第4話
〈白魔女と白魔法使いの血族編〉
【1】
オレが隠れ里で聴いた伝承によれば。
むかしむかし、人間が太陽の力を得るよりもずっと昔。
力を持たぬ獣や人間達は、魔王と配下の魔物に怯えて暮らしていた。
人間の街は半ば遊びのように壊され、エルフは森を焼き払われた。
やがて、魔王は世界の四方を護る白魔法使いたちによって封印される。
白魔法使いとは、浄化の魔法を用いる超越者だ。魔王との戦いによって一人が斃れ、今現在は三人しかいない。
その白魔法使いの一人、西方を護るエルフのリカ様が。
今、オレの前にいる。
街からソーラーバイクで四日、森に入ってから更に1日半を経て、オレは白魔女、リカ様の元にたどり着いた。
「誰ぞ客の来るであろうことは、何となく分かっておった」
リカ様はそう言って、菫色の瞳に笑みを浮かべられた。肩の辺りで切り揃えられた濡れ羽色の髪、白雪の肌を覆い隠す白いワンピースドレス。リカ様は、細くしなやかで、美しい方だった。
「えっと」
オレはガラにもなく緊張しつつ、ぺこりと頭を下げた。
「ヨークといいます。太陽の街で便利屋やってます。今日は、白魔女リカ様にお願いしたいことがあって」
「ほう、太陽の街から。遠方よりご苦労であったな」
リカ様が優しく微笑んだ。黒い睫毛に縁取られて少し眦のつった、菫色の瞳に目を奪われそうになる。
白魔女と呼ばれているのは白魔法使いの中で唯一の女性であるからだと知っているが、俺と幾つも年が変わらないように見える目の前の人と、魔王封印の伝承がどうにも結び付けられそうになく戸惑う。けれども、リカ様の言葉はオレやシエラの言葉よりもずっと古めかしく、どこか懐かしかった。
「便利屋ヨーク。ここまで足を運ぶのはさぞかし骨の折れたことじゃろう? 茶でもだそう。少し休んで行くといい」
【2】
街から遠く人里離れた森の奥。
リカ様は、野菜畑のある小さな木造の家に住んでいた。家の近くで明るいピンク色の髪の青年が薪割りをしている。
「お客様か? 珍しいな」
青年がリカ様に笑いかけた。
青年の耳は丸く、オレやリカ様の耳とは違っていた。人間だろうか。リカ様が、太陽の街から来た使いであるとオレを紹介すると、青年は気さくにオレをねぎらった。
「太陽の街から? そりゃご苦労様。オレは、リカ様の従者、キイス。ゆっくりしていけよ」
白魔法使いは時に、己を守護する為の従者を選んで契約することがある。白魔法での契約により、従者は本来よりも長命となり、白魔法使いに付き従う、らしい。
魔王は封印されたといっても、魔王の息のかかった魔物が死に絶えたわけではなく、白魔法使いは魔物の襲撃に遭うこともあると聞く。そんな時に白魔法使いの手助けをするのが従者なのである。
「とっておきのハーブティーを淹れよう。そこに腰掛けるが良い。」
リカ様はオレを家の中へ迎え入れると、お茶の支度を始めた。家の中はシンプルで、大事に使い込まれていると思われる家具が並んでいた。木の戸棚、テーブルセット、糸紡ぎ、機織り機。それらはオレにエルフの隠れ里での生活を思い起こさせた。
「さて、話を聞こう。願いとはなんじゃろう?」
「あ、はい」
オレはひと呼吸おいて、ルフォル社のチョコレート工場での一件を話した。
工場を動かすソーラーバッテリーの相次ぐ故障。体調不良を訴える多数の工場職員。夕暮れ時に襲い掛かってきた奇怪な生き物。それを消滅させた(?)オレの力……。
リカ様は、オレの話を聞きながら何事か考えているご様子だった。
「リカ様にお願いというのは、ルフォル社の工場に来て頂いて、その土地に異常がないか、魔物の影響はないか、再度確かめて頂きたい、ということなんです」
「……ふむ」
