第7話 赤坂の洋館〜其の肆〜
パーティ会場で起きた事件の被害者は総勢二十二名、その中には館の主である
全員死因は一貫して毒殺。毒は乾杯用のグラスに仕込まれ、乾杯と同時にグラスを口に付けたことが要因とされる。
生き残った祭含む十四人の参加者は運良くグラスに口をつけなかったおかげで生き延びた。
「ざっと事件のあらましはこんな感じよ」
トイレで吐いた後、生存者に状況を説明してもらってから一人部屋に戻った祭、着ていたドレスを脱ぎ捨てクローゼットに仕舞ってあった学校の制服に着替える。
驚いたことに洗濯済みで乾燥もアイロンがけもバッチリで、ノリもパリッとしている。メイドがやったのだろう、おそるべしメイド力。
「なるほど大体わかりました。とにもかくにもお嬢が無事でよかったです」
着替え終わったら早速鳥山に生存報告をした。鳥山は事件について既にある程度把握していた。
「あら、心配してくれるの?」
「当然です。お嬢に何かあったら私の責任問題になりますから」
「お前そこは嘘でもあたしを心の底から心配してるって言えよ」
「心の底から心配していますお嬢」
とても今更感が強いうえに語気にやる気が感じられなかった。
「お前後で覚えてろよ。とにかくそっちは事件について何かわかったかしら?」
「いえ、事件についての記事はとても小さく、内容も一晩で四十八人が殺されたとしか書いていませんでした。事件については月美様に聞いていただいたほうがよろしいかと」
「わかったわ、そっちは月姉さんに聞いてみる。鳥山は引き続き当時の社会情勢を調べて頂戴、具体的には怪人の政界入りと選挙権を与える法案に関して」
「かしこまりました」
「そういえばクイゾウはどうしてる?」
「クイゾウは今洋館を調べています。この怪奇現象の原因と行方不明の子供を探しているようです」
子供の事すっかり忘れていたわ、でも今は自分の事を最優先にしないと。
優先順位は一に屋敷からの脱出、二に子供の捜索、三に事件解決。
「とりあえずまた連絡するわ」
祭は鳥山との通話を終了して今度は月美に電話を掛ける。
その時ドンという鈍い音が微かに聞こえ、遅れて地面が軽く揺れるような感覚を覚えた。
だがその事を疑問に思う間もなく月美のうっとうしい声が祭の耳元に響いた事ですっぽり頭から抜け落ちてしまった。
「あああああん祭ちゃあああん! 心配したよおおお、ちゅっちゅしていい?」
「便器にならちゅっちゅしていいわよ」
「わかった後でする」
するのか。
「時間がおしいわ、本題に入りましょう、事件についてわかってる事全部教えて」
「もうつれないわね、まず事件が起きたのが1989年4月29日土曜日。天候は曇り、場所は北区衣笠赤坂町にある洋館。保有者は九重貞義52歳、同日死亡。また洋館には従業員含めて48名がいたが、一晩で全員殺される。パーティ開始と同時に約半数が毒殺されたとみられ、またパーティ前にも六名が殺されている模様」
「開始前にそんなに死んでるの!?」
その時コンコンとドアをノックする音が聞こえた。少しして「祭様、ご無事でしょうか? 一度生き残った皆様で集まることになりました」という声が聞こえた。
新山が迎えに来たのか。いいとこだったのだがやむをえない。
「月姉さんごめん切るわね。わかりました今いきまーす」
祭は大声でドアの向こうへと叫んでから、携帯をポケットに入れて戸を開けた。
そこには新山と幼い少女がいた。少女は10歳くらいで新山の紹介によると
祭が新山に連れられ玄関ロビーに来る。そこには十四名の男女が集まっていた。
「これで全員なの?」
祭が新山に聞く。
「いえ何人かは部屋に引きこもって出てきませんでした。それと警察と救急車を呼んでおきました。すぐにくるそうです」
「そう」
その後新山が祭に一人一人紹介していった。今ここにいる従業員は執事長の新山、コック兼ウエイター四名、メイド三名、警備員二名。
参加者は。
「そもそもだ、飲み物に毒が入っていたのだからコックが犯人だろ!?」
そう唾を飛ばしながら叫んだのは平良だった。一挙手一投足ごとにお腹がたゆんと揺れるのが何だかおかしくて祭はこみ上げてくる笑いをこらえた。
「そうよ犯人はあんた達よ! 全くこのあたしをこんなことに巻き込んでただじゃおかないわ! あんたもよ! 九重の娘! 大体あんたの身内が開いたパーティのせいなんだから! どう責任とるつもりよ!」
ああこっちに飛び火しちゃった。
祭をそう責め立てたのはヒステリック高橋、予想以上に高い声で驚いた。
「まあまあ落ち着いて下さい、犯人もそうですが僕はさっきの大きな音が気になりますね」
加嶋が高橋をなだめる。加嶋が言う音というのはおそらくさっき祭が電話してる時に聞いた音だろう。
残念な事に祭は音の事を今の今まですっかり忘れていた。
「あの音ですか、方角からすると橋のほうと思われますね」
新山の言葉を聞いて祭の頭に嫌な予感がはしった。
「ねえ、もしかして橋……落ちちゃったとかないわよね?」
「それは……ありえるかもしれませんね」
「なら確認してみるべきでしょうな。橋が落ちていたなら警察がこれませんし」
加嶋の提案で橋を確認することに、ただし全員では無く二手に分かれる事になった。
確認組は加嶋、菱元、コック三名、警備員一名が行くことに、他は館で待機。
――――――――――――――――――――
確認組が出てすぐの事
「さて、じゃあ確認組が出たとこで、残ったコックのあなたに聞きたい事あるんだけど」
「はい、何でしょうか」
