第16話 魔鎧者~後編~

 魔鎧者討伐にあたって九重弘樹から貸与されたものが二つある。一つは銃火器等の武器弾薬とクイゾウ用にチューンアップした追加装甲、そして弘樹が自身の会社で秘密裏に造った新開発の試作型強化スーツ。


 強化スーツの能力は単純に防御の向上と身体能力を上げるというもの。身体能力が上がっているゆえ重い鉄の鎧であるにも関わらず通常以上に体を動かせるのだ。


 祭が詳しい仕組みを弘樹に聞いたところ、コピーした能力を対象に移す能力を持つ怪人に、身体強化能力を持つ怪人から能力をコピーして鎧に付与させるというものだ。

 怪人様々だ。というか怪人ありきで造るのってアリなのか? 


 二つ目は弘樹の持つ発言力と財力。

 これで祭は警察を動かして京都御苑から退避させた。

 現在警察は御苑を封鎖して民間人の立ち入りを禁止している。


 ――――――――――――――――――――


「初撃は失敗ね」


 祭がモニターを見て呟く。

 クイゾウが空に向けて発射したロケット弾は弧を描きながら大型八龍に向かっていた。だがある距離まで近付いた頃大型八龍は大太刀を地面に突き刺して弓を構えた。


 矢を継いで放つ。ヒュンッという音を立て矢はロケット弾に命中。貫通せずロケット弾に衝撃を与えて空中で爆発させた。

 爆風で梅の花が吹き飛ばされ細い枝がへし折れる。遅れて余波で桃の花が散る。


 先程の幻想が再現されるが、今度は殺伐としていた。


「データ解析完了、警官隊からの情報通りあれは半径100メートル圏内の生物及び敵意に反応するようです」


「ロケット弾を敵意と見抜くとは、鎧のくせに生意気だわ」


 美優が今の攻守を即座に解析した。結果が薄々分かっていたため解析作業はほんの数秒で終わった。


(流石兄さん、優秀なのを連れてくるわ)


「祭さん、大型八龍が動きました」


 大型八龍がゆっくりと歩き始めた。行き先は当然皇宮警察署、ロケット弾の軌跡から判断したのだろうか。


「クイゾウ、鳥山、聞こえているわね」


「ういっす」


「はい」


 手にした通信機からクイゾウと鳥山の返事が聞こえた。


「降りて迎え撃ちなさい。なるべく広いところで戦うように。鳥山は相手の背後と横から接近戦を仕掛けて、決して正面からいかないように。クイゾウはアサルトライフルで牽制しながら鳥山を援護、ジグザグ走行と円形移動を心掛けて」


「ういっす!」


「かしこまりました」


「多少の被害は仕方ないから思いっきりぶっ壊しなさい」


「さっきと言ってる事が違うっす!」


「気のせいよ!」


 クイゾウと鳥山が飛び降りる。

 クイゾウは砂利を踏み締めて大通りに出る。視界に大型八龍を収めてから両手に一丁ずつ構えたアサルトライフルを乱射した。 銃弾は鎧に弾かれて四方八方へと飛び散る。


 大型八龍がクイゾウに視線を寄越した。そして大太刀を肩に担ぎ真っ直ぐクイゾウの元へと走り寄る。

 クイゾウは身を翻して後退する。その際アサルトライフルを腰に差して、代わりにショットガンを両手で持った。一定の距離を保ちながらショットガンを撃つ。


 散弾が鎧に命中する。残念ながら傷を付けることはできなかったが、衝撃で一瞬動きを止めることは出来た。


「なるほど、ショットガンは牽制程度には効くわけね。クイゾウ! アサルトライフルとRPGは捨ててショットガンだけにしなさい。それ以外の銃火器は通用しないとみていいわ」


