第2話 小悪党スタイルといじめメソッド
当然の事ながら、いじめとは本来最低で卑劣な行為だ。たかだか中高生レベルでの力の強弱や、相手の弱み、コンプレックス等を利用して自身のプライドを満たす。金銭を要求したり、屈辱的な事を強要したりと、その方法は多岐に渡るがいずれも非人道的で、「明確な悪」だ。
しかし創作の世界においてはその「明確な悪」こそが貴重なのだ。
例えばこれが、最終回1話前で倒されるような宿命の敵ならば、その悪の所業を何ページにも渡って説明する時間がある。世界を浄化する為に今いる人間を犠牲にするだとか、過去に悲劇的な事件があった為に気が狂ってしまっただとか、悪に対していくらでも理由はつけられるし読み手にもそれを理解する為の時間的猶予が与えられる。
しかし前にも述べた通り、俺のような最初に倒される不良の出番は多くが第1話のみ。多少引っ張っても第1巻を超える事はない。となれば、出てきて即「こいつは悪い奴だ」と読み手に理解してもらえなければならない。
その点においては、「いじめ」は最も分かりやすく、最も適した手段と言えるだろう。誰が見てもクズで、酷い奴で、明確な悪である事。いじめ方1つでこの役に適しているかどうかが分かると言っても過言ではない。
まずは姿勢と表情。これは我々の業界で使っているフォーマットがいくつかある。中でも最もベーシックな物は、背を丸めて、がに股で、手をポケットに突っ込み、にやにや顔。人目につかない場所ならタバコを口に咥えても良い。ガムをくちゃくちゃ噛んでも好印象だ。また、基本的には不良役は複数で群れるが、ベストな人数は3人と言われている。何故なら2人だと凄く仲が良い人達に見えるし、4人以上に増えるとコマに収まらず、また作家の実力によっては書き分けが出来なくなってくる。3人の内訳は好み次第ではあるが、中肉中背2のデブ1か、中肉中背2のノッポ1などの組み合わせが定番だ。いじめられっ子よりも背が低いとか、全員デブみたいな変わり種も無くはないだろうが、俺達に意外性はあまり求められていない。
小物かつアウトロー。分かりやすさで言えばこれ以上の物はない。ただあんまり見た目をやり過ぎると「おっさん臭くなる」という弱点もあるので、授業を受けるカットが無いと、同級生と認識してもらえない可能性もある。その辺りは加減が必要だろう。
他に不良感を演出する小道具としては、バタフライナイフ、サングラス、バンダナ、チェーンなどで、どれも微妙にダサい感じで装着するのが好ましい。笑い方は「くくく」「げはは」「ひゃひゃひゃ」「ぷぷぷ」などを組み合わせて使い、下衆感が最も重要だ。
しかしこれらもあまり盛り過ぎると、キャラが成立してしまう。5巻あたりになって「そういや第1話のあの不良、クラスに全然いないな」とか思われてしまったら俺達としては終わりだ。くれぐれも印象に残ってはいけない。
次に台詞。これはもちろん作者の指定や台本があるが、多少のアレンジは許される。特に作家という人種は実際に人をいじめた経験などない方が多いので、やや非現実的な台詞回しが散見される。
具体例を挙げよう。
「へーへっへ、俺様の新品のナイフがよぅ、貴様の血を啜りたがっているぜぇ?」
まずいじめる相手を「貴様」と呼ぶのはよくない。「貴様」は言う側にある程度のプライドが無いと違和感があるからだ。更に「啜る」という言い回しは不良にしてはやや賢く、吹き出しの中にある漢字としてもややレベルが高い。ルビも振らなければならないだろうし、若干の中二病感もある。避けるべきだろう。
それとナイフが新品であるという情報はいらないだろう。そしてこの台詞で最も駄目な所は、不良がいじめられっ子に一体何を要求しているのかが分からないという点だ。ナイフが血を啜りたがっている事は分かるが、ナイフを持っている本人が何をしたいのか、主体性が感じられない。
アレンジが許されるならば、「これ分かるよなぁ?(ナイフを見せる) 僕達お小遣いに困ってんのよ。ちょっと助けてもらえないかなぁ?」と言った所だろうか。アレンジどころか原型がほとんど無くなってしまったが、金銭の要求、世間を舐めた態度、あえて一人称を「僕達」にする事によって、小馬鹿にしてる事もアピールする。ねっとりとした口調と、動作も交える事によって出来る限り台詞だけで説明しないように心がける。
また、他にいじめられっ子に対して要求する定番と言えば、「パシリ」がある。
個人的な事を言わせてもらえば、食べたい物は自分の目で見て選びたいし、いじめられっ子は大抵弱く、混雑する売店に行かせるのは昼食の時間が遅れる事を意味するので、自ら買いに行った方が圧倒的に効率的だと思っているのだが、とかく創作上の不良はパシリを使いたがる。
もちろんこれも、主従関係を分かりやすく表現する手段であり、更に買ってくるのが遅いという理由で別のいじめに自然な流れで接続出来る。更に一旦場面転換を挟む事によって、パシリに行かせている間に主人公にやられていたり、パシられているいじめられっ子を主人公が目撃したりと、選択肢は豊富だ。
買わせに行く物としては、今も昔も焼きそばパンが圧倒的なシェアを占めているが、これまた個人的にはあまり好きじゃない。かといって俺の好きな三色パンやシナモンレーズンロールを買わせに行くような真似はしない。キャラがブレてしまう。俺はあくまでも最初にやられる役のプロに徹し、さも美味そうに焼きそばパンを食べるのだ。この仕事に必要なのは忍耐だ。
次回はいよいよ主人公が登場し、いかにして俺達不良がやられていくかを解説していこう。
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