魔鎧者

第15話 魔鎧者~前編~


 京都市上京区

 同志社大学の南側に位置する公園、通称京都御苑。東西約七百メートル、南北約千三百メートル。総面積九十二ヘクタールに及ぶ京都屈指の巨大公園である。


 そしてこの京都御苑の目玉といえば皇室関連施設のであろう。京都民の大半は京都御苑も京都御所も一括りにして御所と呼ぶ。


 その御苑の西部、桃林と呼ばれる小さな林に不自然に佇む鎧兜があった。全身に龍を型どった紋章を八つ付け、大きさは二メートル弱、背中には二メートル半の強弓。そして右手には自身の身長とほぼ同じ長さの大太刀が握り締められていた。


「あれが、魔鎧者っすか」


「弘樹様の言う通りでしたね」


 桃林のすぐ南。皇宮警察本部の屋上にて魔鎧物と呼ばれる鎧兜を観察する影が二つ。

 一つは戦闘用の装甲を身に纏ったバイク型怪人クイゾウ。灰色の追加装甲は一見すると拘束具のようにも見える。

 背中にはショットガンとRPG、両手にそれぞれアサルトライフルを持つ。


 二つ目は強化スーツと呼ばれる戦闘服を着用した鳥型怪人鳥山厚。グレネードですらものともしない頑丈な黒いアーマーを全身に纏い、頭部はフルフェイスヘルメットで覆う。腰には50口径のマグナム弾を発射させる20センチメートル弱の回転式拳銃M500。両手に嵌めたガントレットにはそれぞれコンバットナイフが仕込まれている。


「二人共、準備はいい?」


 クイゾウと鳥山の頭部に付けた通信機から祭の声が聞こえる。

 祭は二人がいる皇宮警察本部に設置された「魔鎧者対策本部」から指示を出す事になっている。

 戦闘能力の無い祭が前に出ても足でまといにしかならないからだ。


「こちらの準備は出来てます」


「緊張でオイルが漏れそうな事以外は大丈夫っす」


「大丈夫みたいね、相手は警官隊を何人も斬り殺した正真正銘の化物よ、理性なんてないわ。外に逃げられて一般人に被害が出ないようにここで破壊するわよ!」


「ういっす!」


「かしこまりました」


「あっそれと、許可は出てるとはいえ曲がりなりにもここは天皇の家でもあるんだから、あんまり壊さないでね」


「う、ういっす」


「善処します」


 時刻は逢魔ヶ刻、空が赤く染まった時間帯の事だった。


 ――――――――――――――――――――


 昨日

 大阪府高槻市。JR高槻駅すぐ北にあるオフィスビル最上階。


「待っていたぞ我が妹よ」


「あいっ変わらずエラそうね」


 社長室と書かれた部屋にノック無しで入った祭をまっていたのは、九重家長男の九重弘樹(32)。祭とは腹違いの兄妹である。


 かつて名も無き弱小の中小企業をその類まれなる手腕でもって一大大企業にまでのし上げてグループ入りを果たした記録を持ち、現在では複数の会社を受け持ちグループに多大な貢献を果たしており、次期九重グループ総帥と呼ばれている。


