第11話 エピローグ

 九重祭が過去の洋館から帰還して一日が経った。結局現代に戻っても歴史が変わる事は無かった。何一つ変わっていなかったのだ。


 あれは夢なのではと思いもした。だがハンガーに掛けられた新山のジャケットを見るとあれが本当にあった事だと認識せざるを得ない。

 返しそびれてしまったジャケットをどうするか悩みどころである。


 さてその日の夕方、陽が沈み始めてはいるもののまだ空が青い時間帯の事。

 祭は事務所の机に頬杖をついて何事かを考えていた。朝からずっと体勢を変えたりウロウロしたりして「う~ん」と唸っていた。 考えているのは当然ながら洋館についてだ。


 九重には腑に落ちない点がいくつかある。改めて思い返すと納得がいかない。

 何か思い違いをしているのかもしれない。例えば前提条件とか。


「あっ! わかった! ……あぅでも証拠が無い上に今更過ぎるかぁ」


 祭は両手を伸ばして机に突っ伏した。机の上でバンザイしてる感じだ。そんな祭の様子を見ていた鳥山がついに何事かを尋ねる。


「お嬢、一体何がわかったのですか?」


「うん、どうやらあたしは思い違いをしていたみたい。犯人は一人じゃない、もう一人共犯者がいたのよ」


「ん?」


 ソファでツーリング雑誌を読んでいたクイゾウが顔を上げた。 昨夜廃墟を探索していたせいか所々擦り傷や欠けが目立っている。結局子供は廃墟にも山にもいなかった。


 衣笠赤坂町より西側、山一つ超えたところにある原谷に住む友達の家に泊まっていたのだ。

 行方をくらました理由は家出、塾に通うのを嫌がった子供が親に抗議したら頭ごなしに怒鳴られたからだそうだ。

 迷惑な話である。


「お嬢、あれだけ謎は全て解けた感出したのに実は違うとかマジっすか?」


「うんまあなんか含みを感じるけど気にしないでおくわ」


 思えばクイゾウにもいっぱい助けられ……いや助けられて無い! こいつ今回あんま何もしてないや。

 まっ、口にはしないけどね。あたし出来る女だから。


「ちょっと気になる点があってね」


「気になる点ですか」


「うん、まずどうやって橋に爆弾を仕掛けたのか。どこで手に入れたのかはどうでもいいわ、その気になればドライアイスでも破壊できるし」


「当日は人の出入りが激しいですし、やはり前日の夜にこっそり仕掛けたのでは? 雨も降っていて視界も悪かったでしょうし」


「そうね仕掛けたのは前日の夜、でも波島が仕掛けたわけではないわ、波島広は前日の夜来間邸にいた筈よ。本物の来間美那が死んだのが前日の夕方、そこからずっと来間美那の姿で来間夫妻と共にいたのよ。いくら放任主義の親といえども夜遅くまで娘が帰らなかったら何事かと疑うわ」


「ああだから共犯者がいるって言ったんすね、共犯者が爆弾を仕掛けたということで」


「ええそうよ、珍しく頭まわるじゃないクイゾウ」


「ういっす」


「では共犯者は一体誰なのでしょうか?」


「証拠は無いしただの勘だけど、多分執事長の新山だと思う」


 鳥山とクイゾウは少し驚いた後、気難しい顔で考え込んだ。 おそらくその発想はなかったのだろう。


「新山ってあれっすよね? お嬢を助けてくれた」


「確かに執事長という立場なら爆弾を仕掛けるのも容易でしょうが」


 二人は新山が共犯者だという事にあまりしっくりきていないようだった。


「あたしが新山を怪しいと思うのは何故生きてるのかが疑問だからよ。だって執事長よ、各部屋のマスターキーだって持ってるのよ。あたしが犯人ならまず真っ先に新山を殺した後成りすましてなるべく全員を部屋に閉じこもらせるわ」


 九重の説明を聞いた二人は揃って「あ〜」と言った。

 だが鳥山はすぐに頭に疑問符を浮かべて、九重に聞き返した。


「では波島と新山の二人でそうやって犯行に及べばよかったのでは? 何故新山は全員を集めたのでしょうか?」


「いえ新山と波島はちゃんと一緒に犯行に及んだわ、閉じこもった二人を殺す時にね。マスターキーで鍵を開けて外側からチェーンを外し、又は波島が隙間をくぐり抜けられる程小さな子供に擬態して中に侵入、対象を殺害後中に入る時と逆の手順で外に出る。包丁を残したのは来間美那が犯人と思わせるため」


 そこでまた鳥山とクイゾウの頭に疑問符が浮かんだ。


「何故ですか? 犯人だと思われ無い方が都合がいいのでは?」


「計画の変更があったのよ、当初はバラバラにして一人ずつ殺していく筈だったのに思いのほか全員が固まって行動するようになったの。加島あたりが提案したのかもしれないわね、そして彼等は新しい殺害計画を経てることにした。もしかしたらあらかじめ代替案を用意していたのかもしれない」


