第10話 赤坂の洋館〜其ノ漆〜
1989年4月29日、この日京都市北区衣笠赤坂町にある洋館にて総勢48名が殺される事件が起きた。
被害者の中には参議院議員、大企業の社長や重役、資産家の令嬢等著名な人達が揃っていた。
本来なら何年も語られる大事件として扱われる筈だが、不思議なことに警察の捜査は早々に打ち切られ、報道もあまりされず、一週間もたたないうちに人々の記憶から忘れ去られていった。
「と概要はこんなところです」
「いや概要はクドイぐらい聞いたからさっさと本題入ってよ」
スマホの向こうから鳥山の「こういうのが大事なのですよ」というボヤキが聞こえた。
祭は館を見回る事はせずそのまま自分の部屋に戻ってきた。一応内側から鍵を掛ける。
ベッドに腰掛けて鳥山に電話を掛けた。スマホのバッテリーは既に危険域に入った。ここで決めたほうがよさそうだ。
「まず、先程月美様からの情報で犯人がわかりました」
「おっ、誰かな?」
「はい、犯人は……ダララララ」
「いや無駄な演出入れてんじゃねえよ、こちとらバッテリーやばいんだから手短に済ませなさいよ」
「しょうがないですね、犯人は波島広と栗間美那です」
「ああそう」
「えっ!? それだけですかっ!」
「うんまあある程度予想してたし」
「そんな、せっかく盛り上げたのに」
電話口から鳥山の落胆した声が聞こえてきた。ちょっと悪いことしたかもしんない。
お詫びに一週間トイレ掃除代わってあげよう。
数分後
「はいじゃあ改めてここからはクイゾウを交えていくわよ」
「ういっす」
通話口からバサバサと風の音が聞こえる。どうやらクイゾウはまだ外にいるようだ。祭はグループ通話機能でクイゾウと鳥山の三人で会話を始めた。これは九重怪奇探偵事務所において、何かを決定するとき等大事な話をするときは必ず三人で行うという方針に基づいての事だった。
その分バッテリーの消費は早くなるが、どうせこれで終わらせるのだ。十分持てばそれでいい。そういえば子供は見つかっただろうか、後で聞こう。
「さて月姉さんのもたらした情報によって犯人はわかったわ、だからここからは犯人がどうやって犯行を行ったかを考えるわよ」
「わかりました」
「ういっす、でもお嬢、考えるって言っても既に全部わかってるんじゃないっすか?」
「まあ一応ね、でも正直自信が無いのよ、だからここで口にして形にしていくわ、あんた達はあたしの推理に意見を言って頂戴」
「かしこまりました」
「ういっす」
推理を語るのはいいがまずどこから語るべきか、そうだ最初はとりあえず犯人、栗間美那と波島広の種類から始めよう。
「じゃあまずは、今回の事件の犯人は単独犯よ」
「いやいやいやそりゃないっしょ」
「ちょっと待って下さい。さっきも言ったように犯人は波島広と栗間美那ですよ、それはお嬢も了承したじゃないですか」
「ええそうよ、波島広と栗間美那の単独犯」
「言ってる意味がわかんないっすよ! お嬢頭おかしいんじゃないすか」
酷い言い様だ。クイゾウは帰ったら折檻だな。
「いえ待って下さい、そうかこの二人は」
どうやら鳥山が何か気付いたらしい。それがあたしと同意見であることを願う。
「えっ!? わかるんすか鳥山」
「ええ、この二人は同一人物ということですね」
「そういうことよ、共犯だとしたら腑におちないところがあるのよ、何故一緒に行動しないのか、二人一緒に行動すれば一方が他の皆の注意を引き、一方がその隙を突いて手頃そうなのを殺していけば意外と簡単にいけるのよ、それにお互いがお互いのアリバイを保障しあえる。でもそうはせず結果として波島が犯人として疑われる事態になった。そうなると逆に人は敵を倒すために結束を高めてしまう。それなら中に潜り込んで二人で協力して疑心暗鬼に陥らせたほうがバラバラになりやすくて殺しやすいわ」
「待って欲しいっす! 同一人物って相手は成人男性と幼女っすよ!」
せめて女児といえ。クイゾウの一部の単語に心の中でツッコミをいれる。
「そんなの普通の人間には無理……おっそうかわかったっす!」
「ようやく気付いたようね、そう犯人はあんた達と同じ怪人。能力は多分変身、いやカッコよく言いなおして擬態よ!」
「カッコよく言いなおす意味はあるのですか?」
「カッコよくなるという意味があるじゃない」
「成程」
納得してくれた。
