ポッキープリッツ論

 今日は11月11日。

 世間がこの日をポッキーだプリッツだと言い出したのは、最近のような気もするし、案外昔から言っていたような気もする。

 少なくとも、俺の家では11月11日には必ず娘がポッキーを欲しがり、妻は普段買わないような、一袋に5本ほどしか入っていない限定ポッキーを買ってくるのだった。

 しかしまさか会社にもその行事が及んでくるとは。グリコの宣伝力には目を見張るものがある。


 休憩所でコーヒーを飲みながら、ポッキーを皆に配る女性社員について思った。

 バレンタインデーに会社の男へ義理チョコを渡さなければいけない女性社員は大変だろうにと見守っていたが、まさかその類の行事は今後どんどん増えていくのではあるまいな。


「部長、ポッキー食べますか?」

 そういって開いたポッキーの袋をこちらに向けるのは部下だ。

「なんだ、お前もか」

「いやー、同期の間で持ち寄ろうって話になっちゃってですね。家にたまたまあったプリッツを十箱くらい持ってきたんですが、みんなポッキーしか持ってこないもんだから交換しているうちに全部ポッキーになっちゃいまして」

「なんで十箱も家にあるんだ」

「好きなんです。世間がポッキーだポッキーだと浮かれていますがね、なぜこんなにもプリッツと格差がついてしまったのか」

 自分の好みを臆せず主張できるのはこの部下の強さでもあるだろうと思う。


「プリッツねえ。プリッツもいろんな味があって美味いとは思うが、一袋の量が多いだろう。あれを全部食うと飯の時間を1、2時間は遅らせてもいい気になる。それに手が汚れるしなあ。プリッツにも下の方にベタベタしない部分を作ったらいいんじゃないか?」

 俺は部下持つ袋からポッキーをとる。部下もそれに倣う。

「一袋の量で言ったら普通のポッキーもおんなじくらいあると思いますよ。まあ、プリッツの方が腹にたまる気はしますが。そもそも一人で食べるものじゃあないでしょう。汚れにつきましては、まあ、プリッツを食べてすぐパソコンは触りたくないですが、夏場のポッキーに比べたらマシですよ。全部くっついて酷い見た目ですからね」


「うーむ、まず夏場にチョコレートを食う気にはならんな。ただでさえ肌にシャツがべたっと貼りつくんだ。口の中くらいはさっぱりとさせたい。まあ、今の時期が一番食べるのに合っているのかもしれないな。だからといってやはり一人では多すぎる量だ。少し食えば十分だ。1、2本でいいかな」

 俺がそう言うと部下があからさまに顔をしかめた。


「え? いやいや、1、2本ですか? それじゃあポッキーの本当の魅力を味わっているとは言えませんね。足りません。その程度の実食でポッキーを批判して欲しくありません」

 これは意外だった。プリッツが好きという部下は掌を翻し、目下敵勢力であるところのポッキーを擁護しだしたのだ。

「お前、プリッツが好きなんじゃなかったのか?」

「それとこれとは別問題です。他人がなにがしかを適正に評価した上でそれを好き嫌いというなら僕はとやかく言いませんが、不当に評価されたまま好きだの嫌いだの言われるのは放っておけないですね。評価されたものが可哀想です」


 大義名分のように高らかと言い放つが、俺は一つ引っ掛かりを覚えて、

「今まで適正に評価してもお前にとやかく言われてきたと思うんだが」

 と突っかかる。

「適正かどうかはさておき、とやかく言わないのは評価についてまでです。適正な評価どうしがぶつかって初めて適正な議論になるのです」

 部下が後付けのような屁理屈をこねた。

「これは一本取られたな」

 俺は抑揚をできるだけ排除して言いながら、部下の持つポッキーをもう一つとる。

「部長が一本取ってるじゃないですか。そう、ポッキーの話でした。ポッキーとプリッツの決定的な違いが分かりますか? ああ、いえ、そういえば最初に言ってましたね」

「最初?」


「持ち手ですよ。とはいっても汚れがどうとかいうより、持ち手が存在すること自体に意味があるのです。持ち手部分にはチョコレートがかかっていない。これが一番の差です。プリッツが一本丸ごと同じ味なのと大違いです。この非対称性がポッキーを食べるという行為を逆説的に連続なものとするわけですよ」

「面倒な言い方をするな、さっぱりわからん」


「つまりですね、持ち手の味のしない部分を食べることで口の中は砂漠状態です。いや、この比喩は正しくありませんね。砂漠にいる者は水を求めますが、無味のプレッツェルによって乾かされた口内に必要なのはもっと味の濃いものです。飲み物ならコーヒーとか、コーラでしょうか」

 部下はチョコレートの部分を食べ終え、持ち手だけになったポッキーを口の中に放り込んで続ける。


「でも、もっと手軽ですぐそばにあるものがある。それが、次のポッキーの先端のチョコレートです!」

 そういって袋から新たなポッキーを取り出して俺の胸辺りに向け、びしりと言い放った。ここで安易に顔を指さないことに、部下の如才なさの一端が現れていると俺は思う。俺がそのポッキーを一瞥したのを確認すると部下は満足げにそれを口にした。


「なるほど、ポッキーを食べるからポッキーを食べたくなる、ってことか」

「ええ、中毒性といいますか、連鎖性がポッキーの真価であると思うのです。そう考えると、1、2本でやめるというのはその魅力を半減させていると思いませんか? 大富豪を一回だけしかやらないようなものですよ」


「でも、プリッツの方が好きなんだろう?」

 部下はニヤリとした。

「ええ! その通りです。気になります? なぜだと思います?」

 飽きないやつだ。

「いや、もういい。長居しすぎた。そろそろ仕事に戻らないと」

 いつまでもこうして話し続けているわけにもいかない。休憩中とはいえ会社内なのだ。俺は紙コップをごみ箱に捨てようと立ち上がる。


 後ろで部下がはあ、とため息をついて、

「先に折れる方が最初から決まっているなんて、つまらないじゃないですか」

 と言うのがかすかに聞こえた。




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ショートケーキ論 有野実弥 @arinomia

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