第4話曇りときどき麦茶④

 翌日、今日もいつものように図書室から森山さんの帰る姿を見送ろうと思っていたのに、担任の先生に雑用を頼まれてしまった。何で俺なんだよと憤慨しかけたが、日直だったので致し方ない。雑用を終えて教室に戻る。おおかたの生徒は既に下校しており、教室に残っている生徒は数人だった。今帰っても、電車の混雑は避けられるだろう。そう思い、荷物をまとめ図書室には寄らず生徒玄関を目指すことにした。

 外の様子を見ながら下駄箱から靴を取り出す。外はどんよりと曇り空だが、まだ雨は降っていないようだ。今日は傘を忘れてきたので、帰るまでに降り出さなくてホッとした。靴を履き、上履きを下駄箱にしまっているとき、不意に声をかけられた。声の方を向いてみると、なんと声の主は森山さんだった。


 「お疲れー。雨、降りそうで降らないね。予報では降るはずだったのに。」

 下駄箱から靴を取り出しながら彼女が言った。

 「俺、傘忘れてきたから、助かったよ。」

 彼女と自然に会話できていることに感動した。口ごもることなく話せているなんて、まるで奇跡だ。

 もっと彼女と話したい、なぜ今日はいつもより遅い下校なのか、でもそんなこと聞いて気持ち悪がられないだろうか、他に何か自然な会話はないか。ああ、もっと日頃から会話のシミュレーションをしておけばよかった。

 そんなことを、頭の中でぐるぐる考えている間に

 「じゃあ、また明日。」

 といって彼女は俺の横を通り過ぎていく。


 何かないか、何かないか。せっかくの機会なのに・・・・・・

 焦った俺は半分無意識に麦茶の雨を降らせていた。

 「あ、ほら降ってきた!」

 外を指さしながら、彼女は振り向き少し得意げに言った。そんな彼女の顔を見ながら、俺は動揺していた。

 しまった。麦茶の雨なんて怪奇現象だ。きっと匂いでバレてしまう。犯人が俺だとは誰も気がつかないだろうが、きっと明日のトップニュースだ。


 動揺している俺に気づくことなく、彼女は話し続けた。

 「家ってどのあたり?バス通学かな?電車通学かな?バス停も駅も通り道なんだけど、良かったら入ってく?」

 彼女は手に持ったあの虹色の傘を俺に見せながら聞いてきた。


 こうして俺の『森山さんと相合い傘』という願いは、計らずとも叶うこととなった。俺の降らせた麦茶が呼び水となったのか、数分後には本物の雨が降り、俺は駅までの道を森山さんとひとつの傘を分け合って歩くことができた。駅までの距離は徒歩で二十分ほどであった。それほど遠い道のりではなかったことと、森山さんがお話好きだったこともあり、俺は聞き手に徹する傾向があったものの会話に困ることはなかった。とても緊張はしたけれども、そしてその緊張が彼女に伝わっていたかどうかは不明であるが、同じクラスということもあり、彼女はごく自然に俺との会話を楽しんでくれているようだった。

 駅まであと百メートルほど、遠目に改札が見えたとき、ふいに雨雲が切れ、日が射してきた。辺りがぐっと明るくなってきたのと同時に、目の前に大きな虹がかかった。


 「わぁ、きれい」

 そうつぶやいた森山さんを、そっと横目に見つめた。 

 しばらく二人で虹を眺めていたが、一時間に数本しかない電車が到着する時間が迫っていた。森山さんと分かれるのはしのびなかったが、いつまでも彼女を引き留める訳にもいかないし、長い時間、間を保たせるだけのトーク力もないので、ここまでの幸運に感謝しつつ、彼女に分かれを告げることにした。

 「雨も止んだし、ここで大丈夫。送ってくれて本当にありがとう。助かったよ。」

 彼女にそう告げると、ほほえみ返してくれた。そんな彼女の微笑みを前に、次に繋がる何かを言いたかったがすぐに言葉が出てこない。そんな俺の心が読めているかのように、彼女は俺の顔をじっと見ている。


 「じゃあ、また明日ね。」 

 しばし間が空いた後、彼女はそう言って歩き出した。

 森山さんが帰ってしまう。彼女の後ろ姿を眺めながら言いようもない寂しさがこみ上げた。

 「あのさ!・・・・・・」

 次に掛けた俺の言葉を聞いて、彼女は満面の笑みで振り返った。その笑顔は、先ほど二人で眺めた虹のように、きらきらと美しかった。

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麦茶の魔法 @tetra1211

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