「さてこうなると話は簡単よ、まず犯人……二人分言うのマンドクサイから波島で、波島はその姿で堂々と館に侵入、名簿にチェックを入れる。その後竹本を殺害。医者である彼の姿を使って死亡推定時刻とかを誤魔化して主導権を握りたかったんでしょう。でもそれはあたしが竹本の死体を発見したことで失敗した。あの時無理に竹本に変身……もとい擬態しないで部屋に閉じこもったままを装っていればあたしに怪しまれることは無かったかもね」
「そっすね、お嬢馬鹿っすもんね」
クイゾウの一言に鳥山が「ええ」と返した。
よしこいつら帰ったら締め上げて殴ってから蹴る。
「さて、次は蒲生田の事だけど、竹本を殺した波島は次にメイドを殺すの、そしてメイドにへ……擬態した波島は蒲生田の部屋に行って水差しとか口に含むものを置いていく、勿論睡眠薬を入れたやつをね、眠ったことを確認した波島は暖房の給気口に切れ込みを入れて部屋を出て鍵を掛ける。後は鍵を掛けて新山に返却して、その時に蒲生田は時間まで寝てるとか言っておくの。そうすれば誰かが部屋まで来ることは無いわ……多分」
「お嬢、そこは自信満々に言いきりましょうよ」
「うるさいわね、次よ次。竹本、メイド、蒲生田を殺した波島は一度来間夫妻と美那の姿で合流、月姉さん曰く来間夫妻はあまり子供を省みない親だったみたいね。少し娘がいなくなってもあまり気に止めないみたいよ。そして今度はコックを殺す。まずメイドに擬態した状態で厨房に入り隙を見て殺害。具体的には誰もいなくなった時を狙って後ろからブスリ、又は大型冷蔵庫にでも誘い込んで背中をブスリ、死体はそのまま台下倉庫に隠したってところね」
「おおっ成程っす」
通話口の向こうで感嘆の息が聞こえる。ふふん、流石はあたしの推理ってところね、でも一つ問題があるのよね。まあそれはとりあえずおいておこう。
「じゃあ続き行くわよ、コックに擬態した波島は作業をしながら他のコックの目を盗んで乾杯用のグラスに毒を塗る。しばらくしたら厨房を脱走、そして霧を生む怪人を拷問か何かして無理矢理霧を発生させてから殺害」
「待って下さいお嬢」
「何?」
鳥山から制止が入った。
「作業しながら毒を塗るというと波島には調理技術があるということですか?」
そうそれが問題だ。あたしの推理通りなら波島には調理技術が必要になる。素人が他のコックにバレナイ用調理しつつ毒を塗るなんて芸当できる筈もないのだから。
「多分出来る……きっと……そうだといいなあ」
「だから何でそんな自信無さげなんすか」
「自信無いからに決まってんでしょうが! 最初に言ったじゃない! 状況証拠だけで推理してるだけで物的証拠何一つ無いんだから!」
「つまり妄想っすか?」
ぐうの音も出ない。このバイク野郎絶対スクラップにしてやる。
「落ち着いて下さいお嬢、クイゾウも余計な事を言わないでください。ではお嬢続きをお願いします」
「わかったわ。霧の怪人を殺害した後はしれっとパーティに参加、来間美那の姿なのか波島なのかはわからないけどそこにいたのは確かだと思う。そこで毒殺が成功した事を確認したら今度は生き残った数名を連れて外に出る。そうね、このままここにいたら自分たちも殺されるとか言って五人くらい連れて行くのよ。んで車に乗って橋まで移動する。そして橋の上にゴミとかの障害物があって邪魔だからどかすとかして理由をつけて橋の途中で車を止める。車を降りた波島は橋から退去、他の人が来る前にあらかじめ仕掛けた爆弾をドカンと一発。橋と一緒に車を落としてハッピー」
「お嬢段々投槍になってきたっすね」
いや充電がもうマジでヤバい、無駄口叩かずにサクッと終わらせなきゃ。
「後は館に帰って新山あたりと合流、部屋に閉じこもるとか言って離れた後、来間美那に擬態して再び新山に合流、合流する時、又は新山と行動してる時に隙を見て他の閉じこもると言った人達の部屋に寄って殺害。子供の姿で油断してドアを開けたところを隙間から棒を付けてリーチを長くした包丁でブスリ。二人目でうっかり包丁を手放してしまって回収できずそこで断念。そのまま来間美那としてあたし達と行動を共にする。そしてあたしがコックの死体を見つけて竹本を呼ぶと言った時、波島は慌てて竹本に擬態して部屋に戻るが、新山が先に部屋に着いてしまった」
「そして計画が破綻したと、何と言いますか宙ぶらりんな推理ですね」
それはあたしが一番よくわかってるわよチクショー!
