第8話 赤坂の洋館〜其の伍〜
赤坂の洋館 厨房
「死因は背中からナイフで一突き、骨を砕きながら心臓を突き刺したところを見ると犯人は男ですね。柄まで深く刺さって栓をしているおかげで出血が少なくなってます。死亡推定時刻は詳しくはわかりませんが、今から一時間以内とみて間違いないでしょう」
作業台下の戸棚から死体を引きずり出した竹本は、簡単な検視と検案をしてから祭達にそう告げた。
「そう、わかったわ」
「では私は部屋に戻ります。こういう状況の時部屋に籠っていた方が安全ですからね」
そう言って竹本は両開きのスイングドアの左側を開けて厨房を出て行った。
推理小説などでは竹本のように一人で部屋に籠ると確実に殺されるが、実際は鍵を掛けて部屋に閉じこもる方が安全だ。だからこそ実際に殺された時、生き残った人に与える心理的圧力は大きくなるのだが。
「あの……お姉ちゃん、もういい?」
「ん? 美那ちゃんじゃない、どこ行っていたのよ」
竹本と入れ替わりに来間美那がおずおずと入ってきた。祭が少々語気を強めたためか可愛らしい顔に怯えが見える。
「ごめんなさい、おトイレ行きたくなっちゃって」
「だったら一言言ってからにしてちょうだい。こんな状況だから心配しちゃうじゃない」
「はい……ごめんなさい」
九重は美那の頭を軽く撫でてあやしてから、腰に手をあてて「よし」と言った。
「新山さん、沢島さん、美那ちゃん、ここはこのままにして次行くわよ」
「どちらに?」
それまで胸に手を当てて沈黙を貫いていた沢島がようやく口を開いた。少しは落ち着いたようだ。祭は心の中でホッと安堵した。
「竹本の部屋よ」
――――――――――――――――――――
洋館から数十メートル先の橋にて 橋の有無を確認しに来た加嶋達の顔には驚愕と諦観で満ちていた。
祭が口にした通り橋が落ちていたのだ。それだけでなく濃い霧まで発生していた。
「やはり橋が落ちていたか」
「あ、あの……あそこ、車がある」
菱元がおどおどしながら谷底を指さした。加嶋が落ちないようにゆっくり覗き込むと、菱元が言った通り橋の破片に埋もれるように赤い軽自動車があった。
上から巨大な破片がのしかかっているせいか車が半円を描いているようにも見える。
「確かにあるな、霧が濃くてよく見えないが中に人がいるみたいだ」
「助けにいきますか?」
若いコックの一人が言った。加嶋が頭の中でその人の名前を必死で思い出す。確か佐野という名前だ。
「悪いが佐野君、可哀相だがこのまま放置して死んだことにしよう。この霧の中だと逆に僕らが危ない」
「そうですね」
佐野は渋々頷いた。彼は助けたかったようだ。
それにしてもこの霧は何だ。昨日は確かに一日中雨が降った、今日は曇りと言えども湿度は低く気温もそこそこ高い。霧が発生するような気候とは思えない。天気予報でもそんなことは言って無かった。
その時一緒に来ていた警備員の二階堂が「ひょっとして」と呟いた。
「どうかしましたか? 二階堂さん」
「いえ、あの。この霧について考えていたのですが」
丁度加嶋も考えていたところだ。
「実は私の同僚に霧を発生させる怪人がおりまして、もしかしたら彼が発生させたのではないかと思いまして」
「その人はどこに?」
二階堂は首を横に振ってから「実は先ほどから姿が見えません」と言った。
「きっと、そいつが犯人……だよ、姿見えないし、それに怪人だから」
菱元が怯えながら、それでいて力強く断言した。
菱元の「怪人だから」という発言に加嶋は同意した。子供の時から怪人は悪の権化、殺人マシーン等と教え込まれてきた。そのため加嶋は怪人に選挙権と人権を与える法案に反対だった。怪人=犯罪者という思い込みが定着していたからだ。
「僕もその怪人が犯人だと思います。ですが証拠がありません。疑うのはその怪人を見つけて問い質してからにしましょう」
偏見はあれど、証拠がなければ疑えない。加嶋は中途半端な中立的な思考をしていた。
「おい! こっちに来てくれ! 人が死んでいる!」
一緒に来ていたコックの一人が藪の中から叫んだ。 加嶋達が呼ばれて見ると、そこには警備服を着た死体が転がっていた。 腕は後ろ手に縛られ、口には布が、全身には複数の刺し傷のようなものが見られる。首がパックリ切り裂かれているところから死因は首を切られたことによる失血死。周辺の木々や草むらには大量の血痕が見られた。
「二階堂さん、ひょっとして彼が」
「ええ、彼が私の同僚の……霧を生む怪人です」
