第5話

 部屋のカーテンは閉めきられており、燭台の灯りなき今、周囲は闇に包まれてしまった。


「影の魔女ーー影を意のままに操る裏切りの魔女。でも、今この部屋のどこに影があるというのかしら⁉︎」


 魔女の勝ち誇った声が聞こえる。俺が奴を殺すための切り札はマリィであり、その彼女が持つ異能を封殺したのだ。勝利を確信する気持ちもわかる。


「部屋を暗くしただけなのに、勝ったつもり? お気楽な女」


 俺の背後から黒い膝丈のワンピースを着た少女ーーマリィ=ゴールドが顔を覗かせていた。


 腕の良い職人が作った白磁の人形のような、真っ白で整った顔。大きな蒼い瞳は宝石をはめ込んだように美しく、腰まである金髪は光のないこの部屋でも輝いて見える。


 最古参の魔女の一人であり、数百年の時を過ごしているにもかかわらず、その姿は十二、三歳ほどにしか見えない。


「影に隠れることもできずに、のこのこと姿を表したくせに。強がっているようにしか見えないわよ! 操れる影もなく、その貧弱な使い魔では私のお気に入りには手も足も出ないわ! もう貴女の負けなのよ!」


 魔女がまくしたてる。マリィの余裕ある態度が気に食わないのだろう。


「『操れる影がない』ね。冥土の土産に教えてあげるわ。私が操ることができるのは、この男の影だけ」


「だから貴女の負けってーー」


「ねぇジャック。あなたの影って今どこにあるの?」


 魔女の言葉を遮るように、マリィが俺に尋ねる。


 マリィは、俺の影だけを操ることができる。つまり、裏を返せば俺の影であれば自由自在に操れるということだ。


 だから、俺はこう宣言する。


「俺の影か? この脚から伸びる闇、その全てだ」


 この部屋を包むのは俺の影、そう強くイメージする。すると、暗闇が俺に覆いかぶさってきた。


 闇ーーもとい俺の影は、全身にまとわりついて、針金の芯に粘土で肉付けする様に、一回り大きな影の肉体となった。


 更に影は俺の元へ集まり、甲冑となり、俺の体より大きな剣となった。


「な、なんなのよ⁉︎ こんなの聞いてないわよ!」


 魔女は、驚きと怒りで顔を歪ませ、悲鳴にも似た声をあげた。


「本当に部屋を暗くするだけでどうにか出来ると思っていたの? それだから、三下なのよ」


 対照的に、呆れた様な声でマリィが答えた。


「まぁ、最期に自分の程度が知れて良かったじゃない」


 マリィは、相手への興味がなくなった様で、手を振ると影の中に消えていった。


 後は、俺に任せるつもりか。マリィは事もなげだったが、無理矢理闇を俺の影としているので、俺が少しでも気を抜くと、この影の鎧は消えてしまう。あまり時間は掛けられない。


 俺が、魔女を殺すべく大剣を構えると、使い魔たちが、彼女を庇う様に割り込んできた。


 しかし、彼らがいくら強靭な肉体を持っていようとも、今の俺には障害になり得ない。


 俺は、男たちの首を撥ねようと、影の大剣を横に薙ぐ。男たちは首を守る様に両腕を構えるが、大剣はストンと腕ごと首を切り落としてしまう。


 影の魔術を封殺できると思っていた策も、自慢の使い魔も、あっさり突破されてしまった魔女は、茫然自失で座り込んでしまった。


 俺は、「なんなのよ」「こんなはずじゃ」とブツブツ呟く女の頭めがけて、大剣を振り下ろした。


 魔女の身体が左右に分かれて、崩れ落ちる。それと同時に、俺を覆っていた闇の塊が霧散した。


 影の鎧を保つのは、かなり精神を消耗する。目眩がして倒れそうになる俺の身体を、抱きしめる様に誰かが支えてくれた。


「やっぱり貴方、良い男よ、ジャック」


 耳元で、マリィの美しい囁き声が聞こえた。


「そいつはどーも」


 俺はどうにか答える。


「夜が明けるまで、まだ時間はあるわ。少し休みなさい」


 彼女の穏やかな声に導かれ、俺の意識は心地よい闇の中に落ちていった。

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影の魔女 大谷 山人 @y_ohtani

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