「せめて物的証拠がほしいですね」
「ええそうね、だから作っちゃいましょうか」
「「はい?」」
「あたしの素晴らしきプロポーションでもって犯人をメロメロにして自白させるの」
「「…………」」
通話口からこいつ頭おかしいんじゃねえの? ていう空気が伝わってくる。いや多分あたしの気のせいだ。
「お嬢の頭がイカレちまったっす!」
「ああおいたわしや」
よしこいつら帰ったら絶対締める! 縛り上げてリンチしてやる!
とその時コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「来たわね、じゃあ切るわ」
「えっお嬢!」
「待ってくださいお嬢!」
二人の制止を無視して電源を切る。正確には電源ボタンを押そうとしたところでついにバッテリーが切れて画面がおちた。
祭はスマホをポケットにねじ込み来訪者を迎えるためにドアまで移動して鍵を開けた。
――――――――――――――――――――
九重祭の部屋の外
波島広はドアに耳を当てて中の様子を探る。中から微かに音が聞こえてきた。
やはり九重祭はここにいた。自然と頬が緩む。今から俺はあの女を犯してから殺す。
来間美那に擬態した波島はその光景を思い浮かべて不敵に笑う。あの強気な女が泣き叫ぶ姿を想像するだけで興奮する。少女の姿でなければ股間部が起き上っていただろう。
祭が一階ロビーを出て間もなく波島はロビーの連中の目を盗んで祭を探しに行った。一階トイレ、二階トイレ、三階トイレにいなかったので最後に部屋に来てみたというわけだ。
満を持してドアを二回ノックする。
程なく中から「鍵空いてるから入っていいわよ」と返ってきた。この非常時に緊張感の無い女だ。
ドアを開けて中に入ると祭はベッドに腰掛けていた。準備万端だ。誘っているのか? と波島は冗談混じりに思った。
「ようこそ美那ちゃん、いや波島広さん」
驚いた。この女は波島の正体に気付いたのだ。
その後祭は自分の推理を語り始めた。これまた驚いた事にその推理はほぼ全部正解だった。違うところを挙げるなら蒲生田は自分で睡眠薬を用意して寝た事、コックは大型冷凍庫で殺してから一旦空箱で隠した後台下倉庫に移動させた事。
それ以外はおおむねあたりだ。
調理技術の有無についてはこちらから有ると伝えた。
面白い、この女は俺が犯人だとわかって一対一で相対しているのだ。その豪胆さ、気概、それらが崩れて恐怖に歪んだ顔を見ながら一物を突っ込みたい。
「すごいな君は、状況証拠だけでここまで真相に近付くなんて」
波島広の声が少女のものから青年のものに変わる。同時に外見も来間美那から波島広のものへと変わった。この姿は結構気に入っている。
俺がターゲットに選んだ波島広は小児性愛者だった。波島の姿を使うため殺す機会を伺っていたところなんと波島が来間美那を攫うところをみてしまった。そしてそのまま来間美那を森で犯し始めた。その瞬間俺はこいつとシンパシーのようなものを感じた。俺もまた小児性愛者だったからだ。まあ熟女もいけるが。
来間美那もパーティ参加者だ、俺は都合よく性行為に夢中になってる波島を背後から刺殺し、間髪入れずに来間美那も殺した。
「へえ、服も変わるんだ」
「ああ俺の変身能力は着用している物にも変化をもたらす」
変身っていったとき祭の顔が若干不機嫌になった。波島には理由はわからなかった。
「だがこの能力は自分が殺した人間にしか変身できない。だからわざわざ最初に殺していったのさ」
「成程ね、つまりあんたが犯人だって認めるんだ」
「それがどうかしたか? 死にゆくお前へのせめてもの手向けさ」
「そう、あたしも殺すのね」
祭は余裕の姿勢を崩さない。ますます滾る。
この時既に波島の思考は性欲のせいで冷静さを欠いていた。
「ああ殺す。だがそのまえに一つ楽しませてもらうがなあ!」
一足跳びで祭に肉薄しベッドに押し倒す。祭の両腕を片手で抑え、空いた手でそのままブラウスを強引に引きちぎり青いブラに包まれた胸を乱暴に揉みしだく、大きすぎず小さすぎず、ハリと弾力のある美乳、最高だ。これまで何度も女子中学生や女子高生を犯してきたがここまで形のいい美乳はなかった。揉むたびに体をよがり、声を殺しつつも漏れる「んっ」や「あっ」という音を聞くたびに波島の理性が崩壊していく。早くブラをはずして乳首に齧りつきたい、いや先にパンツをずらして指……いややっぱり速攻で息子をぶち込むか。
波島の手が祭の下腹部に伸びる。そのまま履いているスカートの中に手を入れ下着の端に手をかけて一気にずりおろそうとした時、祭がふいに口を開いた。
「ねえ、あんた……んっ……あたしを女として見てくれるのは嬉しいけど、後ろには注意した方がいいわよ」
「何?」
ふと振り返る。するとそこには二つの人影があった。加嶋と新山だった。
「なっ!?」
「くたばれ! 外道!」
加嶋の重いフックが波島の顔にヒットする。不意を突かれたため波島は受け身も取れずに化粧台にぶつかった。衝撃で鏡も割れて破片が化粧品と共に波島へと降りかかる。
更に頭を強く打ったのか意識が朦朧としてきた。落ちる寸前波島は悟った。
祭がロビーから出ていく時、新山と加島に何かを耳打ちしているところを見た。あれはおそらく来間美那が動いたら先回りしてこの部屋に来るようにという話だったのだ。
やられた、ハメるつもりが嵌められた。
――――――――――――――――――――
一階ロビー
「うえぇ、ボタン全部取れちゃった、胸も揉まれたし最悪」
気絶した波島を連れて一階ロビーに戻った祭達を待ってたのはデブとヒステリックメガネの気持ち悪いくらいの熱烈大歓迎だった。
因みに今は新山のジャケットを借りて体を隠している。
「よくやった九重の娘! やっぱり犯人は怪人だったか」
「当然よ! こんな残酷な事怪人にしかできないわ!」
いや人間も結構えぐい事平然とやるわよ。
「や、やっぱり……怪人に選挙権と人権は与えちゃダメだよ」
菱元がおどおどしながらそう言った。それを皮切りに次々と「そうだそうだ」「早速関係各所に根回しを」等と言った声が上がる。
「ちょっとあんた達それはまた話が別でしょう!」
「別な物か! この怪人のせいで何人死んだと思っている。いっそこいつもここで殺すべきだ!」
平良がお腹を揺らして叫ぶ、その後床に倒れている波島を蹴り起こして仰向けにし、そのお腹を踏みつけた。
波島の口からカエルが潰れたような声が出る。
踏みつけた後平良は一度下がった。そして代わりに加嶋が前に出る。
「自分も賛成です。このっ! クズがっ! 人間様に刃向かうからこうなる。死に絶えろ!」
加嶋は唾をまき散らして叫び倒しながら波島を蹴り始めた。それに呼応して菱元が、コックが、高橋が次々と袋叩きにしていく。参加していないのは新山だけだ。
波島は蹴られるたびに苦悶の表情を浮かべる。
その光景を見ていた祭の胸の中には違うという言葉でいっぱいになった。何が違うのかはわからない。実際多くの人を殺した波島がそういう目にあうのは仕方がない、当然だと思う。
だが何かが違う。そう思った時祭は自然と叫んでいた。
「ふっざけんなよっこのクソ馬鹿野郎共おおおお!」
それまでリンチをしていたものが手を止めて祭を見た。その顔には怯えが見えた。
「あんたらみたいな頭の固い脳筋クソゴミ人間がいるからいつまで経っても偏見が無くならないのよ! 怪人蔑視社会のままなのよ! 何で怪人を、いや他の人間を尊重しないのよ! あんたらの方がよっぽど怪人……怪物よ!」
いつしかロビーにいる人間は皆、祭を呆然とまるで時間が止まったように見ていた。周囲の人が息をのむ中、九重はその中で一人呼吸を整えた。
「頭を冷やしてくるわ」
そう言って祭はロビーから外に出た。
ロビーに静寂が訪れてもまだ時間は動かなかった。
「何やってんだあたしは」
外に出た祭は階段のとこで頭を抱えてうずくまった。
らしくないことを言った。正直感情に任せて叫んだので自分でも何を言ったのかあまり覚えていない。
「あたしはあんな青臭い事をゆうキャラじゃない! 恥ずかしい! 黒歴史よ忘れ去られよ! ていうか今気付いたけど何か周りが妙に草草しい!」
全く持っておかしい表現である。だが洋館を出た九重を待っていたのは舗装されたガレージでは無く生い茂った草や蔦だった。
「あれ? もしかして戻った?」
振り返る。そこには経年劣化で脆くなって崩れかけのドアがあった。
中に入るとそこは豪華絢爛なシャンデリアが照らす明るいロビー、では無く埃や瓦礫の積み上がった廃墟だった。
「あっこれマジで戻ったわ」
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