リカ様は、菫色の瞳でオレの顔をじっと見つめ、ほんの少し眉を寄せた。
「そういうことであれば行かねばなるまいな。それにしても……その奇怪な生き物を消滅させたというお前の力も気にはなるのじゃが……、お前とは何故か初めて会うたように思えぬな。見たところ、ハーフエルフのようじゃが、もともと太陽の街の生まれなのかの? 」
リカ様は俺に尋ねた。ハーブティーの葉がお湯にほどけはじめたのか、爽やかな甘い香りが立ちはじめる。
「いいえ……違います。親の顔は知りません。出身は、街からそう遠くない所ですが、ゴーシュという老エルフが治める隠れ里です」
「ゴーシュ! 」
リカ様は白い手でオレの両手を握った。
「ゴーシュの隠れ里……そうか、そうか。なるほど、その黒髪。黒い瞳。この顔。……お前は」
オレの顔を見つめながら、リカ様が瞳を潤ませている。
「お前は、ルークの息子か。よくぞ大きく育ってくれた……」
「ルーク?」
リカ様は、溢れ出しそうな涙を拭うと、ぎゅっとオレを抱き寄せた。ハーブティーとはまた違った、花のような香りがオレを包む。オレの耳とリカ様の長い耳が重なった、その瞬間。
風に白い装束を靡かせ立っている、黒髪の人間の男と。
赤ん坊を抱いて、幸せそうに涙ぐみ、微笑むエルフの女の姿がオレの脳裏に浮かんだ。
「視えたか? お前の父親、ルークと、母親、ファナの姿が」
リカ様は両腕を解いて、オレと目を合わせる。
「え、え?」
父親? 母親?
今の人たちの姿が?
オレはハーフエルフだから、リカ様のようなエルフと共感する力はないのに。
オレの気持ちを悟ったのだろう、リカ様は説明をしてくれた。
「私の記憶の中の映像をお前に分けた。お前を見たとき、何処かで見た懐かしい顔だと思ったのだ。お前は白魔法使いルークとその妻、ファナとの間に生まれた子」
「え」
リカ様の瞳に、オレの顔が映っている。さっき視えた人間の男と、オレはそっくりで、頭の中の言葉さえ失いそうになる。
思考がついていかない。オレの父親が、ルークという名前で、あの黒髪の男で……。
白魔法使い?
「……すまぬ、混乱するのも無理はなかろうな。
まずは落ち着いて、お茶でも飲むといい。せっかくのとっておきじゃ、冷める前に飲め」
リカ様はオレから手を離すと、向かいの席に座りなおした。
薄手のティーカップが、あたたかな湯気を立てている。
「エルフの血を持つもの同士は、引き合うように出来ておる。お前が今日ここに来たことは、きっと巡り合わせなのであろうなぁ。……さて、何から話したものか……」
【3】
リカ様の話は、大体こういうことである。
むかしむかし、世界は魔王とその支配下の魔物たちによって危機に晒されていた。
東西南北を守護する四人の白魔法使いたちは、力を結集させ、魔王を封印することに成功した。
頭を失った魔物たちの攻勢は弱まり、人間たちが太陽の力を手に入れると、ようやく平和が訪れた。
魔物たちは太陽の光を嫌うのだ。太陽の光を蓄え機械を動かし街を照らす力に変換する技術は、魔物たちを恐怖させるのに充分だった。
白魔法使いは魔王との戦いで一人の犠牲を出してしまった。それが、ルーク、東方を守護する白魔法使いだった。
ルークは、魔王との決戦より以前に、妻ファナの住む森に結界を施し、そこを長老ゴーシュに治めるよう進言した。しかし決戦において命を落としたルークの結界は解けてしまう。
ルークは、今際の際に白魔女リカに遺言をした。再び妻の住む森に結界を掛けてくれと。まだ世界には魔物たちが残っている。魔力の高いエルフ族は魔物たちにその居場所を察知されやすいのだ。
白魔女リカは、ゴーシュの森へ赴いて結界を掛けなおした。その際、ルークの妻ファナにルークの戦死を伝えなければならなかった。
ファナは、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、
「魔王に挑めばこうなることはわかっていました」
と言い、涙をこらえていた。
「ルークはこの子を遺してくれました。世界を救った白魔法使いの息子ですもの、きっと強い子に育つんだってわかります……」
ファナは笑った。
「その後、ファナは、ルークと白魔法使いが救った世界を護る手伝いがしたいと言っての」
リカ様は半ば目を伏せ言葉を続ける。
「生まれたばかりのお前を隠れ里に残し、北方を守護する白魔法使い、ゴードン様の従者となったのじゃ」
「ちょっと……ちょっと待って下さい。魔王を封印したのって大昔の話じゃないんですか? リカ様のお話だと、オレが生まれる少し前のように聞こえるんですけど……」
もっとも、とばかりにリカ様はうなづく。
「結界の強き魔力により、隠れ里の内と外では月日の流れが異なっておる。お前はまだ18歳かそこらじゃろうが、こちらでは魔王の封印から、200年ほどの月日が流れておる。勿論、隠れ里も外と連絡を取りおうてはおるじゃろうが……。
実際に昔の話なのじゃ。昔話として語られるのも当然であろうな」
「…………」
オレは膝の上で拳を握りしめた。
「……ゴーシュも幼いお前に全てを言えはしなかったのじゃろう。
お前を置いていった両親に疑問や反発する気持ちもあるじゃろうが、ルークは、お前と妻の住む世界を護りたかった。ファナは、お前のこれから成長する世界を護りたかったのじゃ。わかってやってくれ、というのはやはり酷であろうの……」
「……」
まるで話に頭が追いつかなかった。聞きたいことがたくさんある気がするのに、何を聞けばいいのかすら朧げで掴めない。すり抜けていく。
「お前がルフォル社の工場で見、消滅させたという奇怪な生き物が魔物であるとするならば……、ルークの子に浄化の力が宿っているのも至極当然のこと。
先ほどお前に触れた時、まだ小さくはあるが浄化の力の存在を感じた」
言葉をなくしたままでオレは視線を落とした。膝の上の拳をゆっくりとほどく。強く握りしめすぎていたのか、指先が白くなっていた。
オレの父親は、世界を護った。
オレの母親は、父親の護った世界の、その平和を維持するために、戦っている。
けれど。そんな。だって。ああ。いや。逡巡のことばだけが、何度となく頭を巡り続ける。
ようやく話が頭に落ちてくると、俺は思った。
すごい。
そんなすごい人たちが、オレの両親だったなんて。
それを今まで知らずに、平和な隠れ里や街で生きていたなんて。
「魔王に施した封印は、あと一千年は解けぬ。魔物たちも一時に比べれば大人しいものよ。
ルークは、白魔法使いとはいえ、他種族より多少劣る魔力について悩んではおったが、太陽の力を魔力と共に解放する技術を創り上げた」
リカ様は、そう話しながら、戸棚の奥をごそごそと探り始めた。ややあって、その手に棒状の物を取り出すと、一緒に来い、と促して家の外へ向かう。
「ファナのエルフの血に導かれ、ルークの息子が訪ねてくるのも因果か」
陽光は燦燦と差し、木々の葉は活き活きと煌めいていた。梢に茂った葉が、地面に涼しげに影を落とす。
リカ様は、オレの手に棒状のものを握らせた。
街でよく見かける機械たちに似た金属で出来ているそれは、不思議とオレの手によく馴染んだ。手首から肘までくらいの長さで、親指の爪ほどの大きさの青いボタンと白いボタンがついている。
「手前の青きボタンを押してみよ、魔力を込めてな」
「えっ、魔力……?」
突然そう言われても。
魔力なんてオレにあるのか?
オレは、隠れ里では魔法を教えられなかったことをリカ様に説明する。
「なんと言ったら良いかのう、そう……お前の護りたいものはなんじゃ? それを思い浮かべながら、願いを込めて、ボタンを押すのじゃ」
「えっと……」
オレの、護りたいもの。
シエラ。イーリャ。ミント。エイダ。いつも世話になってる定食屋の人たち。大家さん。街で世話になってる業者さんたち。お得意さんたち。ゴーシュ長老と隠れ里。
それらを思い浮かべながら、オレはボタンを押した。
腹の底から、何かゴオッと熱いものが生まれて、右手に、掌の中の金属に吸い込まれる感じがした。
瞬間。
バシュン、という音とともに、金属の棒が青い閃光が飛び出した。
「わわっ!?」
オレはびっくりして、棒状のものから手を離した。青い光は瞬時に消え、カランと乾いた音を立てて地面に棒だけが落ちた。
【4】
「おお、すげー。それが使えるのか」
薪割りを終えて、オレとリカ様の様子を伺っていた従者の人……確かキイスさんが感嘆の声をあげた。
リカ様はキイスさんに頷いてみせ、棒状のものを拾いオレに手渡す。
「驚かせてすまぬ、これはお前の父の形見と言ってもいい品物でな。ルークはこれをソーラーブレードと呼んでおった。先ほどの刃は太陽の力とお前の魔力がまじわったもの。青き光にて魔物を浄化させることができる。同じように魔力を込めて白いボタンを押すと、火筒になる。太陽の力とお前の魔力で光の弾丸を打ち出すのじゃ。
これは私にもキイスにも不向きでな。しかしお前ならば練習次第で使いこなせるかもしれん」
太陽の力と、オレの魔力がまじわったもの……それが、あの青い光の刃?
オレは、さっきリカ様に言われたように自分の護りたいものたちを思い浮かべ、願いを込めて、青いボタンを押した。
腕に微細な振動を伝え、バシュンという音とともに再び青い光の刃が飛び出した。おそるおそる、その刃に触れると、じんわりと暖かく、しかし形はなくて、ひなたに降りてくる太陽の光を思い起こさせた。リカ様に促されて再度ボタンを押し直すと、刃は消え、手の中に金属の棒だけが残った。
「間違いなく青き光じゃな。ルークは言っておった。悪心あるものが触れると、刃は赤く輝く。赤き刃は、何もかもを壊す禍々しき光なのだと」
木々の葉が風にそよぎ、さわさわと音を立てる。
リカ様は少しの間沈黙し、やがて
言葉を続けた。
「……お前にはこれを振るう力がある。しかしこれは、大自然の力を礎とする、エルフの魔法とは本質の異なるものじゃ。一度目にしてしまえば、同じものが作れないかと思うのが人の性(さが)。初めの思いが善きものであれ、そう遠くない未来に、人同士、赤き光を放ちあうこととなるであろう」
リカ様の黒い睫毛が沈鬱にしだれている。その目線の先に、ソーラーブレードがある。
「リカは争いを避けたい。反面ルークの形見のこれを、お前にゆずってやりたいとも思う。
白魔女が尻を拭いてやることは出来ぬ。お前が自分で尻を拭くことも叶わぬと思う。お前が白魔法を扱うのは、母、ファナの意思にそぐわぬであろうが……
ヨーク、お前自身は力を望むか?」
ソーラーブレード。
父親ルークの形見。
オレは手の中のそれをぎゅっと握りしめた。
「リカ様」
オレは、リカ様に向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「今日の出会いに感謝します。オレは……、自分のことを隠れ里の厄介者だと思っていました。ずっと、オレの居場所はここじゃないって思っていました。やっぱりオレが隠れ里を出てきたのは間違いじゃなかった。こうして、両親のことを知ることができた。リカ様、ありがとうございます」
顔を上げると、リカ様と目が合った。リカ様が真剣な表情で頷く。
「オレ、先日見たようなバケモノに、自分の大切なものを奪われたくないです。世界を護るなんて大それたことは考えられないけど、そのお手伝いが、もしこれをオレが持つことで出来るのなら……、これは、オレに譲って頂きたいです。強くなれば母親の助けにもなれます」
オレの言葉を聞いて、リカ様は静かに瞼を閉じ、やがて穏やかに微笑んだ。黒い睫毛に縁取られた紫の瞳が花開くようにほころぶ。
「良かろう。
一度(ひとたび)赤き輝きを血の紅に染めることがあれば、この手で街を焼き、黒魔女と呼ばれてやろう。
ヨーク、その時は敵同士じゃ。ファナにはリカが恨まれてやる」
「はい……!」
「リカをただの婆でいさせてくれよ?」
リカ様の微笑は穏やかで優しげだったが、言葉には強い重みを感じた。オレがリカ様の目を見つめ返事をすると、では、と言ってリカ様がオレの手からソーラーブレードを取り上げた。
「白魔女リカは汝ヨークよりソーラーブレードを預かる。お前が必要とした時に、喚べるようにしてやろう。そして、魔物の気配が消えたら、異空間に戻るようにさせてもらう」
囁くような声音でリカ様が呪文らしきものを詠唱する。それが終わるか終わらないかのうちに、光の粒に包まれてソーラーブレードが消えていく。魔法を見るのは隠れ里以来だ。
「悪く思うなよ」
リカ様が言う。
「さて、では……お前の持ってきた依頼を……いや」
何かを言いかけたリカ様の表情が一瞬にして曇った。
「ヨーク、下がれ」
「えっ」
ぐい、と肩を掴まれ、オレはリカ様と家の玄関口の間に追いやられた。
【5】
「魔物じゃ、キイス!」
「よっしゃ」
リカ様の呼び声に、後ろに控えていたキイスさんが答えて、リカ様に並んだ。右手に大きな剣を携えて。
前方の木陰から何か黒いものがリカ様めがけて飛び出してきた。同時に、リカ様の短い詠唱。黒いものは、リカ様の目の前でぐしゃりと潰れた。じゅうじゅうと焼けるような音を立てて、そいつは消えていく。
『オオオオオ……しろ、まじょ、めがあアアアア』
消える前にオレは見ていた。
それは闇を切り取ったかのような。
狼のような胴体に、コウモリのような尖った翼、そして、炎のように爛々と光るふたつの目。
形こそ違え、オレが先日ルフォル社の工場で見たバケモノと似ている!
これが、魔物……!?
リカ様は、キイスさんの掲げた剣に手をかざし、詠唱する。キイスさんの剣が稲光のような輝きを帯びる。
続けて、空から数え切れないほどの黒いものが降ってきた。さっき潰れて消えたヤツと同じかたち。
「はあっ」
キイスさんが掛け声とともに、襲い来るそいつらをバッサバッサと斬っていく。斬られるとそいつらは空気に溶け込むように消えてなくなっていった。
リカ様も短い詠唱を繰り返す。その度、リカ様めがけて飛んでくるヤツらはぐしゃりぐしゃりと潰れて消えた。
オレはじっとしていられなくなって、右掌を上げた。リカ様は、オレが必要としたときに、喚べると言っていた。それなら。
「ソーラーブレード!!」
オレはその名を叫んだ。
リカ様を、白魔女を護らなければ!
オレの右掌にあの金属の感触が伝わる。掌を目の高さに合わせると、確かに、ソーラーブレードが掌の中に在った。
オレは、青いボタンを押した。振動、そして、青い光が飛び出す。
「うおおおおっ」
オレはリカ様の前に飛び出した。目の前に黒い魔物。ソーラーブレードを一閃する。が、かわされた。オレは前につんのめって転がる。
「ヨーク!」
リカ様の声に顔を上げると、すぐ目の前に黒い魔物が迫ってきていた。ガバッと口を大きく開けている。
完全には体勢を立て直せないままソーラーブレードを振り、目の前に来た魔物を夢中で払う。
当たったのか!?
消える魔物。
しかし、すぐに次の魔物が飛びかかってくる。
咄嗟に白いボタンを押そうとする。指が金属の部分を押す、違う。再度白いボタンを探る。
やられる!
そう思った瞬間、魔物の身体が真っ二つに裂け、四散した。
「無茶すんな、兄ちゃん」
にやりと笑って、キイスさんが目の前に立っていた。
「無茶をしおって!」
リカ様が駆け寄ってきた。周囲にはもう黒い魔物はおらず、ソーラーブレードはオレの手から消えていた。魔物の気配が消えたから、異空間に還ったのか。
オレは尻餅をついた格好で、キイスさんとリカ様に頭を下げた。
「すみません…黙っていられなくて」
「その勇気は買うぜ」
「勇気と無謀は違う。煽るな、キイス」
キイスさんはリカ様の厳しい言葉を聞いても、あははと軽く笑うだけだった。
「兄ちゃん」
キイスさんは屈んでオレと目線を合わせ、ふと真剣な顔になった。
「あれが魔物さ。白魔法使いってのは、こういう人里離れた場所に住んで、魔王復活を目論む魔物たちの狙いを自分に集中させてるんだ。女には向いてないよな。オレは昔っからリカちゃんにそう言ってたんだぜ。なのに」
「キイス」
再びリカ様の厳しい声を聞いて、キイスさんは口を閉じ、肩をすくめた。
「はいはい……」
リカ様はオレたちには背を向けたまま、
「だが、一応礼は言うぞ、ヨーク。ありがとうな」
と、言った。
【エピローグ】
リカ様による、ルフォル社工場の土地の浄化確認は、その後一日で終了した。
「街中からは少し距離があると言うておったな。それならば直接飛ぶのに何ら差し支えもないであろう」
オレとリカ様は、リカ様の転移魔法で一瞬でルフォル社工場に移動した。オレのソーラーバイクや、荷物も一緒だ。
事前に連絡を取っていた営業部長シャンテさん、工場長、便利屋からイーリャ、シエラ、そしてオレの立ち会いのもと、浄化確認は速やかに行われた。
「お前たちが見、ヨークが消滅させたという奇怪な生き物は、特徴を聞くに、確かに魔物だったのであろうと思う。しかし今、その気配はなく、太陽の力の加護によりこの地に邪悪なるものはおらぬと感じる。
だが、此処は曲がりなりにもかつて魔王の侵攻があった土地じゃ。油断は禁物。リカが再び祝福を授けよう」
そう俺たちに告げると、リカ様は手にしていた杖を掲げ、空中にいくつもの円を描いた。リカ様の唇から歌が紡がれ響きはじめる。綺麗な歌声が心に染み入るようだった。リカ様は歌いながら杖で空中に円をいくつも描く。それはキラキラと細かな光になって、あたりに降り注いでいく。
「なんて美しい響き……それに、綺麗……」
シエラが瞳を潤ませて呟く。オレも同感だった。
歌い終えて、リカ様は手に持った杖を緩やかに宙で止めると、杖の先を軽く大地に触れさせた。
こほん、と咳払いをしたリカ様の頬がほんのりと薄紅に染まっているように見える。
「祝福の歌じゃ。どうかこの地がこのまま護られるよう」
大地に根ざす草に生気が漲り、潤っている。気のせいか空気も澄みきって輝くように思えた。
「白魔女リカ様、ありがとうございました……!」
シャンテさんと工場長はリカ様に向かって深々と頭を下げた。
「また何かあれば、いつでも駆けつけよう。お前たちも今回の事は災難であったな」
「この手に握るものが常に世界を護り救うことになるよう、祈っておるぞ」
リカ様はオレの手を取り、言った。
「オレもそう願っています」
オレは笑って答えた。リカ様もまた微笑み、静かに手を離す。
「ところでヨーク、お前の剣の腕前についてだが」
「…………」
オレは黙ってしまった。
自警団の自己防衛手段の教室には行ったことがあるけど、剣についてはズブの素人だ。それは、昨日の一件でリカ様にもキイスさんにも丸わかりだったはず。
せっかくソーラーブレードを譲り受けたのに、もしかして使えない!?
オレは泣きそうな顔をしていたと思う。リカ様がオレの肩にぽんと手を置いて言った。
「……安心せい、幸いうちのキイスは剣の使い手じゃ。不安ならしばらくの間泊まり込みで習うと良い。キイスにも既に了解を得ておる」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「ソーラーブレードを持たせるにあたってリカも責任を取らねばならぬ。気にするな。お前の父のルークは、剣について一廉(ひとかど)の腕前であった。お前ならば必ずモノにできるとリカは信じておる」
オレはリカ様に頭を下げた。
「上司に相談して、すぐにリカ様のお家に行きます!」
「待っておるぞ」
リカ様はすっとオレから離れて、背を向けた。呪文の詠唱が聞こえたかと思うと、リカ様の身体はキラキラした光に包まれ、空間に溶け込んでいった。転移魔法で、あの森の中の家に帰ったのだろう。
「ヨーク」
「ヨーク!」
イーリャとシエラの呼ぶ声に振り向く。シエラが陽の光の中で微笑んでいる。イーリャの顔も、前よりはずっと、明るく見える。
ああ、話したいこと、話さなければならないことがたくさんある。その前に。オレは満面に笑みを浮かべて、二人のもとへ駆け寄った。
「ただいま!」
【白魔女と白魔法使いの血族編、終】
雑種エルフの便利屋稼業 笹団子 @0141gohan
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