46「ハルウィン」

 いつもの放課後。いつもの部室。

 部長が熱心にノートを読むその脇で、僕は居心地の悪い緊張した時間を過ごしていた。

 うちの部はKB部という。「軽文部」の略である。軽文とはすなわちライトノベルのこと。つまりラノベを書く部なのだ。そして書いた小説は、部員のみんなで回し読みをする。地産地消が、KB部のモットーである。

 部長がぱたりとノートを閉じる。

「ん。……読んだぞ」

「どうですか?」

 僕はおそるおそる、そう聞いた。

 部長の表情からは、おもしろかったのかつまらなかったのか、よくわからない。

 ちなみに今回のネタは「ハロウィン」だ。いつものGJ部の部室に、シスターズが押しかけてきて、お菓子くれなきゃイタズラするぞ、と脅迫してくる話である。

 このあいだ、ひょんなことから、部長の妹と、うちの妹と、綺羅々さんの妹とが、同じ中学で、しかも偶然、友達同士だったということが判明した。

 どうも前々から、妹の霞の話に「セラちん」とか「ジルちゃん」とかいう名前が頻出して、部長や恵ちゃんの会話の中にも「うちの聖羅が」とか出てきて、綺羅々さんの話にも「ジル」とか出てきていて、おかしいなぁ、と、妙な違和感を覚えていたのだけど……。親友同士だったということを、はじめて知った。

 さっそく妹に聞き取り調査をして、キャラクター像を構築。本人たちの許可ももらって、小説に登場させてみたのだ。

 いろいろとチャレンジしている一話なので、評価が気になるのだけど……。

「ここ、誤字な」

 開口一番、部長はそう言った。

「うえっ?」

 聖羅ちゃんのキャラがうまく描けているかどうか、リアル姉に判定してもらおうと思っていたのに、妙な重箱の隅のあたりをつつかれてしまった。

「どこですか?」

「いっちゃん最初だよ」

「最初の行ですか? ……うーん。……ないですよ?」

「ちげーよ。最初の行じゃないよ。もっと前だよ」

「もっと前って……。え?」

「だからイチバン最初! タイトルのとこ!」

「は?」

 僕はタイトルをよく見てみた。

 この話のタイトルは「ハロウィン」で――。たった一単語だけしかない。こんなの誤字の出しようがないんだけど……。

「間違ってないですけど?」

「ばーか。ハウィンじゃねーだろ。ルウィンだろ!」

「え――?」

 僕は咄嗟に紫音さんに顔を向けた。

 KB部の副部長であらせられる紫音さんは、真央学の第一人者でもあるわけで――。

 たぶんだいぶ前からこちらを向いていただろう紫音さんと、目と目が合った。紫音さんは、愉しそうに微笑んでいた。

 その微笑みで、僕は瞬間的に、すべてを理解した。

「あ、あははははー! そ、そうですね! 僕、覚え間違いしてましたー!

「だろ? 妙な覚え違いしてんじゃねーぞ」

 腕組みとともに、部長は力強くうなずいた。

 間違いない。部長は覚え違えていらっしゃる。

「うちではハウィンのとき、お菓子、いっぱい用意しておくんですよー」

 恵ちゃんがお茶を運んでくる。部長が読み終わってティーブレイクに突入するタイミングで、恵ちゃんは紅茶の準備を終えている。ばっちりのタイミングだ。

「お姉ちゃんが、お菓子よこさなきゃイタズラするぞって言う役でしてー。わたしと聖羅がお菓子をあげる役でしてー」

「ば、ばかっ! ――それは言わない約束で!」

 恵ちゃんは、これ、フォローしているのかいないのか。あるいは天使家では、全員が覚え違いをしているのかも……?

「だけど四ノ宮君、やさしいですねー。やさしいひとには、ご褒美です」

 僕の紅茶にだけ、クッキーがつけられる。そして恵ちゃんは、僕に向けてウィンク。

 あっ――。これは「やさしい」ほうだ。部長に「間違い」を指摘しちゃったら、きっと、真っ赤になっちゃうくらい恥ずかしがるわけで――。

「あっ! ずりぃ! オレにもお菓子! お菓子くれなきゃイタズラするぞー! 今日はハウィンの日に決定なー!」

「ハウィンならしかたないですねー」

 クッキーを半分、部長に渡す。

 皆で精一杯、フォローに励んだ。今日はハウィンの日だった。

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KB部 新木伸 @araki_shin

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