白い作業着を着た中年の男性が祭の前に出る。確か名前は
「調理中怪しい動きをしている人はいなかった?」
「いえ、実を言いますと調理に忙殺されて部下を一人一人きちんとは見ていませんでした。ただ……先ほどから部下の一人がいなくなってるのが気になります」
確かにコック四、五名であの料理の数はしんどいだろう、全体が見れないのは仕方ない。だがいなくなった一人と言うのが気になる。
「ちょっと厨房見せてもらっていいかしら?」
「どうぞ」
祭は沢島に連れられ厨房に行く。一緒に新山と来間がついてきた。
「美那ちゃんはここで待ってていなさい」
美那ちゃんの目線に合わせてしゃがんで諭す祭、だが来間は首を横に振ってイヤイヤをあらわした。
「あの人達といたくない」
あの人達というのはおそらく平良と高橋の事だ。
うんあたしもいたくない。
「じゃあいこっか」
「うん!」
満面の笑みで答える美那を見て自然と祭の頬も緩む。だがこの娘も史実では殺されているのだ。どうにかして助けたいと祭は思った。
「着きました」
死体で溢れているホールをつっきる度胸は無かったのでホールを迂回する形で廊下を進んだ。丁度玄関ロビーの反対側が厨房になっていた。
スイングドアを開けて中に入る。食品が傷まないために掛けた冷房が肌に刺さる。
「特に怪しい物はありませんね」
新山と二人で厨房を調べる。沢島と来間は入口で待機。
大型冷蔵庫を調べるが何も無い。大型冷凍庫……何も無い。続いて食器棚や器具類を置く棚を調べる。祭が四つ目の台下の棚を開けた時だ。それが出て来た。
「覚悟はしていたけど、でてきたわ」
戸を開けるとそこには白い作業着を着た男性が青白い顔で入っていた。明らかに死んでいる。祭の体にさっきと同じ恐怖と悪寒と吐き気がこみ上げてくる。歯を食いしばってそれらを押し殺して沢島と新山を呼ぶ。
「こ、これは」
「間違いありません。いなくなった私の部下です」
祭が恐る恐る死体に触れる。顔も手も冷たかった。死体は右手を下にしてうずくまるようにして入っており下側の皮膚が暗い褐色がかっていた。
「パーティが始まるまではしっかり働いていたのに、私が忙しさにかまけて部下をよく見なかったばかりに……くっ」
沢島は悔しさと悲しみの無い交じりになった涙を流した。
「そうだ、新山さん。医者はこの館にいないのかしら?」
「一人います。先程の毒殺された人達の検死を行った後部屋に引き籠りましたが」
「もっかい検死をしてもらうからすぐに呼んで頂戴」
「かしこまりました」
新山が走ってその場を去る。沢島は未だ床に跪いて涙を流している。
祭は一人厨房の外に出てスマホを取り出してある人物に電話を掛けた。
「あれ? そういえば美那ちゃんはどこかしら」
気付くと厨房からも付近の廊下からも来間美那がいなくなっていた。探そうかどうか逡巡している間に、ガチャっと目的の人物が電話に出る音が耳に当てたスマホから響いた。
「あっ、
――――――――――――――――――
二階南東部
確か竹本の部屋はここだ。新山は切れそうな息を整えてドアをノックする。
竹本とはパーティ参加者の一人で大病院の院長をしている。事件の後彼は部屋に引きこもってしまった。
「竹本様! 竹本様! おられませんか?」
「ここにおりますよ」
ドアを激しくノックする新山の横から声が掛けられる。振り返るとそこには探していた竹本がいた。
「竹本様! 実は新たに死体が発見されまして、あなたに検死をお願いしたいのですが」
「またですか」
竹本は明らかに怪訝な顔をした。
「お願いします!」
新山は深々と頭を下げる。その圧力に押されたのか竹本が渋々承諾した。
「わかりました」
「ありがとうございます! それで竹本様は一体どちらにいらっしゃったのですか?」
「ああちょっとトイレに行ってました」
「そうでしたか」
竹本と新山は言葉もそこそこに厨房まで早足で厨房へと移動した。
――――――――――――――――――――
1989年4月29日 京都府警察署
進藤は一人鴨川で起きた少女強姦殺人事件のプロファイリングを行っていた。
少女の身元は近所に住む女子小学生だった。死亡推定時刻が夕方頃、おそらく下校中に拉致されて強姦されたのちに殺されたとみられる。
ここまで見て進藤の胸に犯人への怒りが込み上げてくる。
少女の膣内から検出された精液を科研に提出してDNA鑑定をしてもらったところ、そのDNAの男性は以前にも同じような犯行をおこなっていたことが判明。
名前は
「反吐がでるな」
現在は波島広を重要参考人として捜索している。調べによると九重グループが開催しているパーティに参加しているようだが、そちらにいる事はまだ確認できていない。
「ふう、少し頭が痛いな。仮眠とるか」
疲れを感じた進藤はそのまま机に突っ伏して寝ることにした。だがそれは残念ながら叶わぬ事になる。
部屋の扉が勢いよく開けられ警部補が中に入ってきた。
「進藤警部! 波島広が見つかりました」
「ほんとうですか!」
ガバッと身を起こして警部補に詰め寄る。さっきまでの疲れは嘘のように吹き飛んでいた。
そんな進藤とは裏腹に警部補は低いトーンで話し始めた。
「はい、鴨川三条大橋の下に引っかかっていました」
「引っかかる?」
進藤が眉をひそめる。
「心臓を一突き、即死です。」
容疑者波島広は鴨川三条大橋にて死体となって発見された。
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