最終話 インフルエンサーアキヤス

「覚えてろよ~~~」


 必ず1度は聞いた事があるはずだ。しかし誰が言っていたかは覚えていない。覚えてろと言われても覚えていない。だがそれは、そのやられ役の腕が良かったからそうなっている。


 物語には進行という物がある。進行は大きな変化を伴うが、大まかに分けて以下の段階がある。


 第一段階は導入。そこがどんな世界なのか、どんな人物が登場するのか、どんな設定なのか。出来るだけ魅力的にその物語を紹介する。

 第二段階は展開。バトルものなら戦闘だ、恋愛なら告白やらデート、新たな出会い、伏線とその回収。用意すべきは適度なストレスとカタルシス。

 第三段階は終幕。疑問点や謎を全て処理し、心地の良い(あるいは悪い)読後感を与える。ただし出来ない場合もある。


 俺が関わるのは第一段階の導入のみだ。そして第二段階、第三段階には一切関わってはいけない。最初にやられる不良が大活躍する物語を一体誰が見たがる?


 とはいえ、俺は別にそれに対して不満を持ったりもしない。別の作品に出ればすぐにバレる主人公ではないからこそ色々な作品に出れるし、この役が無くなる心配も今の所はない。


 話を戻そう。今回のテーマは「理想的なフェードアウト」だ。

 基本姿勢は後ろを向いて不恰好な走りだが、これだと表情が見えない。そこで腰が抜けてへたれ込み、ずりずりと後ずさりすると同時に顔を見せる手があるが、いかんせん遅い。主人公がかっこいい事をいじめられっ子に言っている最中に、画面内にいつまでも残ってるのはあまり良いとは言えない。

 そもそも表情を見せる必要があるのかというと、これはある。完膚なきまでに負けた事、もう2度と主人公に逆らわない事を伝えるには、いかに情けない表情を見せるかが腕の見せ所だ。半べそに、鼻水を垂らし、唇を震わせ、出来れば髪も若干乱した方がいい。俺達の負け具合は即ち主人公の勝ち具合であり、俺達の嫌われ具合は主人公の好かれ具合だ。手抜きする事は出来ない。


 よって、ベストな敗走というのはその場面によって変わる。へたれ込みずり下がりは、主人公が例えば超能力者か何かで、瞬時に移動出来る場合においては非常に有効だ。逆に全速力で逃げるのが有効なのは、負ける段階から良いロケーションを用意しておいて、ヒロインと主人公がそのまま良い雰囲気になる場合などだ。場面を切り替える必要がなくなる。

 ただ、これはあくまでも序盤の話なので、ロケーションがあまりに良すぎると後が困る。というか100万ドルの夜景をバックにいじめられっ子から金をせびる不良はちょっと違和感がある。


 そして台詞。冒頭の「覚えてろ」は負け台詞オブレジェンドだが、あまりにも使われすぎていて陳腐化もしている。かといって、「くっそ~」とか「ちくしょう!」じゃやや薄い。今回の作品では「な、何なんだその能力(ちから)は!?」が予定されているが、これだと俺まで後々能力に目覚めそうな雰囲気が若干すると指摘すると、「な、何なんだお前は!?」に台詞が変更された。


 この台詞は質問だ。なので答えが存在する。さあ大ゴマだ。主人公がびしっと決める。何者かと問われたヒーローが、こう答える訳だ。


「俺はマルフェザル・フレイム(鬼神炎陣)を使える炎を操る能力者で、正義感が凄いからお前を許せなかった。あと、もう2度とするなよ」


 長い。

 プロの目線から言わせてもらうが、全然だ、この主人公。

 まずいらない説明が多すぎる。確かに導入部分においては、主人公を紹介する必要がある。しかし自分で言っちゃ駄目だ。したとしてもシンプルに。あと技名がかっこいいかどうかはここでは明言は避けるが、それもここぞという所で言って欲しい。

 更に「もう2度とするな」というのもいらない。そこは表情で表現するので、我々を信じてもらいたい。


 最悪これなら何も答えない方がいい。ただ悪い奴を倒すだけでかっこいいのだから、こんなどうでもいい所で人気を落とすのは主人公として得策ではない。


 さて、ここからはこの業界の展望についてを少し語ろう。


 そもそも脇役も脇役である「最初にやられる不良」である俺アキヤスが、こうして主人公に駄目出ししてまで長々と講釈を垂れるのには理由がある。

 本来ならば、冒頭でそれを述べるべきなのだが、俺はあくまでも脇役のプロ。いつ言おうかいつ言おうかと考えながら、気づくと最後まで来ていた。いつも最初にやられているので不慣れなのは勘弁してもらいたい。


 これ以上の回り道は無用だ。単刀直入に言おう。


 現在、我々「最初にやられる不良」は人材不足に陥っている。理由は主に2つ。


 まず人気がない。何だかんだ言っても、誰しも主人公になりたいと思っている。でなければヒロインだ。悪の首領だ。主人公を助けて死ぬ仲間だ。いずれにしたってわざわざ最初にやられる不良になりたいと思う奴はいない。


 そして2つ目。

 これは次元の違う話なので所詮下っ端の俺にも良く分からないのだが、最近はインターネットで小説や漫画を書く人が増えている。特に「カクヨム」なるサイトでは、毎日毎日何作も何作も投稿されているらしい。それら全てとまでは言わないが、多くの作品に我々の出番がある。人手が足らない。

 忙しいのは良い。この業界に発展の余地がまだあるという事だからだ。


 つまり俺が言いたいのは、最初にやられる不良と言えども、それなりの苦労も楽しさもあるし、技術も工夫も求められるという事だ。これを読んだ方で興味が湧いた方は、是非ともうちの会社に連絡して欲しい。


 興味が湧かなかった人も、何か別の作品を読んだ時に、「ああ、この最初にやられる不良役の人、頑張ってるなあ」と少しでも思って頂ければ幸いだ。


 ではまたどこかで。ありがとう。


 終

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最初にやられる不良アキヤス 和田駄々 @dada

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