閑話休題

第12話 とある一日の出来事

 〜九重祭の場合〜


 春、四月頭。細かい日付の違いはあれど、どこの学校でも入学式が行われる時期。 

 五重の塔で有名な東寺から西へ一・二キロにある京都市立きょうとしりつ洛錬らくれん工業高等学校こうぎょうこうとうがっこうでもまた、例に漏れず入学式が行われた。


 入学式が終わって十数分後、生徒達は各々の教室に戻りHRが始まるのを待っていた。

 二年生や三年生の教室からはガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえるのに対して一年生の教室は静かなものだった。

 緊張してるのかほとんどの生徒が椅子に座って背筋をピンと伸ばしながら視線をあっちこっちに泳がせている。

 会話をしているのは知り合い通しだろうか。


(まあ、初日は大人しくしてるわよね)


 祭はそれらに大して気も止めず持ってきた本のページを捲る。 九重祭は今日高校一年生になった……二度目の。


 ――――――――――――――――――――


 一年二組化学科の教室


 HRを告げるベルが学校全体に響き渡ると同時、ガラッと引き戸を開けて白衣の男性が教室に入ってきた。


「パラパラパラパラー、はい皆席につきなさ〜い」


 謎の擬音を口にしながら男はクルクルと回りながら教壇に立つ。

 その一連の謎の行動に生徒達は驚愕で目を見開いて硬直し、祭は頭を抱えて机に突っ伏した。


「はい大昔の寺子屋みたいな乱交場みたいになってなくて先生一安心です。皆さんこの教室でエッチな事をするのはやめましょう。もし見つかったら先生の責任になってしまいますので、ヤるなら地下の美術倉庫か実験棟の裏でシましょうね。あそこなら人があまり来ませんので絶好のヤりポイントですよ。ああでも先約がいたらそっとその場を離れましょう、それが社会のマナー」


 この男の発言に一体何人の人間がついてこれるだろうか。いきなり奇怪な行動をもって現れ、不順異性交遊を推奨する発言をしたのだ。ドン引きである。

 現に祭の隣に座る女子はこの男を汚物を見るような目で見ている。


「おおっと、自己紹介がまだでしたね。ミーはこのクラスの担任の九重武たけしでっす! 担当教科は化学! よろしく! 因みにそこで突っ伏してる女の子の兄です」


 教室にいる全員の目が一斉に祭を見る。


 やめて! 見ないで!


「あらぁ〜いい感じに注目を集めていますね、じゃあ愛しの我が妹よ、君から自己紹介しちゃいなYO!」


 誰のせいで注目を集めたと思っている。

 渋々立ち上がりクラスの方を向く、祭が座っている席は窓際から二列目の一番前だ。


 とにかく、なるべく普通に手っ取り早く終わらせよう。


「ええと、九重祭です。よろしく」


 軽くお辞儀してから座る。淡白すぎるとは思うが、兄がこんなんだからなるべく普通の人に思われるようにしないといけない。 多少淡白なぐらいが丁度いい。


「もう味気ないですね。しょうがないから兄が皆と馴染めるよう色々補足してあげます。我が妹は実は留年生なんです! 留年しちゃうほど頭の残念な娘、皆憐れんであげてねシクシク」


 武はハンカチを取り出して目から流れる涙を拭き取る。


 その仕草がいちいち腹が立つ! だが事実だ、怒るとこでは無い。 

 因みに留年した理由をもっと細かく説明すると、単純に授業をサボり過ぎて出席日数が足りなくなり更に慈悲で受けた補習で赤点を取り続けた結果留年することになった。


「更に更に! 実はかなりのお兄ちゃんっ子で夜な夜な透け透けネグリジェでミーの部屋に来てああっ! ミーと激しい夜を繰り広げるんですぅ!」


 瞬間教室がざわめいた。ヒソヒソと話しているのがわかる。

 祭には会話の内容は聞こえていないが、何を言ってるのかはわかる。

 九重は自分のこのクラスにおける立場に危険を覚えた。このままではこの先の学校生活に支障をきたす。


 そう考えた祭は瞬時に決意した。

 今殺らねば。


「武兄さん、ちょっとこっち来てちょうだい」


 祭は自分の体を抱いてクネクネと踊っている武を廊下へと手招いた。


「んもう何ですか我が妹、ひょっとしてこんな朝からシちゃうんですか? 元気ですねえ、うふふ」


 武は鼻歌交じりにスキップしながら廊下へと出ていく。


「ごめん、皆ちょっとだけ待ってて」


 武が出たのを確認してから祭はクラスメイト全員に手を合わせてお願いというポーズをとった。

 そして扉が閉められた。

 しばらくして扉の向こうからくぐもった声が聞こえてきた。


「武兄さん、ちょっとおイタが過ぎるわね。留年は事実だからいいとして、その先の夜の関係はやりすぎじゃああ」


「ああああああ待って! 暴力反対!」


「問答無用!」


 ゴキッ! ボキボキボキボキッ!