「ういっす」


 クイゾウが走りながらショットガン以外の武器を捨てる。ズザッという音を立てて砂利道に落ちる。

 途端クイゾウは体が軽くなったのを感じた。


「では次は私が行きましょう」


 林の中から黒い影が飛び出して大型八龍の背後をとった。それまで様子見をしていた鳥山が前に出たのだ。走りながら両手のガントレットからナイフを取り出して構える。


 大型八龍は標的をクイゾウから鳥山に移して振り返る。振り返りざまに肩に担いだ大太刀を鳥山から見て左上から袈裟斬りをする。

 鳥山は左前にローリングして避ける。鳥山のコンマ1上を大太刀がはしって地面に振り下ろされる。大型八龍の斜め後ろをとった鳥山はナイフを逆手に持って鎧の隙間を狙って差し込もうとする。


 だが鳥山がその動作をとる寸前大型八龍は振り下ろした大太刀を切り返して腰を強引に捻って横に薙いだ。下向きのまま迫る大太刀を避けるため鳥山は上に跳んで刃を躱し、そして宙空で炎を纏って怪鳥に変化して空に舞い上がった。


 大型八龍は大太刀を振りながら、空いた左手で脇に差した小太刀を引き抜いて空中で無防備な鳥山を切りつけようとしていた。 鳥山はそれを避けるために怪鳥に変化して空に飛び上がったのだ。現在は10メートル上空で滞空して大型八龍を観察している。


「あの鎧接近戦も滅茶苦茶強いわね」


「あれもマナの力ですね、二メートルもある大きい大太刀を片手で振り回すなんて鎧の中にいる普通の人間の筋力では不可能です」


 一連の流れをモニタリングしていた祭と美優が考察をぶつけ合う。

 美優はモニタリングしながら大型八龍の行動パターン等や強度の観測を同時進行で進めていた。


「剣というより、腕の延長と見た方がいいわね。大太刀の柄のところ、刀身近くと先端部分についてる紐で手首と肘を固定しているわ」


「あれは手抜緒ですね、ああやって腕を固定して刀が滑らないようにしているんです」


「詳しいわね」


「最近刀剣を題材にしたオンラインゲームにハマってまして」


 祭達が話している間、モニターの向こうでは大型八龍が大太刀の手抜緖から腕を外して強弓を構えて宙空を飛ぶ鳥山を狙撃し始めていた。

 クイゾウがショットガンで妨害するも大型八龍はそれを意に介さず矢を放ち続ける。

 鳥山はそれらの矢を旋回しつつ上昇して躱す。


「クイゾウは一旦本部まで戻って装備の変更、鳥山は引き続き大型八龍の注意をひいて」


「ういっす」


「かしこまりました」


 大型八龍が矢を放った直後を狙ってクイゾウは林に駆け込んだ。

 林を駆け抜けて皇宮警察署まで辿り着く。クイゾウは皇宮警察署の入口前に置かれたコンテナを開けて中に入る。幅五メートル、奥行き十メートルの簡易ガレージだ。中に武器弾薬、クイゾウ用の追加装甲が入っている。


「お嬢! 着いたっす。何を装備するっすか?」


「そうねぇ、こちらがあの鎧より優れてるところは……数と機動力と……それと不死性かしら」


「不死性?」


 美優がよくわからないという顔をして祭を見た。視線を横に向けてもなお手はキーボードを叩き続けている。

 この人ホントスゴイ。


「そう、不死性。鳥山とクイゾウは死なないのよ。鳥山は不死鳥を元にした怪人だからどんな怪我も病気もすぐに治せるの、その気になれば指一本からでも復活できるわ。クイゾウは言わずもがな、頭のAIチップが無事なら身体を替えればいいのだから」


