SFとはつまり「出落ち小説」なのだろうか?

先日から異世界とSFのことばかり考えている小生。


「板野かも」さんの使われている「出落ち小説」という言葉が、「横浜駅SF」のような、「着想は出落ちだけど内容は真面目」「体裁はちゃんとした小説だけどテーマが出落ち」といった作品を指すものであることは理解できたつもりでおります。


ここで考えてみると、面白いSFというのは、すなわち「出落ち小説」として出来の良いものを指すのではないか?と。


もちろん、上質なSF作品が全て「出落ち」の要素を含んでいるわけではないと思いますが、広い目で見れば、何らかの人目を引くテーマを大きく作品の中心にすえておき、その周りをちゃんとした文章で肉付けするというのが、ひょっとしたら、SFというジャンルの基本なのかもしれない、と思い至りました。


思えば先日取り上げた、板野さんと丸山さんのそれぞれの「AIと人間の仕事の奪い合い」の作品も、そのテーマ一つから話を派生させる作風であったことを思い出し。


SFと「出落ち」の関係を深く考えてみたいと思い、板野さんが代表作として掲げておられる「48million ~国民総アイドル社会~」なる作品にちらりと目を通してみると、なるほど、と思ったところもありまして。


明らかに「出落ち小説」なのですね、この作品も。


日本中の女性全員がアイドルとして活動させられるという、それはまあ、とんでもない未来世界を舞台とするこの小説。


思えば、横浜駅が日本中を覆いつくすという「横浜駅SF」の筋書きとは、ともに「出落ち」的要素を共有しているようにも見えて。


まだ全て読めてはいないのですが、序盤の文章を読んでみると伝わってくる「出落ち小説」感がこれは半端ないなと。


何かとんでもない舞台設定を考え出し、その中で真面目な話を描くというのが、SF創作の早道なのかもしれませんね。


その「とんでもない舞台設定を考え出す」ことが凡人には難しく、小生のようなものには手が出ないと思われるところでもあるのですが。

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