磁力魔王の世界征服記

大沢 雅紀

第1話とある下男の災厄

外の世界からの侵略者、伝説の魔王が倒されて、数百年もの間平和が続いている世界、マジックデジョン。神の力を宿した勇者の血筋は世界の隅々にまで広がり、ほとんどの人が神力を持つようになった。

しかし、それでも王家と5人の英雄の子孫たちは、強い神力をもって世界に君臨し、人々を邪悪なモンスターから守っている。

そんな中、土のアース家に一人の赤ちゃんが笑まれようとしていた。

「おぎゃぁ、おぎゃぁ……」

元気に泣く赤ちゃんを見て、まだ若いメイドは困惑している。

「ああ、どうすればいいかしら……こんなことが奥様にばれたら……」

おろおろとするだけの若い母親には、長い耳がついている。彼女はエルフ族という亜人族の一人だった。

「だ、大丈夫だよメイ。ちゃんと父上に申し上げれば……」

メイドを慰めているのは、このアース公爵家の一人息子ボークである。口ではそういうものの、彼の口調には厄介なことになったという響きが浮かんでいた。

「しかし、私は亜人族。人族の、それも公爵家の跡取り息子のあなたとは……」

「大丈夫だって。俺がなんとかするから。あ、今からパーティがあるから、俺は行くよ。後はよろしく。父上にはうまく言っておいてくれ」

そういい捨てて、ボークはさっさと出て行く。

後は呆然としている母親と、きゃっきゃと笑っている黒髪の赤子が残されるのだった。


数時間後

「……それで、こやつはボークの子だというのか?」

「は、はい」

厳格そうな老人の前で、エルフ族の母親メイはペタンと耳をたらして恐れ入る。老人はこの上もなく冷たい目で赤子を見た。

「ボークは公爵家の跡取りだ。当然、婚約者も決まっておる。炎の公爵家の公女キャシー殿だ。お前のような端女とは違い、神力も高い。わしがいいたいことはわかるな」

「……申し訳ありませんでした」

母親はその場で跪いて、過ちを詫びる。

老人はふっと息を吐くと、冷たく命令した。

「では、処分せい」

「ご主人様。何卒お許しください。この子は一生を掛けてアース家にお仕えするように、私がしっかりと教育いたします」

メイドの必死の訴えを聞くうちに、老人の心も動いた。

「……わかった。だが、認知はできぬ。お前一人で育てるが良い。下僕としてなら、その子の存在を認めてやろう」

「はい。ですが、ぜひとも神名を!お願いします」

母親は必死に取りすがる。神名とは体内の神力を開発するためのものであり、それが与えられないと神法が使えず、これから先の人生で無能扱いされて悲惨な人生を送ることになる。

老人はしばらく考えた後、口を開いた。

「ならば名をくれてやろう。わが一族の血統を汚した存在として、穢土=エドと名乗るがいい」

老人はそういいながら、赤ちゃんの尻に手を触れる。

神聖文字でエドと刻まれた。

「あ、ありがとうございます……ううっ」

赤ちゃんを抱いたメイドは、騎士たちに連れて行かれながらも感謝の声を上げていた。

(卑しくも我が家の血を引いた子だ。これから生まれてくる我が孫たちの従者程度には使えよう。もし神役に立たないなら、奴隷として売り飛ばせばよい)

