第45話

「……あれは成長ではなかった」

 と気付いたのは、三日後の朝のことだったが。

「ところで」

 その発見を無視して。当たり前のように登校に同行するようになった楓が、思い出したように言ってくる。

「オレはまだ、あの時に何が起きたのかを聞いていない」

 『あの時』というのは他でもなく、魔王と戦った『あの時』のことだろう。

 決着をつけてからもう三日――いや、まだ三日と言うべきか。負傷者はいたが死傷者はなく、町の復旧は急ピッチで進み、未だに機能を失っているというものはない。学校も、二日目には再開されていた。

 まさしく異世界の光景を垣間見ただけとでも言うように、町は急速にいつもの平穏を取り戻したのだ。

 ただ、達真たちの脳裡から『あの時』の記憶が消えることはない。

 当然、何をしたのかも覚えている。

 達真はちらりと隣――楓とは反対側の隣を歩く、幼馴染を見やった。千聡はそれで察すると、達真に代わって話し始める。

「まず第一に、達真の力っていうのは妖精が言ったようなものじゃなかったのよ」

 人差し指を立ててみせ、目を閉じる。どこか得意な様子で。

「世界を超えた時に発揮されるなんてことはなかった。というか、達真の力っていうのは最初から発揮されていたの」

「発揮されていた?」

「ええ。ただ単に、それが異世界まで届いていただけでね」

 楓は解説を受けてなお、しばし真顔のまま千聡の顔を見続けていた。その視線の意味――まだわからないという意図を汲み取って、千聡が付け加える。

「要するに……世界単位で発現場所がずれてたってことよ」

 「いわば世界間弾道奥義ね」と言うと、楓はようやく、見た目にはハッキリと頷いた。

「そういうわけだから、魔王を倒すためには、その異世界で効果を発生させている攻撃を、地球に戻してやればいいって考えたのよ。ただ少し遠くに行っちゃってるだけなんだから、地球に戻しても消えることなんてない、ってね」

 そして力を移動させる手段は他でもない。妖精だ。

 魔王の魔法を地球に届かせる要因ともなってしまった妖精の扉だが、逆に言えば同じ要領で、異世界の力を地球に移動させることが可能という証拠でもある。

 ならばそれを使い、地球で放たれ、異世界で発揮された達真の力を、もう一度地球に戻せるに違いない。千聡が考えた策というのは、そういったものだった。

「まあ本当は、私が挑発して魔法を使わなくさせてから戦うって予定だったんだけどね」

 挑発しすぎて、逆に意固地にしてしまったのだろうと、千聡は肩をすくめて頬をかいた。

「そういえば、魔法はどう対処したんだ? オレは気絶していたせいで、見ていなかった」

「あれはね」

 首を傾げる楓に、指を一本立ててみせて。

「さっき言ったことの逆をやっただけよ。妖精の扉を使って、地球で放たれた魔法を異世界に飛ばしたの」

 向こうには悪いことしかもしれないけどね、と苦笑する。

「当然、妖精がその防御をしてる間は達真の攻撃ができないし、私がやられたような広範囲の攻撃は防げない。それにタイミングを合わせないといけないから、必ず防げるわけじゃない。あそこで魔法をやめてくれたのは幸運だったわ」

「挑発してたおかげってことだな」

「なるほど」

 話を聞き、楓はもっともらしく深く頷いたが、

「……理解できたのか?」

「いや、全く」

「…………」

 至極当然のように言われ、千聡も達真も同時に項垂れた。

「しかし一つ、疑問がある」

「なんだ? 一応聞いてやるが、お前の理解できる答えが返せるかはわからんぞ」

「なぜオレはその作戦を聞かされていなかったんだ?」

 達真は、千聡と顔を見合わせた。そして今度は押し付けられる形で、達真が話す。

「仮に作戦を聞いていたら、お前は何をしたと思う?」

「真っ先に攻撃を仕掛ける」

「そういうことだ」

 もっとも、それでも楓が千聡を助けなければ、作戦は失敗していたかもしれないが。

「ところで」

 と、今度はまた別の声。達真はその方向を見やった。そして声の主が、不満そうな顔を見せる――達真の持っている、鞄の中から。

「なんでわたしはまた、こんなところに閉じ込められてるんですか? 監禁調教ですか?」

 達真は無言で蓋を閉めた。遠くなった声が――妖精の声が、なおさらうるさく響いたが。

「そういやこいつ、いたんだったな」

 忘れていたわけではない。

 妖精は役目を終えてもまだ、地球にいた。

 というより、思い切り殴打したせいで能力に異常をきたしたらしく、異世界との扉が開けなくなってしまったらしい。

 曰く、「怪我みたいなものなので、しばらくすれば治るはずです」とのことだが。

「わたしは世界を救った勇者なんですから、もうちょっと敬って扱ってくださいよー!」

「お前が勇者かよ!」

 鞄の中に向かって叫ぶ。

 その瞬間――

 目の前の角から同じ学校の生徒が現れ、明らかに不審者を見る目を向けてきた。

「…………」

 さらにふと見れば千聡が数歩ほど遠退いて、自分は無関係の人間だという顔をしている。

「俺、やっぱり異世界で暮らしたくなってきた……」

「安心しろ。例えどれほど気味悪がられても、通報され、有罪判決を受けるまで、オレはお前の味方だ」

 なぜかそれが紛れもない励ましであるように、楓が言う。

 どんっと胸を叩くと、庇うように近付いてさえくる。

 それを見た千聡が慌てて駆け戻ってきたが。

「わ、私だって、達真はちょっと不審なくらいが丁度いいって思ってるから、大丈夫よ!」

「妖精ー! 早く治ってくれー!」

 鞄を振り回し、自棄になって叫ぶ達真。それもまた明らかに不審者であり、さらに何人かの通行人に見られてしまったが――

 その願いが異世界へ届くのは、まだ先のことだった。

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俺の力は異世界まで届くらしい 鈴代なずな @suzushiro_nazuna

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