第13話 バイクの一日
〜クイゾウの場合〜
九重祭の所属している一年二組から四つ隣の一年六組の教室、ここに新一年生となったバイク怪人のクイゾウがいた。
「なあなあお前怪人だよな? どんな力が使えるんだ? あっ俺、
と怒涛の勢いで捲し立てたのはクイゾウの前の席に座っている少年だった。身長はやや低めで、茶色い髪をオールバックにしている。
「ういっす、自分はクイゾウっす。バイク怪人やってるっす。能力はバイクに変形するぐらいっす」
「すっげえバイクに変形するってかっけえなあ」
クイゾウの能力は大した事は無い。オートバイになれるというだけなのだ。怪人の中では底辺に位置する力だ。
と説明してみると、失望するどころか更に目を輝かせた。
「いやそういう最弱の力が工夫して強くなって、ゆくゆくは最強を倒すんだって!」
キラキラとした笑顔でそう答える宗盛を見て、何かお嬢と気が合いそうだとクイゾウは思った。
「にしてもやっぱり京都は怪人多いよなあ、右見ても左見ても怪人がいるんだもんよ。このクラスも四割は怪人じゃん?」
「自分はよくわかんないっすけど、京都以外は怪人少ないんすか?」
「いや京都以外も結構怪人いるけど、ここ程じゃねえなあ。人間8に対して怪人2ぐらいじゃねえかな。まあ俺は人間特区から来たから余計そう思うのかもしれないけど」
「宗盛は人間特区から来たんすか」
人間特区とはその名の通り人間のみが立ち入りを許される地区であり日本だけでも220ヶ所存在している。怪人に対して差別意識の強い人達が集まっていて、そこにいる子供は「怪人は人類の敵」と教えこまれている。
人間特区の話を聞くとお嬢はよく不機嫌になる。洋館から帰ってきてからは特にその傾向が強い。
「やっぱ実際に会って話して見ねえとわかんねえもんだよなあ。俺は怪人と友達になるために、日本で一番怪人の多い京都に来たんだ。よろしくな!」
「ういっす! よろしくっす!」
宗盛がクイゾウに右手を差し出す。
クイゾウはその手を握り返した。
「お前手え冷てえな」
「ロボっすから」
――――――――――――――――――――
一時間後
「えぇ〜それではこれで学科説明を終わります。この後皆さんは採寸と教科書の受け取りに行って貰う事になります。採寸は技術棟一階被服室、教科書は本校舎一階の空き教室で、詳しい場所は近くの先生に聞いて下さい」
教壇で話すのは担任の井上益男(57)担当教科は技術。主にマシニングやEDM、それと研磨を教えるそうだ。
一通り話し終えた井上は壁時計を見た。
「ふむ、まだ時間がありますね、私は職員室に行きます。皆さんはベルが鳴るまで教室で大人しくしていて下さい。ベルが鳴ったら各自採寸と教科書の受け取りに行って下さい」
それだけ言って井上は出ていった。
さてどうしよう。クイゾウは担任がいなくなった教室で何をするかを悩んだ。ベルが鳴るまで後十分。
地味に暇だ。とりあえず宗盛と話していようか。
「皆聞いてくれ!」
突然一人の男子生徒が立ち上がった。
当然教室はしんと静まり、全員がその生徒を注視する。
男子生徒の際立った外見的特徴は特に無い。髪は短くストレート、中肉中背で良くも悪くもどこにでもいそうな普通の人だ。
「さっきも自己紹介したが俺の名前は
突然何を言い出すかと思えば、なるほど学級委員か。入学初日にそんな発言をする行動力は尊敬に値する。
それに学級委員という面倒くさそうな事をやらずにすむならその方がいい、というクラスの意識の統一の基惜しみない拍手が永目に注がれた。
「ありがとう、それでは早速このクラスの問題点をあげたい」
おおっとこれは学級委員に指名するの早まったか、もしかしたら永目はかなり面倒くさいキャラかもしれない。
他の生徒も失敗したっていう顔をしている。
「このクラスの問題点、それは……女子がいない事だ!」
その時クラスに電撃が走った。
そう、そうなのだこのクラスには女子がいない。理由は至極簡単。
「おい待てよ! ふざけんなよお前!」
また一人男子生徒が立ち上がる。こちらはタラコ唇で老け顔が特徴の生徒だ。
「君は確か田所君だったな」
「そうだ。田所仁志だ! いきなり女子はいないだと!? いるだろ女子! むしろ女子だらけじゃないか!」
何を言っているのだこいつは、夢でも見てるのだろうか、ていうか精神病院に行った方がいいのでは。
「俺はずっと夢に描いてきたんだ。クラスの女子と楽しくおしゃべりして、一緒にお弁当を食べて、一緒に下校して。そんな何でも無い日々を送る事をずっと夢見てたんだ。なのに、なのに女子がいないとかゆうなよ! 女子はいるんだよ! ずっとそこにいるんだよ!」
その瞬間クイゾウの胸を熱い何かが通り過ぎた。
「もういい田所! もういいんだ」
永目は田所に近づき、そっと両肩に手を置いた。
見ると永目は目から涙を流していた。いや永目だけではない、クラス全員が涙を流していたのだ。
かくいうクイゾウもまた目から冷却水を垂れ流していた。
「まさか自分みたいな機械が涙を流すなんて、おかしいっすよね」
「馬鹿野郎、全然おかしくねえよ。魂が共鳴して震えたんだ、そこに機械も生物も関係ねえよ」
そう答えたのは宗盛だった。彼もまた涙を流していた。クイゾウはただ静かに頷く。
「田所、俺達はただ運が悪いだけだ。そう俺達機械科クラスの女子からの人気が低いのが悪いだけなんだ!」
京都私立洛錬工業高等学校には五つの学科がある。
進学を目指す普通科、化学と生物学を学ぶ化学科、電気や情報工学を学ぶ電気電子科、日本の伝統を学ぶ伝統産業科、そして整備や機械部品の制作を学ぶ機械科。
機械科クラスは六組と七組、他の学科に比べて機械科は女子の人気が圧倒的に低い。現に機械科女子は五人しかおらず、全員七組にいる。
「永目、俺はどうしたらいいんだ」
「それなんだがな、クラスに女子がいないのはもうどうしようもない。だから外に女子の友達を作ろう! 皆で!」
ハッとした。そうだクラスにいないなら外に作ればいいんだ。何でそんな簡単な事に気づかなかったんだろう。
「入学式の時に見た限りだと化学科や伝統産業科は女子が多い。半分以上が女子だ!」
「なん……だと……」
田所の目が見開かれた。そしてみるみるうちにその顔が憎悪に歪んでいく。そしてその憎悪はクラス全体に伝播した。
「憎い、化学科と伝統産業科の男子が! 殺してやりたいぐらいに!」
「いやもう殺そう! 永目! 俺達はいつだって戦う準備はできてる!」
「そうだ! ぶっ殺せ!」
「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」
一年六組は入学初日とは思えない程の一体感と狂気に包まれた。
おそらく世界のどこを探しても、初対面同士の人間がここまで結束を高める姿を見る事はできないだろう。
「皆、落ち着くんだ。そんな事をしたら俺達はただの暴徒だ。俺達は他のどの男子よりも誠実かつ紳士であるべきだ。少しずつでいい、少しずつ女子の好感度を上げていくんだ。そうすればゆくゆくは一年六組というだけでモテるだろう」
そう言った永目の目は決意に溢れていた。本気なのだ彼は、自分だけではなくクラス全員をモテる男に変えようとしている。 それは裏を返せばそれを実行するクラス全員を信じている事の現れだ。
永目の言葉に反対する者はいなかった。
皆口々に「やろう」「大丈夫できる」「俺達が世界を変えるんだ」と叫んでいた。
「皆ありがとう、俺達はここに誓約をたてよう! 一つ! 女子には等しく紳士である事を! 二つ! 俺達は一蓮托生である! 三つ! 肉親以外の女子と同棲しない! 以上だ!」
「俺は誓うぜ!」
「俺もだ!」
「誓います!」
満場一致だ。こうして一年六組のモテモテ大作戦(永目命名)が発動した。
――――――――――――――――――――
一時間後
カンッカンッと木槌で教卓を叩く音が暗い部屋に響き渡る。 ここは一年六組の教室、カーテンを締切り照明を落としたせいで非常に薄暗い。晴れで無かったらホントに暗黒空間になっていたかもしれない。
「これより異端審問会を始める。被告人前へ」
「ほらこっちだ」
三角頭巾を被って顔を隠した男が白いロボットを教卓の前へと突き出した。
教卓には怒りの目を付けた謎の三角頭巾を付けるこれまた謎の男が立っていた。
「被告人クイゾウ、貴様は我々の鉄の掟の一つ女子と同棲してはならないを破った。よって貴様に罰を下す。わかったか?」
「いやわかんないっす。てかなんすかこれ? 何で皆三角頭巾つけてるんすか?」
「三角頭巾をハンカチと一緒に持ち歩くのは常識だろう」
そんな常識をクイゾウは聞いたことがなかった。
さて何故こうなったのか、それはクイゾウが九重と食堂で別れた直後まで戻る。
――――――――――――――――――――
〜数十分前〜
「な、なあクイゾウ。さっき話してたメッチャ可愛い子誰だよ? 知り合いか?」
食堂からでて間も無く、宗盛に話し掛けられた。
一瞬クイゾウは誰の事を言っているのかわからなかったが少し考えてそれが九重祭を表していたことに気付いた。
顔立ちが整っていてスタイルもいい九重は、確かによく見てよく考えたら美少女だ。
「ああお嬢のことっすか、名前は九重祭、自分の……同居人っすね」
本当は雇用主と従業員という関係なのだが、それを言うと九重は不機嫌になる。だからといって家族や仲間と答えるのはなんだか木っ端ずかしいので同居人と答えた。
「ど、同居っ!? ち、血の繋がりは?」
「ないっすよ」
クイゾウがそう答えると宗盛は目を見開き後ずさる。そしておもむろにスマホを取り出した。
「残念だよ、お前とはいい友達になれそうだったのに」
「うん?」