「それ無敵じゃないですか!」


「そうでもないわ、鳥山は能力を使う時に体内の水分を消費するの。それに不死身じゃない、どんな生き物も寿命には勝てないわ」


 マナが引き起こす現象と同じく、怪人もまた何かしらの条件を満たさなければ能力を発動出来ない。

 例えば鳥山の場合は水、洋館で出会った擬態怪人は殺した人間にだけ擬態できるというように。

 同じマナを元にしているからだろうと弘樹が言っていた。


「ねえ美優さん、魔鎧者は破壊すれば大丈夫なのよね?」


「ええ、今までも壊された魔鎧者が再び蘇るということはありませんでした」


「そう……鎧の中の人はもう死んでるのよね?」


「はい、サーモグラフィでも生命反応はありませんでした」


 祭は腕を組んで考え込む。


「よし、クイゾウ! あんたはまず装甲を外して機動力を上げて、そのままだと変形も出来ないでしょ。それでどっかの箱にキャタピラを内蔵したレッグパーツがあるからそれを装備しなさい」


「どっかの箱ってどれっすか!?」


「知らん! それとどっかの箱にマイトベルトっていう爆弾のベルトが入っているからそれも装備しなさい」


「だからどっかってどれっすか!?」


 クイゾウは装甲をその場に落として近くの箱を片っ端から開けていった。


 その間に祭は今だ空で矢を避け続けている鳥山に通信をとばした。


「あの鳥山さん、一つお願いがあるんですけど」


「なぜいきなり下手に出てくるんですかお嬢!? 非常に嫌な予感がするんですが!?」


「ハッハッハ大丈夫大丈夫。軽く一回死ぬだけだから」


 笑顔で祭がそう言った。


 ――――――――――――――――――――


 十分後

 京都御苑中央にある京都御所、そこの南側出口の建礼門より更に南にある音楽の神様(妙音弁財天みょうおんべんざいてん)を祀る白雲神社と、幕末の頃京都を守っていた松平容保まつだいらかたもりが仮宿舎として用いていた擬華洞ぎょかとう跡の間にある交差点。

 そこに大型八龍を挟んでクイゾウと鳥山が対峙していた。


「い、行くっすよ鳥山」


「お手柔らかにお願いします」


「二人共勝負は一瞬よ、終わったら何か頼み事聞いてあげるから頑張ってねぇ」


「他人事だと思ってるっすよこの人は、どうするっすか?」


「では私の新作料理の試食でも付き合ってもらいましょうか。二十品も作りました。全部自信作なのでぜひ食べて下さい」


「ゲゲエッ!」


 祭がおおよそ女の子らしくない声を上げた。

 対策本部にて祭は頭を抱えて自分の言った発言を後悔し始めた。


「祭さん、大型八龍が動きました」


「おっと」


 美優の声を受けて祭がモニターを見た時、まさに大型八龍が大太刀を肩に担いで走り始めた。

 行き先はクイゾウだった。


「よりによってクイゾウか、クイゾウ! 下がって! 鳥山は急いで大型八龍に接近戦を仕掛けて」


 二人は無言で頷いて即座に行動した。クイゾウはレッグパーツに搭載されているキャタピラの無限機動を駆使して、砂利を削りながら後ろ向きに移動する。

 移動しながらクイゾウは手に持ったショットガンで牽制をかける。

 大型八龍は散弾の威力で何度かよろけながらもクイゾウに接近する。そしてふと後ろに振り返り大太刀を縦に振り下ろした。


 大型八龍の背後から鳥山が近づいていた事に気づいたのだ。不意をつかれた鳥山は一瞬狼狽するも即座に片方のナイフで大太刀を受け流し、もう片方のナイフを大型八龍の喉元に突き立てる。 肉を突き破る嫌な感触に、黒仮面の下で眉をひそめながら喉を切り裂く。瞬間頚動脈を切られた大型八龍は噴水のように血を噴き出した。


 だが大型八龍はそれを意に介さず左手で鳥山の首を掴みあげ、右手は大太刀から手を離して腰に差した小太刀を抜く。

 クイゾウが血の噴水を浴びながらショットガンで大型八龍の背中を撃つ。大型八龍はクイゾウの事など雑兵程度にしか考えていないのか全く気にも止めないどころか、散弾を受けても尚よろめく事が無かった。


「ちっ、もしやと思ったらやっぱりショットガンでよろけたのは演技だったのね、ますます生意気な鎧。でも勝つのはあたし達よ」


 大型八龍の小太刀が鳥山の心臓に向けられ、そして突き立てられる。強化スーツの装甲はあっさりと紙のように破られ鳥山の体内に異物が刺し込まれる。


「ぐふっ……かはっ……ハァハァ、捕まえました!」


 鳥山は仮面の中で血を吐きながらそれぞれの手で大型八龍の両手首を掴む。


 驚いた大型八龍は慌てて鳥山を振りほどこうとするも、鳥山が身を翻して下半身を上に上げて右足を先程切り裂いた喉元に突き刺した。

 そのまま右足の踵で左肩を、左足の踵で右肩を押さえて完全に動きを封じる。いつの間にか大型八龍の左手は鳥山の首を離していた。


「クイゾウ! 今よ!」


「ういっす!」


 クイゾウはキャタピラを限界まで回しながら大型八龍に接敵する。走りながらショットガンを捨て腰から下げていたマイトベルトを取り出す。安心と信頼のC4爆弾を詰め込んだ特製爆弾ベルト。

 それを鳥山に抑えられ硬直している大型八龍に取り付ける。


「それじゃ鳥山、うまく生き返って下さいっす」


「水を一杯持ってきて下さいね」


 クイゾウが急いでその場を離れる。五十メートル離れたところでクイゾウは起爆スイッチを押した。

 激しい爆発と共にオレンジの光と炎が巻き上がる。


 しばらくしてクイゾウは熱風と熱気を浴びながら爆心地へゆっくり近づく。死体を確認するためだ。


「待ちなさいクイゾウ! あんたは一度皇宮警察署まで戻りなさい。大型八龍の生死はこっちで判断するわ。美優さんは消化班を呼んで」


「わかりました」


「ういっす」


 美優はテキパキとした動きで関係各所に電話を掛ける。まずは消防署、そして外に待機している警察、最後に九重弘樹へと繋がっていく。

 その間に祭はモニターを凝視して大型八龍の生死を確認する。


「ただの物相手に生死はおかしいわね」


 ふとどうでもいい事を思い付いた。


「祭さん、ここに大型八龍の篭手がありますね。動く気配もありませんし完全に破壊したとみてよいのではないでしょうか」


「そうね……ちょっと待って! ここ! 何か動いた!」


 祭が血相を変えてモニターの一部を指さす。そこは炎の中だった。


 美優と二人でそこを注視していると、炎の中から何かが飛び出した。

 身構える二人、だが飛び出してきたものは祭の見慣れたものだった。それは燃えるような赤い羽毛を持つ怪鳥。


「鳥山! 美優さん後お願いしていいかしら?」


「はい、後は私に任せて行ってあげてください」


「ありがとっ!」


 鳥に変化した鳥山厚その人。すぐ様祭はクイゾウに迎えに行かせた。祭は対策本部を出て自販機からありったけのミネラルウォーターを買う。

 クイゾウと鳥山が皇宮警察署に辿り着いた。祭は両手一杯にミネラルウォーターを抱えて二人を出迎えに行った。


「お疲れ様、はいこれ水」


「ありがとうございます」


 鳥山は両の翼でペットボトルを受け取り、器用にキャップを取って中身を飲み始めた。


「何であんた人型にならないのよ」


「さっきの爆発で強化スーツが砕け散ってしまって今全裸なんですよ」


「あっ、じゃあいいわ」


 祭は鳥山が取りやすいようにペットボトルの蓋を開けて床に置いていく。


「大型八龍は完全に活動を停止したとみていいわ」


「それは良かったっす」


「はい」


「疲れたし、後は兄さんに任せてあたし達は帰るわよ」


 こうして京都御苑における魔鎧者事件は終結した。

 これ以降、九重祭はその兄九重弘樹の勅命の元数々の怪奇事件を解決していく事になる。

 これは後に怪奇探偵と呼ばれる彼女が解決した最初の事件である。


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