第3話 やられ役コンプライアンス
主人公達はこう考える。
「目の前の強敵に対しどう立ち向かうか?」
だが俺達はこうだ。
「いかに無様に負け、主人公を際立たせるか?」
一見真逆のように見えるかもしれないが、その最終目標は一致している。
「いかにしてこの作品を盛り上げるか?」
だ。
そもそも主人公が本来戦うべきなのは、主人公と拮抗する力を持った強大な敵である。世界の支配者、理性を失った化け物、最愛の恋人の仇、同じ力を持った奴、裏切った元親友、実は親などなど。主人公とは得てして因縁を持っている物であり、それらとの戦いこそが最大の盛り上がりポイントでもある。俺達のような不良と戦っている場合などではないのだ。
とはいえ、いきなり上記のような因縁の敵達と戦ってしまっても盛り上がらない。そういう作品もあるにはあるが、あくまでもそれは導入部分の話であり、後にはきちんともっと盛り上がる戦いが控えている(例外もある)。
そして大前提として、読者には主人公を「好き」になってもらわなくてはならない。「嫌い」とか「どうでもいい奴」じゃ駄目だ。サブキャラが主張しすぎて段々影が薄くなってくる主人公もたまにいるが、基本的に、特に序盤は、読者が主人公に良い印象を持っているというのは大きなアドバンテージと言える。
そこで俺達の出番という訳だ。前回前々回と、俺は「最初にやられる不良」の条件やいじめの手法について長々と語ってきた。そこで積み重ねてきた努力が、いよいよもって今回報われる。俺達の仕事の最も肝心な所であり、最も力を見せつけられる所だ。次の仕事に繋がるかどうかも、ここでの一挙手一投足にかかっていると言っても過言ではない。
やられ方には大きく分けて2種類の方法が存在する。
まず1つは物理的にやられる方法だ。
殴られたり蹴られたり、力比べで負けたり、ギャグ路線なら爆発も良い。格闘技路線なら主人公の得意技を紹介するチャンスも生まれる。ただ、今回俺が来ている現場のように異能バトル物などの場合は、主人公の力が強すぎる場合がある。
実際今回の現場でも当初は、主人公が目覚めた異能の力「マルフェザル・フレイム(鬼神炎陣)」により我々不良役3人は一瞬で消し炭にされるという台本が用意されていたのだが、少年誌でいきなりそれはどうなのか、という編集の待ったがかかり、主人公にいきなり殺人をさせるのもどうか、と作者も思い直した。おかげで俺は消し炭にはならずに済んだ訳だが、こうなると別のやられ方が必要になる。
そこでもう1つの、精神的にやられる方法が選択される。
例えば大勢の前で恥をかかされたり、他人にとってはどうでもいい秘密をバラされたり、目の前でとんでもない物を見せつけられてビビったりと、とにかく精神面で負けを認めるという方法だ。こちらは頭脳派の主人公がよく使い、今回のケースのように逆に主人公の力が強すぎる場合でも利用が可能だ。
緊急的に用意された台本では、「マルフェザル・フレイム(鬼神炎陣)」により俺達の髪が燃やされて丸坊主になるという展開に変更された。喫煙がバレたサッカー部のような罰だが、人死にも無いし恥もかくしちょうど良い落とし所だろうか。そしてこの変更により、いじめシーンに「ぎゃはは、間に合わなかったら丸坊主だからなぁ!」という台詞も追加された。意趣返しも読者の好きなパターンの1つだ。
坊主のヅラを用意する手間は増えたものの、こうして作品は少しずつ良くなっていく。素晴らしい事だ。
また、他によくあるパターンとしては、主人公がキッと睨んで、その凄みにビビった不良が憎まれ口を叩きながら去っていくという物もあるが、これは作者の表現力が無いといまいち伝わらない。漫画なら画力、小説なら文章力、映像なら演技力が無ければ、読者は納得しない。
我々不良役もこの手法が選ばれた時は全力を尽くして挑むが、いかんせんアウトプットは作者の実力に大きく比例するので、やはり初心者にはお勧めできない。
ちなみに「やられない」というパターンはないのか? と疑問に思った方もいるかもしれないが、断言しよう。ない。何故なら俺達はあくまでも「最初にやられる不良」として役をもらっている。人をいじめておいて何の制裁も受けないのはただの「嫌な奴」だ。そんな奴ばかりなのは現実だけで十分だと思っているのが大多数だろう。
また、そういうもやもやに対して読者は敏感だ。ただの「嫌な奴」を採用するくらいなら、是非とも我々「最初にやられる不良」を採用して頂きたいという宣伝で今回は締めさせて頂く。
次回はやられた後のフェードアウトの仕方、そしてこの業界の未来について語っていこう。
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