アース公爵家の当主である黒髪の老人は、そんなことを考えるのだった。


それから15年後-

楽しそうな声が中庭から聞こえてくる。

「えい。アースボール!」

一人の少年が、懸命に杖を振っている。

「さすがですジークフリードお坊ちゃま。13才なのに、もう土の黒鉄級の魔法がつかえるなんて」

「当然さ。僕はおじい様である土の勇者の血を引いているんだからな!」

赤髪そばかすのお坊ちゃんがそっくり返って威張っている。

家庭教師の教師は苦笑しながら、神法の説明を続けた。

「いいですか。神法には「光」「闇」「火」「風」「土」「水」の六属性があります。どの属性が使えるのかは生まれつき決まっております」

「ふーん」

ジークフリートは興味なさそうに聞いている。

「そして、使える段階により「黒鉄級」「青銅級」「白銀級」「黄金級」に分かれています。お坊ちゃまはまだまだ初歩。これからどんどん勉強しなければなりませんぞ」

「はいはい。わかったよ。それじゃ神法の訓練として……おーい」

ジークフリートは庭の隅で掃除をしていた少年を呼ぶ。彼は少年より年上だったが、あまり食べていいのか華奢だった。黒い髪と長い耳をもっている。

「お呼びでしょうか。お坊ちゃま」

「エド。今からアースボールの訓練をする。お前が的になれ」

ジークフリートは幼い顔を歪めて言い放った。

「ですがお坊ちゃま……私には庭の掃除が」

「そんなもの、後でいい。それに、どうせ泥だらけになるんだからな。ふふふ」

ジークフリートは不気味に笑って杖を構える。エドと呼ばれた少年も、観念してその前に立った。

「いくぞ!アースボール!」

ジークフリードが杖を振ると、庭のしめった土が浮き上がり、泥団子になっていく。

「そらっ!」

泥団子はエドめがけて飛んでいった。

しかし、エドは鋭い反射神経で楽々と交わしていく。

「くそっ!逃げるな!」

ジークフリートは真っ赤になっていった。

そのとき、家庭教師が裏手に回した杖を軽く振って、小声でつぶやく。

「アーススワンプ!」

次の瞬間、エドが立っていた地面が沼地となり、泥土に足を取られてしまう。

「あはは!いまだ!アースボール!」

動きが止まったエドに向けて、ジークフリートは思う存分泥団子を投げるのだった。


「お坊ちゃまは日々成長しておりますね。私の鼻も高いです」

授業後、家庭教師はジークフリート父親である、公爵家公子ボークに報告に行く。

「そうか。才能がある子に育ってくれて、僕もうれしいよ」

ボークは相好を崩して喜ぶのだった。

「ところで、少し気になったことがあるのですが」

「なんだい?」

「実は、あの庭師の少年ですが、かなりの神力を感じるのです。そう、神力だけなら青銅級ほどにも。もしや、彼は……」

「しっ。余計なことを言うんじゃない!」

ボークはあわてて家庭教師の口を塞いだ。

「し、失礼いたしました。ですが、彼を教育してみてはいかかでしょうか?もし彼が黄金級とまでは行かなくても、白銀級にまで神力を高めることができれば、アース公爵家にとって有益では?」

「ふむ……」

それを聞いてボークは考え込む。彼は普通以下の黒鉄級の神力しか持たず、いつも父親である公爵に叱責されていた。今までに何も功績を挙げておらず、30歳過ぎても何の権限も与えられていない。