 祭はここで鳥山にお茶を煎れるよう頼んだ。鳥山は「すぐに」と答え急須に茶葉を入れてお湯を注いだ。


 その一連の動作を眺めながら祭は思考を整理する。

 クイゾウはチラシの裏にさっき祭が言った事を箇条書きに書き下ろしている。わからない事は書き留めるのが彼の癖だ。


 そうこうしているうちに湯呑みが祭の前に差し出された。

 祭はそれを一息で飲む。少しぬるいのがたまらなくウマー。


「さて続きだけど。彼等は一つ計画を経てる、それは生き残った人の誰かに探偵役をやらせて波島を捕まえさせるってゆうものよ」


「ちょっ! それはいくらなんでもおかしいっすよ!」


 ズイっと身を乗り出したクイゾウを祭は手で制するジェスチャーをしてから「最後まで聞きなさい」と言った。


「その探偵役に選ばれたのがあたし、毒殺後最初の電話してる時に新山があたしを呼びに来たのはそのためよ。あの時新山は来間美那と行動していたわ、もし新山が共犯者じゃないならその時来間美那に殺されてる筈よ、また最初の計画のままならあたしを呼ばずそのまま殺していた。両方共違うのは新山は共犯者で計画が変更になってあたしが必要になったから、あたしがいなかったら加島か新山自身がやればいい」


「な、何かお嬢がお嬢じゃないっす」


「学校の勉強もこれぐらい真面目に考えてくれれば」


「お前ら喧嘩売ってんのか」


 九重は二杯目を鳥山にいれてもらい再び一息で飲み干す。


「そして波島がわざと疑われる様な行動をとり、あたしに犯人だと論破される。欲情した振りをして、もしくはホントに欲情してあたしに襲いかかり御用となる。ひょっとしたらあたしを強姦してから殺した後、新山に自分を捕まえさせて皆の前で自供するストーリーだったのかも」


 鳥山とクイゾウは押し黙った。九重の言った事を反芻しているのだろうか。クイゾウは変わらずチラシの裏に書き留めている。


「さてめでたく犯人は捕まった。これで安心ヤッター。じゃあこの後どうする?」


「どうする? っていわれても自分にはわからんす」


「部屋に戻る……でしょうか?」


「そうよ例えば新山が各自部屋に戻って寝ましょうと言ったら? 例えば新山が寝る前によく眠れる飲み物を出したら? その飲み物に睡眠薬が入っていたら? 新山が波島の監視を自分が引き受けると言ったらどうなる?」


 鳥山とクイゾウは答えない。答えはわかりきっている。寝静まった頃を見計らって新山と波島がマスターキーを使って各部屋に侵入。一人ずつ殺害していく事になる。


「まっ証拠もないからこれはあたしの妄想だけどね。それにこの事件はかなり大きな組織が後ろについてるからあまり深入りしない方がいいわ」


「大きな組織ですか?」


「そうよ、警察に圧力を掛けて捜査を中断させた上に報道規制もしけて、更にこの事件で得をした大物」


「怪人に選挙権と人権を認める法案に賛成の政治家や権力者ですかね?」


「もっとわかりやすいとろにもいるわよ、例えば九重グループ総帥九重貞義の後釜とか」


 瞬間鳥山とクイゾウの顔が驚愕に包まれる。それは彼等もよく知っている人物だからだ。

 九重貞義の後釜、それは貞義の弟に委ねられた。名前は九重義晴ここのえよしはる、九重祭の実の祖父だ。


「まさかそんな大旦那様が」


「いや信じなくてもいいわよ、何度も言ってるように証拠の無いただの妄想なんだから」


「そう……ですね」


 鳥山はそう答えると三杯目のお茶を用意し始めた。

 うまく折り合いをつけることができたのだろうか。


「でもまだわかんない事あるっすよね、何で過去にとんだのかとか」


「それね、あたしも全然わかんない」


 その時九重のスマホにラインの通知がきた。何事かと見るとある人物からのメッセージだった。差出人の名前を見て思わず苦悶の表情を浮かべる。


「その顔、弘樹さんからっすね」


「よくわかったわね」


「お嬢がそんな顔するのは大体弘樹さん関連すからね」


 弘樹というのは九重祭の兄の事、それも九人兄弟で唯一祭と血の繋がりのある人物だ。


 九人兄弟の一番上で複数の会社を受け持つ敏腕社長、九重グループ次期総帥とまでいわれている。


 そんな兄を持って祭は、非常に辟易していた。


「だってあいつ嫌味なのよ! すんごく嫌味で嫌味の塊なのよ! そんな嫌味な兄から『話は月美から聞いた。その事で話があるからこちらが指定した日時に来い、拒否も遅刻も許さん』って上から目線のメッセージが来たのよ、そりゃ腹立つわ行くけどさ!」


「あっ結局行くんすね」


「うん、だって無視したら絶対ネチネチ言ってくるもん。それに今回の事象について何かわかるかもしれないし。でも憂鬱だわあ」


 机から離れ、ソファにダイブする。そのままふて寝しようとした九重の目の前に鳥山がお茶を差し出した。


「どうぞ」


「ありがとう」


 祭は再び一息で飲み干す。


「隠し味にハバネロの粉末を混ぜてみました」


「辛っ!!」


 ――――――――――――――――――――


 1989年4月30日 日曜日 午前二時半 九重祭が関与しない本来の時間軸の赤坂の洋館。


 赤坂町にある洋館には明かりが一つも無かった。

 霧が晴れ、月明かりが差し込むロビーに二つの人影が現れる。


「終わったな」


「ええ」


 相対するは殺人犯二人。波島と新山だ。

 この洋館には既に人という生き物は存在していない。この二人を除いて。


「計画通りでしたね」


「ああ、俺が犯人として捕まったおかげで奴ら安心して部屋に戻りやがった。そっからの殺しは楽だったぜ」


 波島がケタケタと笑う。


「ですが、女性は強姦してから殺すというのはいただけませんね。少々時間を無駄にしてしまいましたよ」


「女と見るとどうも見境がなくなっていけねえ。まっ最後なんだから楽しませろや」


 波島が二人分のグラスとワインボトルを取り出して床に胡座をかく。新山もそれに合わせて床に胡座をかいた。


「後は俺等が死ねば完了だ」


「事件の真相を知るものは確実に死に絶え無ければなりません。もしこれが発覚してあの御方の弱点になってしまっては全てがおしまいです」


「わかってるよんな事は、にしてもあんたもよくこんな計画にのっかったよな」


 新山が慣れた手付きで二つのグラスにワインを注ぐ、半分程注いだところでボトルを床に置いた。


「この洋館に集まった人達がいるかぎり人と怪人の未来は良くなりません。私はもう怪人達に彼女のような結末をむかえてほしくないのです」


「そういやあんたの婚約者は怪人なんだってな」


「はい、職場での酷い扱いに耐えかねて自殺しました。それから私は怪人に厳しいこの世界を憎みました。ですが非力な私では何も出来ずただいつも通りの生活をするしかありません。そんな時あの御方から今回の計画をもちかけられたのです」


「成程な、自分が死ぬとわかってるのに乗っかるとは新山さんよあんた相当頭イカレてるぜ」


「私にとってこれはこの世界を良くする天啓ですよ。そういうあなたは何でこの計画に?」


 波島は照れくさそうに頭を掻いた後、ポツリポツリと話し始めた。


「いや俺怪人だからガキん時から蔑まれたり石ぶつけられたりしててよ、んでヤケになってそいつら殺したらよ警察に追いかけ回されて、逃げた先でまた殺して盗んで女抱いて、また追いかけられて。そういうの繰り返してたらさ、なんか疲れたんだよ、んで終わりにしてえなあって思ってさ。でもどうせなら派手にやらかしてから死にてえなあって」


「そんな時にこの計画をもちかけられたのですね」


「ああ、まあそんな話は終わりにしてもう死のうぜ。後のことは俺等の依頼人に任せてよ」


 波島がグラスを手に取る。つられて新山もグラスを手にして口元にもっていった。 


 このグラスには毒が塗られている。パーティ開始と同時にたくさんの人を殺した毒と同じものだ。


 致死性が高く、また即効性も高い。


「ええあの御方に任せれば大丈夫です。九重家次期当主義晴様ならきっと、人と怪人のより良き未来を作っていただけるでしょう」


 そして二人は同時にグラスの中身を飲み干した。


「プハア、やっぱりいいところのワインは違うねえ。まだ少し時間あるしもう一杯どうだい?」


 波島がボトルを手に追加を促す。既に自分の分は溢れる程注いである。


「いただきます……グフゥ」


 新山が口から血痰を吐いた。歳のせいか早くも毒が回ってきたのだ。

 遅れて波島も血痰を吐く。震える手でグラスにワインを注ぐとボトルを無造作に床に投げ捨てた。


「ヒィ……ハハ、最後に……乾杯しようや」


「いいでしょう……音頭は、ブハッ……どうします?」


「あんたが……さっき言った。より良き未来にしようぜ……ハアハア」


 新山は波島の言葉に笑みを返した。既に二人の息は荒く視点も定かでは無かった。


 倒れかけの体にムチ打って無理矢理グラスを天に掲げる。

「人と!」 


 波島が掠れた声で叫ぶ。


「怪人の!」


 負けじと新山も叫ぶ。


「「より良き未来に!」」


 そして二人はグラスを傾け、そのままキンという音をたててぶつける……事も無くそのままグラスは指から零れ落ちて砕け散った。


 こうして洋館から全ての人間が死に絶えた。



 赤坂の洋館~完~

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