「いやあああああ腕があああ足があああ! いや待って! 背骨はっ! 背骨はそっちに曲がらなっ……」


 コキッ。


 静かになった。


 そしてしばらくしてから九重祭が入ってきた。

 深く頭を下げて続ける。


「お騒がせして本当に申し訳ございません。お恥ずかしながら留年したのは事実です。ですが透け透けネグリジェで激しい夜のところは真っ赤な嘘です。そもそも私と武兄さんは一緒に暮らしておりません。ですので先程の武兄さんの発言は忘れて頂くと幸いです。では今後とも仲良くしてくださいね」


 最後にニッコリ笑ってその場を占めた。

 もとい占めざるをえなかった。その笑顔は和気あいあいとしたものでは無く、間に受けて他に話したらぶっ殺す。そういう笑顔をしていたからだ。


 当然クラスメイトは全員恐怖して首を縦に振った。

 この瞬間、クラスのヒエラルキーの頂点に九重祭が君臨した。


 ――――――――――――――――――――


 二時間後 私立洛錬工業高等学校一階 食堂。


「疲れた」


 ぐでっと糸の切れた人形のようにテーブルに倒れ込む祭。

 足元には先程受け取った教科書の束がある。あろう事か祭の代で一年生の教科書が変わってしまったのだ。


「何で武兄さんが担任なのよ、嫌がらせ以外の何ものでもないわ」


 別に重たい教科書を持ち運ぶのに疲れたわけでは無い。無論それも少しはあるが、やはり一番の理由は義理の兄である武とのやりとりだ。


「ん? お嬢じゃないっすか、なにやってんすか?」


「んあ?」


 顔を上げると白いボディのクイゾウが立っていた。この学校の男子生徒の制服は学ランなのだが、変形機構の付いてるロボットであるクイゾウは特別に制服の着用を義務づけられていなかった。


 代わりに校章を体のどこかにつけるよう言われており、クイゾウは左胸につけている。


 ここにつけるとバイクに変形するときちょうどシートの中に収まるらしい。


「クイゾウか、ん〜ちょっと疲れたから休憩。あんたは?」


「自分はこれから教科書取りに行くとこなんすけど、教室わかんなくて、お嬢どこかわかるっすか?」


「教室なら向こうよ、地下に続く階段のすぐそばにあるからそれを目印にしなさい」


「ういっす」


「そうだ、あんた今日何か食べたい物ある? 入学祝いにあたしが好きなもの作ってあげる」


「まじっすか!? じゃあ自分チーズケーキ食べたいっす!」


「デザートか、まあいいわチーズケーキね、作っておくわ」


「ういっす。じゃあこれで失礼するっす」


「ほ〜い」


 クイゾウと別れた後、祭は腕を組んでチーズケーキのレシピを頭に思い浮かべた。

 作るのは簡単だ、材料混ぜて型とって焼くだけ。焼く時間除いたら三十分もかからない。


「砂糖と小麦粉はまだ家にあったわよね、卵は……ちょっと足りないか。生クリームとクリームチーズは買うとしてあとは、レモン汁か……たまにはグレープフルーツにしてみようかしら」


「それチーズケーキ?」


「うびゃあっ!?」


 突然声をかけられたせいで思わず変な声だしてしまった。

 声を掛けたのは小柄な女子生徒、教科書の束を抱えているから一年生だろう。


 そして目を引くはその豊かすぎる胸。


(何でオッパイが教科書に乗っかってるのよ!)


「あっ、ごめんなさい。九重さんの姿を見かけたから、その……つい」


「ああいいわよ別に、ていうか何であたしの名前知ってるの?」


「私達、同じクラスだから」


「あっ……ごめん」


 バツが悪そうに目を逸らす祭。そういえばこんな娘いた気がする。

 そんな九重の思いとは裏腹に、女子生徒は教科書をテーブルに置いて九重の向かいに座った。

 教科書を置く際に案の定オッパイがたゆんと揺れたのを九重は見逃さなかった。


「いいよお互い様だから。私、間宮彩愛まみやあやめ。彩愛って呼んでくれると嬉しいな」


「あたしは九重祭、祭って呼んで」


「うん! ところで今口にしてたのってチーズケーキの材料だよね? 私もよく弟達に作ってあげるんだ」


「へぇ〜兄弟いるんだ」


「うん、一番上の子はもう中学生なのに甘えん坊で困っちゃう」


「いいじゃない可愛くて、あたしなんか武兄さんを筆頭に変態揃いだから羨ましいわ」


「あ、あぁ。あれは強烈だったね」


 HRの時を思い出した二人は途端に遠い目をして疲れた表情を表した。思い出しただけでも疲れるのだ九重武という男は。


「そういえば、彩愛はどこに住んでるの?」


「花園駅のすぐ近くだよ、妙心寺南門を降りたところ」


「あら結構近いじゃない、あたしは嵐電龍安寺駅と等持院駅の間よ」


「ホントに近いね、歩いて三十分くらいかな」


「そうねえ、あっ何だったら今日家くる?」


「えっ? いいよいいよ、弟達にご飯つくらなきゃいけないし」


 両親はいないのだろうか。だがそれは聞かない方がいいかもしれない。とその時祭の頭が閃いた。


「なら弟達も連れてきなさいよ。十人でも二十人でもどんとこいよ!」


「ええと……ちょっと聞いてみるね」


 彩愛はスマホを取り出してどこぞへとメッセージを送った。まあ十中八九弟達だろう。


 待つ事三分、早速返信がきた。


 文面を読む彩愛の顔が徐々にひきつってきた。「ええと、その……ごちそうでるなら行くって」


「彩愛の弟いい度胸してるわね、気に入ったわ! その期待に応えて今日はすき焼きよ!」


「ええっと……『やったあ、結婚して!』だって」


「ショタコンじゃないからパス」

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