「ふん、俺のこの性格は元からだ。治らん。お前こそ相変わらずの馬鹿面ではないか」


「ふん、兄さんこそ汚い豚面じゃない。少しは痩せたらどう?」


 お互いに容姿を貶し合う。

 二人は同じ父親の遺伝子を持ちながら似ているところは無い。少なくとも祭が今まで生きてきた中では、二人が兄妹だと知って驚かなかった者はいない。


 弘樹はお腹を揺らしてデスクから立ち上がる。大きさは祭より少し大きい。

 見た目は完全に手足の生えたダルマか手足の生えた雪だるまだ。


「まあとにかくそこのソファに座れ」


 弘樹はそう言って入り口から最も遠い二人がけのソファに座った。

 因みに弘樹が座っているのは俗に言う上座と呼ばれる位置であり、通常は来客用または自分より位の高い者が座る席である。

 わかりやすく言うと偉い人の席だ。

 そして当然ながら祭はそんなルール知らない。


「慣れない電車でちょっと疲れたわ、お茶を貰えるかしら?」


「そこの扉の向こうが給湯室だ」


「自分で淹れろと!?」


「それと左の棚は来客用の高級茶葉が入ってるから使うな。右の棚のティーパックを使え」


「ケチ臭いなおい!」


「じゃあ俺の分も頼む」


「人使いの荒い兄貴だ」


 祭は渋々弘樹の言葉に従って給湯室に入った。

 そしてお湯を沸騰させながらカップを暖める。その間に祭は右の棚を……開けずに左の棚を開けて一番高そうな茶葉を選んで取り出した。

 全て使う気である。


 数分後

 祭と弘樹の前にモクモクと湯気を立ち上らせる湯呑みが置かれている。

 祭が一人がけのソファに座るのを確認してから、弘樹はゆっくり湯呑みを掴んで一口啜った。途端弘樹の顔が険しくなった。


「貴様、よりによって一番高いのを使ったな!」


 どうやら祭の見立ては間違ってなかったようだ。普段から鳥山にお茶の淹れ方を教わっているおかげだろうか。

 鳥山はお茶だけは美味しく淹れられる。お茶だけは。


「一口でわかるなんてすごいわね。じゃあ洋館について話して頂戴」


「この女っ」


 弘樹は一瞬苦々しい顔をした後、直ぐに真剣な顔に戻し湯呑みを置いた。そしてソファの背に深く沈み込んでお腹のとこで指を組んだ。


「いいだろう、お前が知りたい事を全て話してやろう。だがその後今度は俺の用件を聞いてもらう」


「いいわよ別に、内容にもよるけど兄さんなら無茶振りはしないから受けてもいいわ」


「いい覚悟だ。ではまずお前は旧約聖書の出エジプト記を知っているか?」


「は? いきなり聖書? 言っとくけどあたし宗教は興味ないわよ」


 祭のその様子を見て弘樹は溜息をついた。

 そもそも祭は出エジプト記という単語すら知らない。


「出エジプト記というのは、エジプトで奴隷状態だった古代イスラエル人がモーセに連れられてエジプトを脱出し、荒野を40年間旅して約束の地にたどり着くまでの記録だ」


「モーセ知ってる! あれでしょ? 気合いで海割った人!」


 聞く人が聞けば怒られそうな発言である。

 弘樹はそれを無視して話を続ける。


「その古代イスラエル人が飢えずに四十年間旅を続ける事が出来たのだが」


「気合いの力ね!」


「お前少し黙れ」


 余計な茶々を入れる祭を制す。


「飢えなかった理由だが、それはマナの力による」


「……」


 祭は何か言いたげだ。弘樹は額に指を当ててから「喋っていいぞ」と告げた。


「マナっていうとゲームとかでは魔力の源だよね?」


「まああながち間違ってはいないな。正確には神が天から降らせた食物の事だ、あまり詳しく書かれてはいないが、色は白く味は甘いらしい」


「それで四十年も生きたの? すごいわねえ。ていうか兄さんって神様信じてるの?」


「ああ信じてるぞ、宇宙も地球も人間も勝手にできたのではなく、神様が創ったと考える方がロマンがあっていいじゃないか」


 この男に信仰心というものは無いようだ。

 まあロマン云々というところには祭も共感した。ちょっとは神様を信じてもいいかもしれない。


「話が脱線したな、そのマナについてだが。結論から言おうそのマナが数ある怪奇現象の原因であり、また怪人を生み出すきっかけとなったものだ」


「マジで!?」


「マナというものは目に見えないだけでどこにでもある。お前のスライムのような脳ミソでもわかるような例えを用いるならば、龍脈や霊脈といったものだ」


「おおっ! それスッゴイわかりやすい! 和風ファンタジーでお世話になるやつで例えるとしっくりくる。ペルソナの説明をスタンドで例えるぐらいわかりやすい!」


「よくわからん」


 祭は弘樹のマナについての説明を受けた。ようは不可思議な現象が起きる時に消費されるエネルギーだ。

 法則性は無く、いつどのようにマナが消費されるのかはわかっていない。

 ただ一つの例外を除いて。


「それが怪人だ。怪人が能力を使う時マナが消費される。現状彼等だけがマナを使いこなしている」


「段々ファンタジーめいてきたわね、ていうかそんな話あいつらから聞いたことないんだけど」


「ほとんどの怪人が自覚せず使っているからな」


「ふ〜ん、話戻すけどそのマナがあたしを過去にとばしたという認識でいいのかしら?」


「それは少し違う。正確には過去を再現した空間に役割を与えられて飛ばされただ。今回はパーティ参加者という役割だ」


 箇条書きにしてまとめると、赤坂の地に宿るマナが過去の事件を復元した洋館を作り上げた。

 あくまで違う空間に飛ばされただけで過去に飛ばされた訳ではない。続く説明によると、その空間に違和感無く溶け込めるよう自動的に役割が与えられるらしい。


「俺はそのタイプの現象を『劇場型』と呼んでいる。そして携帯が繋がったのはただ運が良かっただけだ。マナが起こす事象の中身は全くのランダムだ。過去には視力を奪われて劇場型に飛ばされた奴もいる。さて洋館についてはこれで全部だ、何か質問はあるか?」


「特に無いわね、マナがとってもえげつないものというのはわかったわ」


「そうか、なら次は怪人についてだな」


 怪人とは無色の組織が作り上げた生体兵器、世間に認知されるようになったのは太平洋戦争末期から色彩戦争終結時。怪人そのものは第一次世界大戦の時に既に存在していたらしい。

 というのが世間一般の常識だ。


「マナというのは生態系にも作用する。簡単に言うと体を作り変えるのだ。日本では妖怪と呼ばれ、ヨーロッパでは魔物と呼ばれる存在がそれだ。そしてそれは人間にも作用する」


 ある日突然マナによって作り変えられた人間は不思議な力を得る。俗に言う超能力や霊体化である。

 そして怪人とはそれら作り変えられた人間の一部(四肢や臓器)を普通の人間に移植した結果生まれた存在である。

 作り変えられた人間の体は当然普通の人間には毒であり、移植した時に起きる拒否反応によって体の細胞が急速に変化、更に移植した部位からの強烈なアプローチも相まって人外に変貌する。 これが怪人の誕生秘話だ。


「つまり変な事したら変なのが生まれたわけね」


「ふむ、お前のその適当にざっくりまとめるところは嫌いではない」


 一通り説明を終えた弘樹は「さて」と言いながらソファを立ち、デスクの引き出しから封筒を一つ取り出して放り投げた。

 封筒は祭の手前に着地し、投げられた勢いのままテーブルを滑って床に落ちた。


 祭は「だっさ」と言って封筒を拾い上げた。


「何これ? 鎧?」


 祭が封筒から数枚の紙を取り出すと、写真がクリップで止められているのが見えた。

 その写真には日本鎧が大きな刀を肩に担いで走っている姿が映されていた。時間は夜、暗くて判別しづらいが鎧の先には警官隊らしき姿が見える。


「頭に懐中電灯を鉢巻で括りつけてたら八〇村の三十二人虐殺シーンみたいね」


「〇墓村は鎧ではないぞ」


「わかってるわよ。で、こいつがどうしたの?」


「これもまたマナが生み出した現象だ。過去の記憶を元に道具を作り出す。それを手にした者は道具に思考を乗っ取られ、道具に組み込まれた命令式を強制的に実行させられる。最初に確認された道具が鎧だった事から俺はこれを『魔鎧者まがいもの』と呼んでいる」


「まがいもの? 何て書くの?」


「魔の鎧を纏いし者と書く」


「ふ〜ん」


 祭は資料に目を通す。

 発現した魔鎧者は源平合戦の英雄、源偽朝みなもとのたねともが着用した二メートル弱の大型八龍おおがたはちりょう。強弓、大太刀。


 着用者は同志社大学に通う学生、京都御苑を友人達と歩いている最中に魔鎧者に遭遇。面白がって鎧を着用した結果思考を乗っ取られる。その後様子を見ていた友人達を大太刀で切り殺し、付近の通行人を弓で射殺した。