そろそろ公爵家の跡継ぎらしく、手柄のひとつも上げてみたかった。

「わかった。あいつの教育を任せるよ。アース公爵家の役に立てるように、死ぬほど鍛えてやってくれ」

「かしこまりました」

家庭教師は一礼する。ボークは良かれと思ってやったことが、後になってとんだ裏目に出るとは全く考えてもいなかった。

その日の夜

「ねえねえ、母上、僕はアースボールが使えるようになったんだよ」

暖かい食卓で、豪華な食事に囲まれながらジークフリートが自慢する。

「あらあら、すごいわねぇ」

赤髪でグラマーな彼の母親、元公女キャシーは愛情たっぶりにそれを聞いていた。

「それでね。母上の言うとおり、エドをやっつけてやったんだ」

「それはよくやったわ。さすがは私の息子よ!」

キャシーは誇らしそうにジークフリートを抱きしめ、隣の席に座っている男に意味深な視線を向けた。

その男、ボークは額に汗を浮かべて、作り笑いをする。

「ジークは腕白だなぁ。だけど、あまり彼をいじめちゃ駄目だよ。彼は家臣になるんだから」

「あら、家臣だからこそ、今から上下関係を教え込まないといけないのでは?変な勘違いをしないように」

キャシーはそう冷たく言い放つ。彼女はとっくにエドがボークの隠し子だということに気がついており、毎日のように息子をけしかけてエドをいじめさせていた。

そしてボークは妻に責められ、見てみぬふりをしている。

庭での出来事は、こういった事情があった。

「ま、まあその、ジークは我が公爵家を継ぐにふさわしい、立派な子だ」

「当然ですわ。炎の公爵の孫であり、私の子供ですもの。おほほほほ」

キャシーは勝ち誇ったように笑うのだった。


窓の外から家族団欒を見ている少年がいる。

「いいなぁ。おいしそうな食事……」

見ていると腹がグーーーっとなる。成長期の彼にとって、それは憧れの光景だった。

「仕方ないか。身分が違うんだもんな……」

その少年、エドは頭を振って気分を切り替えると、汚れた格好のまま離れにある小屋に向かう。

なぜか本宅から離れたそのあばら家が、彼の部屋だった。

「お母さん。ただいま」

エドは一人寂しく、部屋においていたペンダントを開き、中に入っている絵に挨拶する。

そこには姉妹らしき美しい少女が描かれており、その妹らしい人物が髪の色は違うものの、彼の母メイにそっくりだった。

エドはもらってきた食べ物をテーブルの上に並べて、ため息をついた。

「また残飯なのか……。でも、仕方ないか。本来、母さんか死んだ後には売り飛ばされてもおかしくない俺を下男として雇ってもらっている身分なのだから」

エドは沈んだ声をあげる。奴隷身分だった母メイの子供である彼は、まともな戸籍も持ってない立場だった。それでもメイドだった母が生きていた当時は普通の生活ができていたのだが、数年前母が病死すると、突然本邸を追い出されてここに移されたのである。

「なあ母さん。どうして俺はご主人さまたちからいじめられているのかな?」

泥だらけになった服を脱ぎながら、エドはつぶやく。

小さいころか何度も母にぶつけた質問に、生前の母は笑って答えていた。

「いじめられているのではなく、心をゆるされているのよ。あなたしか年の近い子供がいないから、遊び相手になっているの」

そういった慰めてくれたが、彼は15才になっても苛められ続けている。

「母さんはそういったけどさ、毎日こんなことされているんだぜ。いい加減、あのガキを殴りたくなってくる」

エドは怒りに心を振るわせる。二才下のお坊ちゃんであるジークフリートは、何かと彼に辛く当たってきた。子供がやったこととして我慢してきたが、年々エスカレートしてくる。

そんな彼の心に、母メイの最期の言葉が思い出されてきた。

「いい?お坊ちゃまと仲良くしなさい。彼はあなたに甘えているのよ。大丈夫。公子ボーク様があなたが大人になったら、正式な家臣としてくれるって約束してくれたわ。それまで、つらいだろうけどがんばりなさい」

