最初にやられる不良アキヤス

和田駄々

第1話 不良役を得る条件と席取りプロセス

 漫画、アニメ、映画、小説……これらの娯楽に全く触れずに育った人間など、この日本にいるはずがない。


 だからあなたは、今まで1度くらいは俺を見た事があるはずだ。覚えていないだけで、印象に残っていないだけで、俺が喋ったり、人を殴ったり、逆に殴られたりしている姿を目にしている。それは間違いない。


 俺の名前はアキヤス。最初にやられる不良だ。よろしく。


 物語の主人公達は、言わば一点物。その物語にしか存在しないオリジナルな役柄であり、それぞれ強い個性を持ち存在感を放っている。しかし俺達、いわゆる「モブ」は専門の派遣会社から派遣されて作中に登場する。意外と知られていない事実だが、どうせ記憶にも残らないのだから使い回しは効率的な方法と言える。


 モブ派遣会社では、様々な種類のモブ役を取り扱っている。通行人やクラスメイトとして背景に溶け込む役、突然現れた脅威に対してパニックで逃げ回る役、大規模な戦闘で台詞もなく無残にやられていく役。老若男女、舞台は問わず、紙面が許す限り何人だって派遣する。


 そんな中で俺の担当は、さっきも言ったが「最初にやられる不良」だ。第1話に登場して、主人公等に倒され、それ以降全然出てこない奴だ。


 ショボい役割だ、と思うなかれ。この役割はモブの中でもかなりのエリートだ。数々の条件をクリアし、たゆまぬ努力とセンスが無ければ務まらない仕事なのだ。不良なのにエリートとは意味が分からないかもしれないが、まあ聞いて欲しい。


 まず条件。特に見た目は非常に重要で、いくつかの評価基準から総合的に判断される。


「悪さ」

 これは強面であればある程良いという訳ではなく、あくまでもクラスメイトにいそうなレベルの顔つきが求められる。ありがちな範囲での悪い顔、これが重要なのだ。


「小物さ」

 この要素が強すぎると前述の悪さが消える。「愛される悪役」という概念もあるにはあるが、それは主人公のライバルやラスボスになってようやく許される要素である為、最初にやられる俺達にはこの小物さ、つまりどうでもよさが必要不可欠と言える。


「不快さ」

 俺達は読者からヘイトを持たれなければならない。しかも出番は限られている。短時間で、台詞も少なく、ナレーションでの紹介も最小にしつつ読者にむかつかれなければならないというのはなかなかに至難だ。


「情けなさ」

 これはやられた後の表情だ。やられて潔い顔なんてした日にはうっかり仲間になりかねない。あくまで俺達はモブであり、使い捨て。1ページ前、あるいは数秒前の勝ち誇った表情からの、情けない負け犬顔こそが、読者のカタルシスに繋がり、主人公への信頼感にも繋がる。


「薄さ」

 上記4つの条件を揃えた上で、読者の印象に強く残ってはいけない。そう、これだけの見た目を持ちながら、最終的には綺麗さっぱり忘れられ、主人公達の活躍に注視してもらわなければならないのだから、これがいかに難しい条件か分かっていただけただろうか。


 顔については以上5点が重視されるが、これらに加えて背格好、歩き方、喋り方、発声、状況に合わせたテンションなど、求められる項目はとにかく多岐に渡る。普段何気なくやられている俺達が、どれだけの気遣いをしているか、少しでも理解して頂けたら幸いだ。


 とは言え、こう説明ばかりでも分かってもらえないだろうから、今日は1件、漫画の仕事が入っているので、実例を踏まえて解説していこう。


 まずは現場入り。不良役と言っても舞台裏でまで不良ぶる必要はない。むしろ良い仕事をするには人間関係の構築は必定であり、元気の良い挨拶はその基本と言える。


「おはようございます! アキヤスです。よろしくお願いします!」


 今日の舞台は教室のようだ。不良役を得意とする俺にとってはホームグラウンドに近い。30人分の机と椅子。黒板、張り紙、時間割。何ら特徴の無い至って普通の教室。このスタジオはいつも予約でいっぱいらしい。


 主人公の座り位置は当然窓際1番後ろと決まっているが、俺達は席取りから実力が試される。あらかじめ決まっている場合もあるが、作者も多忙なので、その辺の細かい指示が無い場合もある。


 今回俺が登場する作品は、学園異能バトル物で、この後妖怪が出るらしい。さっき楽屋前で特殊メイクした妖怪役にすれ違ったが、礼儀正しい人だった。そして主人公の設定は熱血正義感。やや古いのでは? とも思ったが、俺が口出しする事ではない。


 そして今回の俺の仕事は、主人公の正義感っぷりを表現する為に、いじめられっ子役をいじめ、それを止めにきた主人公を返り討ちにする役だ。


 やられ役なのに返り討ちにしていいのか? と思った人には、まだこの業界は早い。先ほども言ったが、この作品は学園異能モノ。この後で主人公が特殊な力に目覚める訳だ。最初は俺達が一方的にボコし、後から主人公が目覚めた能力で逆に俺達をボコすという脚本なのだ。


 となれば、理想的な席取りは、いじめられっ子役の1つ後ろ、授業中のシーンで消しゴムのカスを投げるアドリブを入れると喜ばれるかもしれない。もちろん事前にいじめられっ子役の方には許可を取るが。


 これが例えば、主人公自身がいじめられっ子役も兼任している場合、理想は主人公の後ろの席かと言えばそうではない。さっきも言った通り、主人公の席は窓際1番後ろ。その後ろに座ると、どんだけこいつら後ろの席に座ってるんだという話になる。


 じゃあ隣か? いいや、それも違う。隣はヒロインと相場が決まっている。じゃあ前か? それも違う。そこは主人公を気にかける友人の席だ。かといって教卓の真ん前だと、そのナリで優等生かという話になるし、真ん中だと他のモブに埋れかねない。


 よってその場合のベストは、廊下側1番後ろの席、つまり主人公の反対側。何故ならこの席の場合、主人公が授業中に恥をかくシーン(例えばヒロインに見惚れたりしている所を先生役に注意されたり)が挿入された時、こちらとしてもすかさずニヤニヤ顔が出来る。で、1番後ろの席に座っていれば、後ろの生徒の描写をせずに済む。俺が主人公を馬鹿にしている描写も挟めて、一石二鳥という訳だ。


 このように、席取り1つを考えてみても、その時の条件によって最適解は変わってくる。難しい判断を迫られる訳だ。では次は、適切ないじめ方と、台詞回しについて解説していこう。

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