たい焼き論
一段と秋風が寒くなってきたこの頃、外回りが終わって会社に帰る途中でたい焼きを買うのが日課になっていた。
食べ歩きはしない。いつも店先でさっさと食べ終わるのだ。
焼きたてのたい焼きを手渡され、店を出ると見慣れた顔があった。
「あれ? 部長じゃないですか」
部下だ。
「外で会うなんて珍しいな」
「たい焼きですか? いいですね、この時期にぴったりです。風物詩といってもいい」
「お前も今帰りか」
そう言って紙包装の横側をピリピリと破いて、たい焼きにかぶりついた。
「ええ、えええ?」
部下は一息に同意と疑問を表す。
どうせまた何かケチをつけるつもりなのだろう。もう慣れている。部下との遊びに付き合うのも上司の仕事だ。仕方がない。仕方がないから聞いてやろう。
「なんだ」
「食べ方です。いえ、僕も頭と尻尾、どちらから食べるかなんて論争はしませんよ。頭から食べるに決まっていますからね」
「いや、別に決まってはいないと思うが」
「決まってるんです! エビフライを尻尾から食べる人はいますか? アイスをコーンから食べる人がいると? いないでしょう。それと同じです」
よくもまあ即座に、一見すると適切な例をいくつも出せるものだ。
「たい焼きはエビフライでもアイスクリームでもない。たい焼きは部分によって形が違うだけで成分はどこでも同じじゃないか」
「形が違えば皮とあんこの比率が変わるじゃあないですか。いえ、そんなこと今はどうでもいいんです。部長、いまどこから食べました?」
「どこ、と言われると……、背びれか?」
鯛の形を模しているのだから、側面の突起部分は背びれというのが適切だろう。
しかしそれに部下は、
「背びれ! 背びれ! あはは」
人目もはばからず大笑いを始めた。
「おい、やめろ、店先だぞ」
大笑いする部下を俺は心の底から恥ずかしく思った。
「なんで、あは、そんな中途半端なところから食べるんです。部長、あはは。わけわかんないですよ」
「……俺にはお前のツボが分からんよ」
ひとしきり笑って落ち着いた部下が俺に問いかける。
「なんで背びれからなんです?」
「理由か、そうだな。初めは頭から食べていたんだ。そもそもこういうふうに入っていたら尻尾からは食べられん」
この店ではポチ袋のような紙包装に、頭が上になるように入れて渡されるのだ。
「そうですね、明らかに店の人も頭から食べてもらうつもりで入れているんだと思いますよ」
「だが、ここの店は焼きたてを出してくれるもんでな。あんこの詰まっている頭にいきなりかぶりつくと、舌を火傷しそうになるんだ。それで、皮の割合の多い背びれから食べてワンクッション置いて事故を防いでるのさ」
我ながら合理的な理由だと思う。何度も通う内に見つけた方法なのだ。タイの唇だけを齧って口づけをするように食べたりすることも試したが、なんとなく恥ずかしいので二度としなかった。
「むむ、なるほど。確かにそれは合理的かもしれません……、ですが、どこか風流でないというか、見栄えがあまりよくないと思うのですが……」
「一度背びれから食べてみればいいさ。それから反論すればどうだ」
そうですね、と部下は店内へ入った。
間もなく一匹のたい焼きを持って店を出てきた部下に声を掛ける。
「魚心あれば水心というだろう。美味いと思って食えば美味くなるし、逆もまたしかりだ。妙な偏見なしで食えよ」
「そんな邪なことしませんよ。僕は純粋なんですから」
「何言ってるんだ。そのたい焼きみたく、腹黒いんじゃあないか」
部下が背びれをパクリといく。
ちらりと見える中身は白かった。
「ふふ、残念。カスタードですよ。まさに僕の純粋さを表していますね」
部下が言い負かしたような顔をする。
俺の言いそうなことは頭からお見通しというわけか。
俺は尻尾を巻いて会社へ帰った。
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