「なるほど、で警官隊導入したけど返り討ちにあったと」


「そうだ、幸いな事にこいつは御苑から出てこない。恐らくそれが条件だ」


「条件?」


「マナが起こす現象には必ず何かしらのルールがある。洋館の時なら携帯が使える。参加者として登録されるとかだな」


「おおっ、なるほなるほ」


「今御苑を封鎖している。祭、俺がお前に頼みたいのは一つ、こいつを倒せ」


「ハッハッハ! ご冗談をお兄様」


 笑って誤魔化す祭、だが弘樹は顔色を崩さずただ黙していた。


「……マジで?」


 ――――――――――――――――――――


 現在 皇宮警察署臨時魔鎧者対策本部という仰仰しい名前にも関わらず、手書きで一メートルの紙に書いたものをドアに貼り付けただけの部屋。


 その部屋の中央で、祭がやさぐれていた。


「いやね、もうね、警官隊すらやっつけちゃうのをね、ただの女子高生が倒せとかね、無茶振りにもね、程があるわあああ!」


 対策本部に祭の絶叫がこだました。瞬間同室にいたオペレーターの女性が「ひゃっ! 」という短い悲鳴を上げた。


 彼女の名前は速水美優はやみみゆ、弘樹が遣わしたバックアップ用の人員だ。髪を短く切り揃え、黒いビジネススーツをビシッと着こなす彼女はまさにキャリアウーマンと呼ぶにふさわしい。


 だが実際はノンキャリアらしい。


「あっ、ごめんなさい速水さん」


「いえ構いません。祭さんのお怒りはごもっともだと思いますし」


「あんた……ええ人や」


 対策本部にいる人員は二人、九重祭と速水美優の二人。機材は御苑に設置されているカメラと空中に飛ばしたドローンからの映像を映すモニターが七台。あと通信機。


 鳥山とクイゾウは戦闘態勢を整えて屋上に待機している。


「ふざけてると思いませんか? 速水さん、終わったら一緒に兄さんに文句を……いや殴り殺しに行きましょう!」


「あ、あはは。弘樹さんにも考えがあっての事ですから」


「何よ考えって」


 祭はジトッとした目で美優を見た。

 対する美優はモニターを眺めながら顔に苦笑いを浮かべた。


「弘樹さんは、マナが起こす怪奇現象に危機感を覚えて近々特殊災害チームを創るつもりでいます。祭さんにもそのチームに参加してほしいそうなんです。今回の一件も祭さんに経験を積んでもらおうという考えだそうで」


「はあ? 何よそれ、言っとくけどあたし探偵になるつもりだから」


 美優は腕を組んでツンとそっぽを向く祭を見てフフッと微笑んだ。

 その仕草は気品があり不覚にも同性の祭をドキリとさせた。


「そうなんですか、でも何だかんだ言って弘樹さんの頼みに応えていますよね」


「兄さんは嫌な人間だけど、決して人に出来ない事は頼まないわ。兄さんがアタシに出来ると言ったなら、それは確固たる根拠があっての事よ」


「信頼しているんですね」


「ふんっ、アレでも一応アタシの兄さんだしね」


 腕を組んだまま祭はモニターに視線を落とす。

 モニターは今、御苑の西側にある桃林をあらゆる角度から映している。桃林とはその名の通り桃の木が並ぶ小さな林である。


 南側には梅の林があり、両方共開花の時期を迎え鮮やかな花園を演出している。


 桃林の南側、根本あたりで二つに別れた桃の木にて、不自然に佇む黒い影が一つあった。

 弘樹が言っていた全身に八匹の龍を型どった意匠が施された大型八龍だ。

 背中には二メートル半程もある強弓、手には自身と同じ長さの大太刀、立て物(一般にクワガタと呼ばれる兜に付ける角のような飾り)は四本の角だった。


 風が吹いて花弁が舞う。桃の花弁に混じり梅の花弁が大型八龍を包む。それはとても幻想的で妖しく、美しい光景だった。


 美優も祭も、屋上で待機している鳥山とクイゾウもその光景に見とれていた。

 風が止み、花が地に落ちる。

 一度の静寂、最後の花弁が地面に落ちた時祭が呟いた。


「クイゾウ……撃ちなさい」


 RPGが発射された。

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