メイの最後の言葉を、エドは自分に言い聞かせるようにつぶやく。それは彼にとってたった一つの希望だった。

母の形見のペンダントを握り締めて、じっと貧しい暮らしに耐える。

「それじゃ、いただきます」

エドは残飯で作ったスープを飲む。これが彼の日常だった。


次の日

「え?俺に神法を教えてくれるんですか?」

エドはびっくりして聞き返す。目の前には、厳しい顔をした家庭教師がいた。

「ああ。公子様のご命令だ。お前は将来ジークフリードお坊ちゃまの衛士として、彼を守る使命がある。今のままだと盾にもならんからな」

教師は冷たい声で言い放つ。盾扱いされてちょっとカチンと来たが、チャンスを逃す気はなかった。

「ぜひともお願いします!」

「覚悟しておけ。本気の修行は厳しいぞ!」

こうしてジークフリートの授業が終わった後に、家庭教師から地獄の修行が施されるのだった。

家庭教師は遠慮も容赦もせず、エドをしごきまくる。

「どうした。その程度のアースボールしかできないのか!なら、死んでしまえ!」

大きな岩ほどもある泥団子を作らされ、それを一時間も維持させられる。

「岩の中には金や銀、宝石などが混じっている。「分離」によって必要な物質を取り出すのだ!」

あるときには廃鉱山に連れて行かれ、鉱石カスから金や銀を精製させられる。

「もっとイメージしろ!ゴーレムの形を作り、その動きを研究するのだ!」

泥人形を作らされ、自分の体と同様に操れるようになるまでしごかれる。

こうして、エドは土の魔法使いとして成長していくのだった。


半年後

王都からアース公爵家当主、ビスマルクが帰ってくる。

「父上、お帰りなさいませ」

そう出迎えてくるボークに、ビスマルクは冷たい目を向けた。

「留守居役ご苦労。何か変わったことはなかったか?」

「実はご報告があります。エドについてなのですが……」

ボークが報告しようとしたとき、小さな少年が執務室に入ってくる。

「お祖父様、お帰りなさい!」

母親譲りの金髪を揺らして、ジークフリートが駆け込んできた。

愛する孫をみて、ビスマルクの顔がふにゃりと蕩ける。

「おお、ジークよ。元気にしておったか?」

「はい。ちゃんと勉強していました!」

シークは輝くような笑みを浮かべる。それにビスマルクはメロメロになった。

「そうかそうか。良い子じゃ。たくさん土産を買ってきたぞ!」

そういってジークに大きな包みを渡す。

「わーい。ありがとう!」

包みを受け取ったシークフリートは、走って出て行ってしまった。

それを苦笑と共に見送り、ビスマルクはつぶやく。

「元気な子じゃ。さすがは我が孫じゃ」

「ええ。アース公爵家の未来は明るいでしょう」

この時ばかりは二人の間にほんわかとした雰囲気が漂った。

ビスマルクはひとつ咳払いすると、居住まいを正す。

「それで、報告とは?」

「実は、エドに稀なる神法の才能があることがわかったのです」

少しは父親としての情が残っているのか、ボークはうれしそうに話す。

しかし、ビスマルクの顔はみるみるこわばっていった。

「なんじゃと!なんの修行もしておらなんだのに、青銅級に匹敵するほどの神力量を持っていたと!」

「ええ。神力だけなら。ですが、これば喜ばしいことです。奴を鍛えて利用すれは、我がアース家はさらなる発展を……」

「ばっかもん!!!!!!!!!!」

ビスマルクは大声で雷を落とす。褒められると思っていたボークは驚いた。

「ち、父上、怒っているのですか?」

「そうじゃ!よりによって亜人族の血が混じった汚らわしいあの子に、そんな力が宿るとは。まさか、神法を教えてはいないだろうな」

ビスマルクにじろりと睨み付けられ、ボークは決まり悪そうに答える。

「あ、あの、ついでと思って、あの家庭教師に教育を頼みました」

ボークがそういった途端、部屋の中は沈黙で満たされた。

しばらくして、ビスマルクは苦々しく言葉を掛ける。

「貴様という男は……神法の才能もないくせに、余計なことばかりしおって」

「で、ですが、私なりに考えたのです。エドを忠実な家臣として利用すれば、領内の鉱山開発がいっそう進み、我が家はもっと豊かになると……」

「たわけ!!!!!!!!!!!!!」

ビスマルクは再び大声を出し、ボークを黙らせる。

「貴様は「リーズカルニンの乱」を知らぬのか!」

ビスマルクがその名を口に出すと、ボークはおびえた顔になった。


リーズカルニンの乱とは、今から30年前に起こった騒動である。

当時、人間国を支配する光の王家に二人の女の子がいた。一人は正妻の子だったが、神法の才能がなく、どんなに教育しても青銅級までにしかなれなかった。

もう一人は身分の低い側室に王が生ませた子供で、きちんと認知して教育が与えられたのだが、彼女の才能は数十年に一人でるかどうかといわれる黄金級だったのである。

しかし、その姉妹仲は悪くはなく、お家騒動が起こることもなく才能がない姉が王家を継ぎ、妹は水の公爵家に降嫁されることになっていた。

そのとき、北方の山地を支配する亜人国の王子リーズカルニンが表敬訪問にやってきたのである。

王子は接待役となった妹姫に恋をし、姫のほうも王子を受けいれてしまった。

しかし、このカップルは決して結ばれてはならない禁断の恋だった。

人間と亜人は数百年前の魔王討伐に協力したとはいえ、その見た目の違いから反発することが多く、長い歴史においては争いもあったのである。王家の血に亜人族の血が混じることを恐れた当時の王は、求婚してきたエルフの王子をにべもなく拒絶した。

しかし。彼はそれにあきらめることなく、ついに深夜妹姫の居室に忍び込み、彼女をさらって逃げ出した。

激怒した王は彼を討伐しようとしたが、彼は北の国境地帯にある、勇者が魔王を倒した地といわれる「帰らずの森」に供のエルフたちと逃げ込み、禁断の力を手に入れてしまった。

事態を重く見た王は彼を「魔王」と認定し、非常事態宣言を発令し、国じゅうから勇者を募った。

そして集まった勇者パーティは、それから10年も魔王と激闘を繰り広げる。

かれらは最終的に魔王となった亜人族の王子リーズカルニンを倒したが、なぜか妹姫はみつからず、連れ帰ることはできなかった。

人間国は亜人国との国交を断絶し、国内にいた亜人族をすべて捕らえて奴隷とした。以後、どんなに神法の才能があっても亜人族の血を引く者はその地位を認めないこととしたのである。