――――――――――――――――――――
洋館内 竹本の部屋
「たのもー!」
祭は沢島と協力して竹本の部屋のドアを蹴破った。
ノックしても大声で呼んでも反応が無かったらもう蹴るしかないじゃん。
「誰もいないわね」
部屋には竹本どころかネズミやゴキブリすら見かけなかった。
まあこの洋館で虫なんて見たことないけど。
「おかしいですね、さっき確かに部屋に帰るとおっしゃられたのに」
祭と新山が部屋の中に入る。ベッドやバスルームにはいない。
「お姉ちゃん、ロビーに戻ろうよ」
「自分も早くロビーに戻って皆と合流したいです」
美那と沢島は早く他の人と合流して安心したいのだろう、声に恐怖がにじみでていた。
まあ死体を続け様に見せられちゃったら仕方ないわ。
「そもそも九重さんは何故竹本さんの部屋に来たのですか?」
「私にもお聞かせ下さい祭様」
沢島と新山の二人に言われてから、祭はそういえばまだその事について説明してなかったと気付いた。
「そうね、結論から言うと竹本が犯人、または犯人の一人だからよ」
その瞬間祭を除く三人に衝撃が走った。三者三様の驚きを見せる中、祭は竹本が所持していたとみられるバッグを調べながらその理由を話す。
「疑う理由は二つ、まず新山さんが呼びに行った時あっさり出て来た事、あれだけ部屋に籠るって強調していたのにこんなにあっさり出てくるのはちょっと不自然だわ。ていうかもとから部屋の外にでてたんだっけ?」
「ええ、トイレに行っていたそうです」
「ならますますおかしいわね。各部屋にトイレが備え付けられているのに」
「おトイレが壊れているんじゃないかな」
美那がそう言うと、祭はバスルームに入りそこにあるトイレのレバーを引いた。ジャーという音と共に水が便器を流れる。
「見ての通り壊れてないわ。じゃあ次、もう一つはさっきの検視。一つ不自然なところがあるのよ」
「「不自然なところ?」」
沢島と新山の声が重なった。
「実はさっき新山さんが竹本を呼んでいる時に軽く検視したのよ」
「まさか祭様は検死ができるのですか?」
「本格的なのは無理だけど簡単なものなら、医者をやってる兄がいてね結構前にその兄に検死のやり方を教わったのよ、結構楽しそうに話すのよねえ、その兄は」
というのは嘘である。実際は厨房から出た時に医者の兄に電話を掛けて有無を言わさず無理矢理教えさせたのである。断じて楽しそうでは無かった。
「さっき死体を調べていたのはそういう事だったのですか」
沢島が祭が検視していた時の状況を思い出して、ポンと手を打って納得がいったという顔をした。
「ああそれで結果だけど、血液の凝固、死斑の出方からあの死体は死んでから三時間以上経っているわ、つまりパーティが始まる前に死んでいたのよ。竹本は一時間以内、毒殺の後に殺されたと言っていたわ、素人判断なのは認めるけど、少なくとも三時間以上なのは間違いないわ」
祭のはっきりした物言いに彼らは何も言えなくなった。
続いて祭はクローゼットの中を調べるために両開きのドアをゆっくり開いた。
同時祭の体に大きな影が覆いかぶさる。
「うわっとと――ぴびゃっ」
バランスを崩して床に倒れる祭、床に打ち付けた頭をさすりながら上に圧し掛かっている物を見る。
それは人だった。茶色いジャケットに恰幅のいい体型、探していた竹本そのものだった。
「うぎゃあああ! うわっうわっビックリした! ビックリした!」
祭は慌てて竹本を引き剥がして呼吸を整える。二度三度深呼吸しても心臓はバクバクいっていた。更に三回深呼吸してようやく落ち着いた。
「ふう……死んでるのかしら」
新山が竹本の首に指を置いて脈を測ってから「死んでます」と呟いた。
「まさか、さっきまで話していたのに、私たちがここに来る短時間の間に殺されて」
「それは無いわ」
沢島の言葉を遮るように祭が言った。
祭は既に竹本のジャケットを捲って肌を見たり、押したり、腕を動かしたりしていた。
現場保存なぞ知ったこっちゃないという感じだ。
「新山さん、竹本が洋館に来たのはいつ?」
「竹本様は貞義様の主治医でもありました。検診のためにかなり早くこられてましたね、そうですね大体六時間前ぐらいです」
「そう、ならここに来て間もなく殺されたという事ね。死後硬直が始まっているわ、指はまだ硬くなく、肘や膝の関節が少し硬い。死んでから、そうね一時間余裕をもって……五時間は経っているわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます