第14話 一日の終わりの出来事

〜鳥山厚の場合〜


 九重怪奇探偵事務所

 鳥山厚は事務所のソファで一人遅めの朝食を摂っていた。

 メニューは白米に豆腐の味噌汁、鯖の煮付けにホウレン草のおひたし。付け合せにたくあんとらっきょ。鯖の煮付けに至っては食べやすいように骨が抜き取られている。


「お嬢、腕を上げましたね」


 何を隠そうこれらの料理は全て九重祭が作ったものだ。

 半年前までは味噌汁もまともに作れなかったのに、最近ではメキメキと料理の腕が上達してきた。


「ですが当番を無視してまで作らなくても」


 今週の料理当番は鳥山である。だが最近祭は当番を無視してご飯を作っている。以前鳥山が自分で作ると言ったところ


「あんたは絶対料理しないで! 作っても自分で処理して頂戴!」


 と言われてしまった。

 ショックである。確かに今やこの事務所で一番の料理上手は祭だ。だがそれでもこの言い方はないだろう。


「決めました。今日は一日を料理にあててお嬢の舌を唸らせる一品を作り上げてみせましょう!」


 ソファから立ち上がり力強く宣言する。

 鳥山は知らなかった。そもそも祭が料理の腕を磨いた理由が……鳥山の料理から逃れるためやむなく身につけた。つまり自衛のためであるという事を。


「よし、お嬢に食べさせる料理はクイゾウの入学祝いも兼ねてちらし寿司にしましょう」


 メニューが決まった。


――――――――――――――――――――


 お昼前


「さて、レシピに書かれた材料はこれで全部」


 サイトでチラシ寿司のレシピを眺めながら集めた食材。後はレシピの手順通りにやればいい。そうすれば九重の舌を唸らせる事が出来る。だが鳥山はそう思わなかった。


「先程お嬢から届いたメールによると何やら友達を連れてくるそうな。そうなると若い人向けにもう少し刺激の強いものを作った方がいいですね」


 鳥山厚は食材を冷蔵庫に入れ、コートを羽織る。


「ではまず何を買いましょうか。とりあえずハバネロパウダー六十キロにしましょう」


 無論、六十キロ全て投入する気である。


――――――――――――――――――――


九重探偵事務所 午後四時


「鳥山厚特製、季節のハバネロちらし寿司! 作ってみました」


「作っちゃったかあ!」


 学校から帰って来た祭を待っていたのは鳥山が制作した激薬であった。

 事務所のテーブルには半径30センチメートルの木製の桶、蓋を開けるとそこからはあら不思議、お酢の匂いを打ち消して立ち上る刺激臭と真っ赤な酢飯。


「お前これ何入れた!?」


「ハバネロパウダー60キログラム」


「それもうマジもんの激薬だよ!」


 これからは鳥山を台所に入れるのを禁止した方がいいかもしれない。いや禁止しよう。今まで何度こいつの料理という名の激薬に煮え湯を飲まされたことか。

 と考えているところ、ふいにガチャっとドアが開かれた。


「ういっすー。友達連れてきたっすよー」


「お、お邪魔します。宗盛っていいます! よろしくお願いします」


 間の悪い事にクイゾウが友達連れて帰ってきた。

 宗盛と名乗ったオールバックの少年は少々緊張した面持ちでいる。


「早いわね、これから準備するとこだから適当に時間潰してて」


「ういっす。じゃあ宗盛、自分の部屋に案内するっす」


「ああクイゾウ、悪いけど先にこれ処理してきてくれないかしら?」


「お嬢、流石に少しヒドイですよ」


 祭はそう言ってクイゾウに激薬の入った桶を手渡した。

 クイゾウが蓋を開けるとそこからは以下略。


「ひょっとして、つくっちゃったっすか?」


「うん」


「こ、これ九重さんがつくったんですか? でしたら是非食べさせて下さい! どんな料理でも食べ切って見せます!」


「いやあたしが作ったんじゃないわよ。あと食べるのはやめなさい、死ぬわよ」


 祭の忠告も聞かず、宗盛はテーブルの上に置いていた割り箸を手に取って桶の中身をひと救いした。 刺激臭が祭の鼻を突き刺す。


「では頂きますぶべらっしゃばぁぁぁぁっ!!」


「人の話は聞きなさ、ってすごい奇声だな!」


 激薬を口にした宗盛はボクシングでアッパーカットをくらい顎を打ち抜かれた選手のように飛び上がり、床に背中から着地した。


 一発KO。


「鳥山、一応聞くけど。ハバネロ以外に何をいれた?」


「刺激が欲しい若者向けに……火薬を10キログラム程」


「うおおおい!」


「大丈夫ですお嬢、食用の火薬ですから」


「意味がわからない。ていうかどこで買ったのよ」


「イズ〇ヤで買いました」


「マジかよ」


――――――――――――――――――


 一時間後

 気絶した宗盛はソファに寝かせてクイゾウに看病させた。例の激薬はゴミ袋に桶ごと突っ込んでダストボックスに放り込んだ。 今度燃えるゴミにだそう。

 一通り食事の準備が済んだ頃、呼び鈴がジリリリリと鳴った。


「鳥山、ちょっと出てくれない?」


「はいかしこまりました」


 すき焼きの割下を濃いめに調整する祭に代わり、鳥山が往来にでる。


「はい、どちら様でしょうか?」


「ひゃっ! あああのあの私祭ちゃんの、いや祭さん、九重さんの友達の間宮彩愛とい、いいいいます!」


「姉ちゃん落ち着けよ」


「彩愛様とその御兄弟様ですね、お待ちしておりましたこちらへどうぞ」


 この声は彩愛だ。やけにテンパってる。ひょっとして知らない大人と話すのは苦手なのだろうか。


「お邪魔しまああす! おおっ! いい匂い」


「あっ! こらっ」


 そうこうしているうちに小学校高学年くらいの女の子がドアを開けて入ってきた。

 セミロングの髪にほのかにふっくらした胸、なるほどこの子が彩愛の妹か。よく見ると顔立ちも似ている。


「いらっしゃい、味見してみる?」


「いいんですの!?」


 祭は少女に割下を注いだ小皿を手渡した。

 少女はそれを両手で受け取り、ふうふうと冷ましてからゆっくり啜った。


「おおっ! これは、結構なお手前で」


「ありがと」


「もう、佳奈ったら。ごめんね祭ちゃん、騒がしくして」


「いいわよ、でこの子が彩愛の妹?」


「うん、ほら自己紹介して」


 遅れて入ってきた彩愛に背中を押されて少女が一歩前に移動する。


「私がお姉ちゃんの妹の佳奈です。よろしくお願いしますのですよ」


「九重祭よ、んであっちの子は弟かしら」


 祭はドア付近で腕を組んで立っている少年に目線を送った。少年は少々不貞腐れている。


 こちらも目元あたりが彩愛によく似ている。身長は祭よりも高く体付きもしっかりしている。何かスポーツでもしているのだろうか。


「間宮幸太郎」


 ボソッとそれだけ言った。

 おうこれは何とも生意気そうな。


「こらっ幸太郎! ちゃんと挨拶しなさい!」


「ちっ、うっせえよ」


「もう! ごめんね祭ちゃん。幸太郎はその、ちょっと照れてるだけだから」


「照れてねえし!」


 幸太郎はムキになって否定した。ちょっと可愛い。


「大丈夫よ彩愛、わかってる。あの子はきっとあたしの美貌にメロメロなのよ!」


「はあ?」


 幸太郎は眉を潜め、腹の奥底から声を絞り出した。マジもんの嫌がりようだ。

 祭は心が折れそうになった。


「あっ、その祭ちゃん。あの男の人はお兄さん?」


「ん? 鳥山は兄じゃないわよ。立場的には使用人、あたしにとっては家族同然だけど」


「そっか、鳥山さんっていうんだ」


 彩愛は頬を上気させ、指を胸の前でモジモジと組んだ。

 そして赤くなった顔でこう言った。


「鳥山さんって、格好いいよね」


「はあ?」


 今度は祭がマジもんの顔をした。


――――――――――――――――――


 翌朝

 昨日のすき焼きパーティは盛況のうちに終わった。

 目を覚ました宗盛が祭と彩愛と佳奈を見て「ここが俺の……エデンや」等と口走った挙句再び気絶しそうになったり、

 彩愛がサラダを作るのを手伝ってくれたり(キャベツをとんでもスピードかつ均等に切り刻んで千切りにするという芸当をやってのけてくれた)


 乾杯の音頭をとっている隙にクイゾウが肉をとるという奇襲を行い、そのまま乱戦が始まったりしたりとなんとも賑やかな食事だった。


「じゃあ鳥山、クイゾウ。弘樹兄さんのとこ行ってくる」


 トントンと靴を地面に叩いて足を完全に中に入れる。


「ういっす」


「行ってらっしやいませ、帰るのは何時ぐらいになりますか?」


 早朝にも関わらず鳥山は既にいつものスーツを着用していた。


「ちょっとわかんないわね。兄さんには赤坂の洋館について根掘り葉掘り聞かなきゃいけないし、結構遅くなるかも。ご飯は外で食べるからあんた達もそうしなさい」


「はい」


「じゃあ行ってきます。クイゾウ京都駅までお願い」


「ういっす」


 と言ってクイゾウは玄関口でバイク形態に変形した。


「いやここで変形すんなよ、まだ寝惚けてんの?」


「ういっす?」

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