「亜人族の血を引くものは、人族に災いをもたらす。だから跡継ぎにはできんのじゃ」

ビスマルクの声は恐怖に震えていた。彼はさらに続ける。

「魔王リーズカルニンは本当に強かった。ワシは何度死ぬかと思ったことか……あの悲劇を繰り返してはならんのじゃ!」

ビスマルクは厳しい声で告げる。ちなみに彼は30年前に魔王を倒した勇者の一人で、その功績でアース家に婿入りを果たしたのである。

父の話を聞くうちに、ボークの顔が青くなる。

「ど、ととうしましょうか。エドはすでに青銅級の神法を学んでいると聞きます」

「……やむをえん。始末する」

ビスマルクは自ら剣を取って立ちあがると、兵士たちと共に離れの小屋に向かった。


離れの小屋

一人で食事をしていたエドは、周囲の異変に気づく。

「なんだ、この殺気は……」

修行によって神力の気配を探る術を実につけていた彼は警戒する。

「何か変だ。とにかくここから出よう!」

そういってペンダントを胸に掛けたとき、パリンと音がして窓ガラスが割れる。

「なんだ……うっ!」

投げ入れられたのは、導火線のロープに火がついている油つぼだった。

床に落ちた瞬間に壷は割れて、油を周囲にぶちまける。たちまち油に引火して、あたり一面は火の海になった。

「くっ……なぜだ!どうして俺をーーーー!」

炎に包まれながら、エドは絶叫していた。

小屋の外には、アース公爵家の兵士たちが取り囲んでいた。

誰もが松明を持ち、必死になって油を小屋にかけている。

「どんどん油を撒け!いいか、ここで確実に焼き殺すのじゃ」

兵士たちはビスマルクの剣幕に怯えながらも、命令に従っていた。

あっという間に小屋は炎に包まれる。

その炎を見ながら、ビスマルクは心の中でエドに手を合わせていた。

(すまぬ。だが、お前は存在するだけで世の中の害になるのじゃ。ワシを恨んでもいい。だから、ここで確実に滅びてほしい。あの悲劇を繰り返すわけにはいかんのじゃ)

そう想いながら油断なく小屋を見張っていると、中から炎の塊が飛び出してきた。

「うわ!なんだ。あっつい!」

兵士たちが驚いて飛びずさると、炎の塊は動きを止める。

次第に炎が消えていき、中から土の鎧に包まれた人間が現れた。

「これは『土鎧』。ありえぬ!まだ15歳の少年なのに、白銀級の神法を使えるとは!くっ、危機的状況に陥ったせいで、覚醒してしまったのか」

ビスマルクが大きく口を開けていくと、土の鎧が消えていく。

中からは、怒りの表情を浮かべたエドが現れた。

「ご主人様。なぜこんなことを……」

怒り心頭に発したエドが怒鳴ると、ビスマルクが答える。

「人と亜人は結ばれてはならぬ。その子は新たな魔王となりえる。今までは見逃していたが、貴様に神法の才能があると知った以上、放っては置けん」

ビスマルクは茶色い剣を抜き、エドに向き直る。

「災い、すべて滅ぶべし!」

ビスマルクの「大地の剣」が襲い掛かるが、エドにはそれを交わす力は残ってなかった。

「覚悟!」

ビスマルクの剣が振られると、周囲の石が浮き上がってエドを滅多打ちにする。

「ぐはっ!」

エドは全身から血を噴き出して倒れた。

「とどめだ。のろわれた子よ。死ぬがいい……ぬ?」

剣を振り下ろしてとどめを誘うとしたビスマルクの腕が止まる。

彼の目に、エドが胸から下げているペンダントが入っていた。

「それは王家の紋章!なぜ貴様が……」

ビスマルクは無理やりペンダントを取り上げて、中を開ける。

その中に入っていた絵を見て、彼は硬直した。

「返せ……それは母さんの絵だ!」

エドは必死に取られまいと抵抗するが、軽く剣の峰で首元を叩かれて気絶した。

「母の絵だと……違う。これは若いころのムイ様とマイ様の絵だ!これを持つということは……まさか、メイはマイ様の子だったというのか!?ということは……エドは」

ビスマルクは呆然と倒れたエドを見下ろす。

いつのまにかキャシーやジークフリート、その他にも屋敷中のメイドや執事が出てきて、その光景を見守っているのだった。

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