級観光スポットとして観光客が訪れている。

そして彼の魂は、このマジックデジョンに転生する。

過去の恋にけりをつけて、エルフの王子として生きた彼は、再び彼を振った婚約者の転生者に出会ってしまうのである。

人間国の妹姫として生まれ変わった婚約者に出会った彼は、熱心に口説いた。今度は彼女は彼を受け入れ、ほんのわずかな共のものと一緒に逃げ出す。

逃げ出した彼らは、この「帰らずの森」に城を築き、平和な生活を作り上げた。元の亜人国に戻ろうとしても、種族的偏見から結婚が許されるとは思えなかったからである。

そして、リーズカルニンとマイの間に女の子が生まれる。彼女こそ、エドの母であるメイであった。

「はは……母さんかわいいな」

母の小さいころの映像をみて、エドは苦笑する。たった数十人しかいない城だったが、彼らは幸せに生活していた。

マイは適切な医療が受けられなかったため、メイの命と引き換えに死んでしまったが、その代わりに誕生したメイはまさに魔王城のアイドルだった。

しかし、そんな彼らを脅かす者たちが現れる。人間国の6人の勇者である。

王家と五大公爵家から選ばれた勇者たちは、魔王となったリーズカルニンと激しく戦った。しかし、その戦いに決着がつくときがくる。

「卑怯な……」

風の勇者が空を飛んで城内に忍び込み、幼いメイを人質にしたのである。

メイの助命と引き換えに門は開かれ、魔王は降伏した。

六勇者によって魔王は処刑され、城に火が放たれる。多くのエルフたちやメイも奴隷としてつれていかれ、魔王城はわずか10年の歴史にピリオドを打った。

「あいつら……許せない」

神石の中で、エドはギリッと唇をかみ締める。

長いリーズカルニンの記憶が終わると、次に「禁断の力」についての知識が脳に入ってきた。

「これは……すごいな」

エドは改めて、祖父の偉業に感心する。

彼がどのようにして一人で巨岩でできた城を作ったか?人類史上永遠の謎となっているが、黄金色の神石からその秘密が伝わってきた。

「磁力……だって?星にもともと備わっている力を操って、他のどの属性の神法よりも圧倒的な力を誇る系統……」

エドの頬に感動の涙が伝わってくる。彼はこの世界でいわれる「神力」を生まれつき持っており、その力で地球が発生させている磁力を自由に操ったのである。

通常なら磁力性を持たない、岩などの非金属の無機物にも強力な磁力を持たせる。すると、何十トンもの岩を個人で持ち上げることができる。

その原理は、超伝導電磁石で数百トンのリニア鉄道を持ち上げ、超スピードで走らせることができるものと一緒であった。

魔王リーズカルニンが前世から脈々と研究を重ねていた力が、エドの脳裏に書きこまれる。

すべての知識を伝え終えたとき、金の神石は静かに天井へと上がっていった。

誰もいない城の中に、エドの笑い声が響く。

「ははは……我こそは魔王エドワードなり。この世界を征服して、永遠の平和をもたらしてやる」

笑い続ける彼の額には、新たな神名「エドワード」が刻まれていた。

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磁力魔王の世界征服記 大沢 雅紀 @OOSAWA

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