「一年六組全員に告ぐ、裏切り者が現れた。対象はクイゾウ、場所は食堂。至急包囲網を形成しクイゾウを捕らえよ! なお生死は問わない」
「ファッ!?」
そして僅か二分という驚異の速度で包囲網を形成されたクイゾウは、なす術もなく御用となった。
――――――――――――――――――――
〜現在〜
一年六組教室
「さて細かい概要はすっとばして判決に入ります」
「待って下さい、判決を下すのは彼の言い分を聞いてからでもいいでしょう」
判決に入ろうとした怒りの目を付けた三角頭巾(以下怒りの三角頭巾と略す)を制するものがいた。
何と自分を弁護してくれるものがいたとは、涙ものである。
「ふむ、では検察官の言う通りにしましょう」
「待って下さい! その必要はありません。即刻彼を死刑にするべきです!」
「弁護人は静粛に!」
この状況色々おかしい。何故弁護人が弁護せず、検察官が被告人に弁解する機会を与えるのか。そもそもこの異端審問会自体異常だ。
「それではクイゾウよ、こちらの質問に答えなさい」
「ういっす」
クイゾウは諦めた。素直に従って穏便に逃げよう。
「一つ目、あなたが九重祭と呼ばれる美少女と同棲しているのは事実ですか?」
「事実っす」
「「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」」
教室全体から大ブーイングの嵐が吹き荒れる。
いやホントに何でこんなに息ピッタリなんすかこの人ら。
「二つ目、あなたは九重祭とうらやまけしからんハプニングに遭遇したことがありますか? お風呂でばったりなど」
「あるっすよ、そもそもお嬢はお風呂上がりにバスタオル一枚で家うろついたりたまに全裸で移動するっすからね」
「「「「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」」」」」
三角頭巾に隠れてわからないが、彼等の目が血走っている気がする。心無しかブーイングの語気も強くなってる。
「三つ目、あなたは九重祭と……その、せ、性行為をした事がありますか?」
「無いっすよ、そもそも自分生殖機能ついてないっすもん」
「「「「「えっ!?」」」」」
「確認急げ!」
怒りの三角頭巾の一声で側にいた三角頭巾がクイゾウの股間に手を当てた。直後彼の手がわなわなと震え、そして絞り出すようにこう言った。
「裁判長、彼は……この男には、チ〇コがついていませんっ!」
「「「「「な、なんだってええええ!!」」」」」
「必要無いってんで外されたんすよ。だから性行為どころか性欲すら無いっすよ。恋愛感情は……経験無いんでわかんないっす」
教室が動揺に包まれる。生殖機能が無いことがそんなに驚く事なのだろうか。
今まで何度かエロ本やAVを観てきたが、女性の裸体を美しいと思いはすれど欲情する事は無かった。
クイゾウはエロを美的感覚でしか見れなかった。
「これは由々しき事態だ。彼に生殖機能が無いということはこの裁判自体意味をなさなくなる」
いや元から無かったと思う。
その時教室のドアがコンコンと叩かれた。間を置いてガラガラと開けられる。
ドアから話題の九重が顔を覗かせた。
「失礼しまあす。クイゾウいる? って何これ!? サバト!? 何でサバト開かれてんの!?」
「あっお嬢どうしたっすか?」
「お前こそどうした!?」
今更だが、クイゾウは縛られている。亀甲縛りで全身を縛られ両手両足を後ろでひとまとめにくくられ、体は海老反りで天井から吊るされていた。
「よくわかんないっすけど、何か縛られたっす」
「あんたよく平然としてられるわね。とりあえず今日彩愛っていう新しい友達連れてくるから、あんたも友達出来たら連れてきなさい。一緒にご飯作ってあげるから。まあその様子じゃ無理そうだけど」
と言って九重は教室から出て行った。その顔は関わりたくないという顔をしていた。
あっお嬢に助けてもらえば良かった。
「クイゾウを降ろしてやれ」
それまで黙っていた怒りの三角頭巾がそう命じる。クイゾウは降ろされ体の自由がきくようになった。
そして怒りの三角頭巾はおもむろに頭巾を外した。中からは永目の顔が現れた。
「クイゾウ、俺達親友だよな?」
いきなり何を言うんだこの男は。
「クイゾウ、今日お前の家に招待してくれ」
「「「「「こいつ抜け駆けする気だあああああ」」」」」
「てめえ鉄の掟はどうした!」
「黙れ! 女子と仲良くなる機会を逃してなるものか! 貴様らを踏み台にして俺は先に行く!」
「ちくしょうだったら俺がいく!」
「いや俺だ! 俺だよな? クイゾウ!」
付き合ってられない。
こうして今度は一年六組の教室で壮絶なバトルロワイヤルが繰り広げられる事になった。
「あっ、じゃあ自分まだ教科書受け取ってないから取りに行くっす」
クイゾウは教室を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます