第9話 赤坂の洋館〜其ノ陸〜
洋館 玄関ホール
「そう、外はそんなことになってるのね」
玄関ホールに戻った祭達を待っていたのは橋を確認しに行った人たちの報告だった。
橋が落ちた事、橋の下に車が落ちていて中に人がいる事、濃霧が発生している事、濃霧を出したと思われる怪人が殺されていたこと。
「霧って、いつぐらいから出てたっけ?」
「私の記憶している限りですとパーティが始まる十分前ぐらいには発生していました」
そう答えたのは新山だった。十分前というと蒲生田の死体を発見した時だ。あの時は確かお互い窓を全開にしたからその時確認したのだろう。
私? 気付かなかったわ。
「こうなると蒲生田も殺された気がするわね」
「そういえばそちらも何か探っていたようですが、何かわかりましたかな?」
そう尋ねたのは確認組の加嶋だった。祭は加嶋達に厨房で死体を見つけた事と、ついさっきまで話していた竹本が死体で見つかった事、更にその竹本の死体が死後五時間経過している事、パーティ前に蒲生田が一酸化炭素中毒で死んでいたことを伝えた。
「どうやら犯人は用意周到に準備してパーティが始まる前に事を起こしていたようですな」
加嶋が冷静に状況を分析する。祭もそれに同意した。
「そうね、おそらくメインは乾杯の時の集団毒殺事件。それを達成するために事前に様々な細工を施していたのよ、橋を落として逃げられないようにしたということは、最終的にあたし達全員を殺す事が目的かしらね」
「かもしれませんな」
犯人の目的がわかったところで意味がない。そもそも最初から知っているし、それに謎も多い。例えば竹本、何故死んだ人間が生きていたのか。
そういえば蒲生田の状況もよくわかってなかったわ。
「ねえ、新山さん。聞きそびれてたけど何でパーティ前に蒲生田の部屋に行ったの?」
全員の視線が新山に注がれれた。その中には疑いの目もあった。
新山はそれらの視線に怯むことなくその時の状況を語り出した。
「はい、それはパーティの始まる二時間前でございます。メイドの一人が蒲生田様の部屋に水差しを持って行った時、蒲生田様からパーティが始まるまで寝るから、十分前くらいに起こして欲しいと言付けを受けたのでございます。そして十五分前、会場に蒲生田様を見かけなかったので起こしに伺ったしだいであります」
「そう、じゃあその部屋に行ったメイドは誰かしら?」
祭がそう言うと、新山含め他のメイドも困ったような顔をした。
まさか。祭の頭に嫌な予感がよぎった。
「実は、行方が分かりません」
やっぱりか、このパターンだと望み薄そうだが一応確認したほうがいいだろう。
「念のためそのメイドを探しましょう、ついでに今部屋に閉じこもっている人たちの安否も確認するわよ」
数十分後
結論から言うと駄目だった。
メイドはあっさり死体として見つかった。従業員休憩室のロッカーに押し込まれていたのだ。
死因は紐で首を絞められた事による窒息死、死亡推定時刻は一時間余裕見てパーティが始まる直前から三時間前。
そして閉じこもっている人達だが、祭が無理矢理ドアを破壊して安否を確認した。閉じこもっていた人物は六名、うち三名は生きていた。というかその三名は同じベッドで3P中だった。遭遇した時の気まずい空気といったらもう。
残り二名は残念ながら死んでいた。二人とも腹部を刺されて絶命していた。死体はドアのすぐ近くにあり、更にチェーンが掛かっていたところからドアを開けた時隙間から刺されたとみられる。
そのうち一人の腹部には包丁が刺さったままだった。包丁は柄が下向きに刺さっており、柄には木の棒が結び付けられていた。木の棒はリーチを長くして返り血を浴びないためと思われる。 そして最後の一人は行方不明だ。その名前は波島広。
――――――――――――――――――――
玄関ロビー
「そいつが犯人だ!」
平良義一が唾を飛ばしてお腹をタユンタユンと揺らしながら叫ぶ。それに呼応するようにヒステリックメガネこと高橋静枝も甲高い声で叫んだ。
「そうよ! 犯人が分かったんだからさっさと捕まえなさいよ! このウスノロ!」
ここまでくるといっそ清々しい。そういえば鳥山達は首尾よくいってるかしら、そろそろ連絡とってみようか。
そのためにはまず一人にならないとね。
「ああ、ちょっといいかしら」
「何よ!」
「何だ!? 貴様が捕まえるのか!? そうだ貴様が捕まえろ! 元はと言えば貴様の家のろくでもない当主が招いたことだ! 責任をとれ!」
こいつら殴りてえ。
「いや、その。トイレ行って来てもいいかしら」
「こんな時にトイレだと!」
「トイレ行くついでに波島を捕まえてきなさいよ!」
「えぇぇ」
無茶ぶりも甚だしい。
「二人とも落ち着いて下さい、いくらなんでも言いすぎです」
「そうです! 祭様にはなんの責任もありません!」
加嶋と新山が二人をなだめるべく間に入る。
「言い過ぎなものか! 当然の権利だ!」
加嶋さん達には悪いけどこの二人は止められないと思う。頭に血が登った人間は何言っても無駄なのだ。少し頭を冷やさせないと話すら聞いてもらえない。
「分かった。捕まえられるかは確約できないけど、グルッと屋敷をまわってくるわ」
「九重さん!?」
「祭様!?」
「二人ともありがとう。心配しなくても大丈夫よ。後、二人にちょっとお願いしたいことがあるのだけど」
祭は二人を呼び寄せて誰にも聞かれないよう囁く。祭のお願いを受けた二人はその内容に驚きの顔を見せた。
「頼むわね」
祭は二人がこの後言うであろう言葉を遮ってロビーを離れた。
――――――――――――――――――――
現代 京都府警察署 資料室
カチカチという音が薄暗い室内に響く。時折カタカタという乾いた音もする。
九重月美は資料室に備え付けられたパソコンで洋館事件の事について調べている最中だ。
残念ながらデータベースにも紙のファイルにも洋館事件については大したことが書かれていなかった。祭に話したことがほぼ全部だ。
「何で資料が全然残っていないのよ」
ショボショボしてきた目を抑えながら一度席を立つ。
コーヒーでも飲めば少しはすっきりするだろうか。そう思った月美は休憩室へと向かった。
「あっ、進藤警部」
「むっ? 九重巡査か、こんな時間まで何をしている。サービス残業は禁止しているぞ」
休憩室に着いた月美が見たのは直属の上司の進藤警部、ゲイの部長の更に上の人だ。二十五の若さで警部に昇進したエリートでありながら、チャンスが来ても一向に警視に上がろうとしない変わり者で有名。
五十を過ぎた体でありながらがっしりした体つきのせいで、実年齢より十歳若く見える。
「いえ、その……個人的な調べものをしていました。進藤警部はどうしてここに?」
妹が過去に行きましたとは言えない。
「書類整理だ。残業手続きはちゃんとやっている」
「そうなんですかではこれで」
早口で会話を終わらせてこの場を立ち去ろうとする。コーヒーを買いに来たことは既に頭から離れていた。
進藤警部は厳格かつお節介であるゆえ、月美は非常に苦手としていた。
「ふむ、ちょうど今仕事が終わって暇になったところだ、どれ調べものとやらを手伝ってやろう」
早速お節介が発動、余計なお世話だ。
「いえ、一人で大丈夫です。はい」
「何、遠慮するな。先輩の力は飛び立つ後輩の為に振るうものだ。調べものという事は資料室だな、先に行くぞ」
「いや、ちょ、待ってください」
月見の静止も聞かずにグングン先を行く進藤。月美の中に焦りが生まれる。
そして資料室に入っていく進藤、遅れて月美が中に入る。月美がパソコンの所に辿り着くと進藤が渋い顔をしてパソコンの画面を眺めているのを見つけた。
「九重巡査」
「は、はい!」
思わず両手をぴったり腰に貼り合わせて直立する月美、何か間違いをして怒られるのかと思い身を固くする。
だが進藤の言葉は月美の予想とは打って変わって淡々としたものだった。
「同じ日に起きた鴨川少女強姦殺人について調べてみろ、参考になるかわからんが多少のつながりはある」
そう言って進藤は資料室を出て行った。
拍子抜けした月美は言われた通り鴨川少女強姦殺人について調べた。
「ええと何々、1989年4月29日、鴨川三角州で少女の惨殺体が発見される。死亡推定時刻は4月28日の夕方。
容疑者は前科のある波島広、同日波島広の遺体が鴨川三条大橋にて発見される。何者かに殺害されたようだか犯人は未だみつかっていない。
被害者の少女は近所の小学校に通う女生徒で名前は来間美那、下校中に犯人に襲われたとみられる。この二名は同じ時刻に殺害された事から何らかの因果関係が――この二人の名前ってもしかして」
ふと思い立って再び洋館事件について調べる。概要では無く、パーティ出席者名簿の写真。上から順に見ていくと確かにあった。波島広と来間美那の名前が。更にこの二つの名前には出席したことをあらわすサインが入っていた。
「つまり、洋館にいるこの二人は偽物ってこと?」
意外なところで繋がりができた。とにかくこのことを鳥山に伝えよう。
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