第17話 エピローグ

 魔鎧者討伐から一夜明けた次の日のお昼休み


「し、死ぬる」


 洛錬工業高校一年二組の教室の一角にて、九重祭が机の上に突っ伏して干物と化していた。

 こうなった理由は昨夜にある。


 京都御苑で魔鎧者と呼ばれる鎧を破壊した後、祭達は意気揚々と事務所まで凱旋した。

 そして地獄巡りが始まった。


 祭が「さっ、ご飯つくるわ」というと、いつものスーツに着替えた鳥山が「いえ、お嬢の手を煩わせるまでもありません。私が作ります」という問題発言をして、あろう事か祭を当身で気絶させてソファに寝かせたのだ。


 祭が目を覚ますと、目の前の机に鳥山特製の死を招く料理が並べられていた。


「マジで死ぬる。御丁寧に弁当まで作りやがって、しかもクイゾウの奴いつの間にかいなくなってるし」


「大丈夫? 祭ちゃん、朝からしんどそうだけど」


 頭上の声に反応して顔を上げると、彩愛が後ろ手に心配そうな表情で祭を覗き込んでいた。


「ああ彩愛か、大丈夫よ大丈夫」


「その割には疲れた顔してるけど」


 傍目から見ても今の祭の顔は普通では無いことが見て取れるのだろう。少しはポーカーフェイスというものを身に付けた方がいいなと祭は思った。


「まあ昨日ちょっとね、後この鳥山の作った弁当をどう処理しようか迷ってて」


 机の上にナプキンで包まれた小さな弁当箱とパンが二つ入ったコンビニの袋が置かれる。

 前者は鳥山が作った弁当で、後者は祭が登校途中にコンビニで買ったお昼ご飯替りのパンである。


 祭は今、この鳥山の弁当をどう処理するかを迷っていた。尚自分のために作った弁当を捨てるという選択肢は祭には無い。


「お嬢! 呼ばれて飛び出てご飯食べに来たっすよ」


「ど、どうも」


 バンと景気良く引き戸を開けてクイゾウが入ってきた。傍らにはこの間夕飯を共にした宗盛という男子生徒がいた。


「あ、あのっ! 呼んで下さりありがとうございます」


「別に二人共呼んでないけどね」


「宗盛なんかキャラ違うっす」


 宗盛は顔を真っ赤にしてぎこちない動作で祭にお辞儀をする。 どうもこの子は女子への免疫力が低い気がする。


「あっ、そうだ」


 祭の頭にひらめきが走った。


「ねえ、宗盛君。家から持ってきたこのお弁当、いる?」


「へっ? まさか九重さんの手作りですか!?」


「ん〜、それは秘密」


 口に指を当てて小悪魔的な笑みを浮かべる祭、その所作には妙な色気があった。


「いただきます!」


「いや待つっす! 宗盛これ絶対罠っすよ!」


「馬鹿を言うなクイゾウ! 可憐で清楚な九重さんがそんな事する筈ないだろう! それに例え罠でも女子の手作り弁当の可能性が僅かでもあるなら、俺はそれに賭ける!」


 残念ながらその可能性は僅かすらも無い。後思いのほか評価が高くて祭りは照れた。

 宗盛はクイゾウの制止を振り切り、祭が差し出した弁当箱を開けて中身を口に運び込んだ。

 その瞬間。


「ぶべらっしゃばあああ」という奇声を上げて宗盛が床に沈んだ。

 白目を剥き、泡を吹いて気絶した宗盛。彼はそれでも弁当箱の中身をこぼさずにその手に抱えていた。

 祭は宗盛のその一連の行動を見届けた後、静かに黙祷を捧げてからこう言った。


「捨てるか、この弁当」


 この時の祭の頭の中には、自分のために作ってくれた弁当を捨てるという選択肢しかなかった。


「お嬢ひでえっす」


「ま、祭ちゃん」


 クイゾウと彩愛はそんな祭を見て戦々恐々としていた。


 ――――――――――――――――――――


 夕方 九重探偵事務所


「ただいまあ、およ? お客さん?」


 祭とクイゾウが事務所に帰って来た。

 玄関に靴が一人分多い、来客中のようだ。


「もしかして依頼人!? はいはいはい所長代理の九重祭です!」


「あっ、祭さんおかえりなさい」


「って、美優さんじゃない。何でここにいるの?」


 ドアを開けて中に入ると、ソファに昨日世話になった速水美優がいた。その向かいには鳥山が座っている。

 今日も昨日と変わらずパンツルックのレディーススーツをビシッと着こなしている。


「はい、実はこの度九重弘樹様からのご命令により、九重探偵事務所で事務員として出向する事になりました」


「へ?」


 いきなり過ぎて祭の思考がついていけない。


「こちらがその事に関する書類と、弘樹様から祭さんへのお手紙です」


「へ?」


 美優から茶封筒を受け取って中身を取り出す。

 まずは書類、確かに美優を事務員として出向する旨が書かれている。あろう事か祭の父親のサインが入っている。

 祭はあくまで所長代理、本当の所長は祭の父親だ。その所長が許可したのだから祭に断る理由は無い。

 よくもまあ海外にいる父親からサインを貰えたものだ。前から計画していたのだろうか。

 続いて弘樹からの手紙


『マナによる怪奇事件が発生した。

 詳細は同封したUSB入っている。

 解決しろ』


 と簡潔簡単わかりやすくかつえらそうに三行でまとめられていた。


「あんのクソデブうううう! また人をこき使う気か!」


「おおまたっすか」


「早速USBの中身を確認しましょう」


 祭の横から手紙を覗き込んだ鳥山とクイゾウがテキパキと怪奇事件解決の準備に入った。


 祭が断ると思っていないようだ。

 実際断るつもりは無かった。断れば更なる無茶ぶりを振られるのはわかっているから。


「依頼料ふんだくってやる!」


「祭さん、私もお手伝いします」


「当然よ、そのために来たんでしょ? 美優さん」


「ええ、あとこれからは祭さんの部下になるので美優と呼び捨てて下さい」


「わかったわ、よろしく美優」


 祭と美優は軽く握手を交わして、祭は鳥山の傍に行った。


「鳥山、事件の詳細は?」


 鳥山はパソコンの画面から顔を上げずに淡々と答える。


「はい、どうやら京都の街を幽霊列車が走るというものだそうです」


「機動力がものをいいそうね、クイゾウは出発の準備を進めなさい。鳥山は先に出て幽霊列車を探して。美優は事務所に残ってバックアップ、可能なら幽霊列車を発見次第周辺の安全を確保して頂戴」


「ういっす」


「かしこまりました」


「了解です」


 三者三様に返事して彼等は持ち場に着く。美優も初日とは思えない程迅速に動き、同調していた。

 祭はそんな彼等の動きを満足気に眺めながら、景気良く号令をかける。


「んじゃあんた達拳を上げなさい、九重探偵事務所本格始動よ! せーのっ、おー!」


「お嬢何言ってんすか」


「馬鹿じゃないですかお嬢」


「この歳になるとそれはちょっと恥ずかしいです」


 祭が天井を突き破る勢いで右の拳を突き上げるのとは反対に、クイゾウと鳥山と美優は反対の意を示した。

 美優はともかくクイゾウと鳥山は殴り飛ばしたくなる。


「お前ら、そこはノリよく合わせなさいよ!」

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九重祭の京都怪人奇譚 芳川見浪 @minamikazetokitakaze

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