第4話

扉の先は、領主の書斎だった。奥にある領主の机に置かれた燭台が、部屋をぼんやりと照らしている。様々な国のキャラバンが立ち寄るオアシスだけあり、いくつもの異国の調度品が飾られている。


そして、領主の椅子には女が直立不動の屈強な男二人を従え、座っている。背もたれに体を預け深く腰掛けるさまは、今オアシスの主は自分であると誇示するかのようだ。


「遠路はるばるご苦労様。帝国のお犬さん--そして、裏切りの魔女」


女は舞台役者のように両手を広げながら言った。


胸元が広く空いた濃紺のロングドレスに身を包み、大きな袖口は鳥が翼を広げて威嚇しているようにも見える。机の上の燭台の灯りでギラギラと輝くアクセサリーが、より強く、そう感じさせた。そして、黒曜石のような、長い髪と同じ黒い瞳には、俺の影に住む魔女への敵意と侮蔑が込められていた。


「本当よ。わざわざ、こんなオアシスにまで足を運んであげたのに、三下に出迎えられる身にもなって欲しいわ」


足元の影が言う。


どうやら、マリィが探している魔女ではなかったらしい。


「今回も外れか?」


「そうね。それにしても、私も有名になったものだわ。会ったこともない相手に出迎えられるなんて」


「当たり前じゃない。人間の影に隠れて、こそこそと同胞を狩るアバズレ。本当に不快だわ」


魔女はそう言い、こちらに腕を伸ばした。瞬間、袖口から何かが飛び出してきた。


反射的に体をひねり、避けようとする。しかし、予想以上のスピードで一直線にこちらに向かってきており、回避行動が間に合わない。


その時、足元から大きな腕が生えてきて、飛び出してきたものを掴み取った。マリィが操る影が捕まえたのは、大きなムカデの様な虫だった。鋭い顎をカチカチと鳴らしていて、こんなものに首を噛み付かれていたらと思うとゾッとする。


影の腕が虫を握りつぶし、緑色の体液を撒き散らした。床に落ちた残骸は、ビチビチと蠢いていたが、程なくして動かなくなった。


「なんだ……この虫」


「人間の背骨に寄生して神経を奪い取る虫ね。こいつらを魔術で操ることで、死体を動かしているのよ」


虫を操ることで、間接的に死体を動かしていたということか。額にナイフを突き立てても襲ってきたのは、この虫が首から下の神経を操っていたためか。


「死体を“物”として扱う魔術……」


「私から言わせれば、こんなの手品よ。ま、この方法なら三下魔女でも多くの死体を操れるわ。『人間を襲え』とか単純な命令しかできないでしょうけれど」


確かに、傭兵も兵士も商人も、襲ってくる動きは似た様なものだった。

死霊魔術であれば、兵士や傭兵は生前の経験を基に、慣れた動きをしていただろう。しかし、虫が体を操っているだけでは、動きは単調になってしまう。


「それに、腐敗した死体は性能が落ちるから長くは使えないわ。死体が動くっていうパフォーマンスだけの魔術よ」


マリィは嘲るように言った。


「ふん、言っておくけど、貴女達が倒した死体は、私にとっては腐っても構わない使い捨てよ。とっておきはこの子達」


後ろに控えていた男二人が、魔女を守る様に立ち塞がる。


とっておきと言うならば、こいつらを倒せば他に障害となるものはいなくなるわけだ。

先手必勝、腰のナイフを逆手で抜き、右の男の首に振るった。しかし、腕に阻まれ、ナイフではこの屈強な男の腕を斬りとばすことができず、骨で止まってしまう。

反対の手で、ナイフの柄ごと俺の手を掴もうとしてきたので、咄嗟にナイフを手放す。その隙をついて、もう一人の男がタックルしてきた。俺は吹き飛ばされ、転がりながら壁にぶつかった。


衝突の直前、飛び退いたお陰で、派手に転がったのでまだふらつくが、骨折などはなくダメージは少ない。


「この子達は特別--。多くの死体から選りすぐりのパーツを集めた最高の体! 取り付けているのは高度な自己判断ができるよう調整した特製の寄生虫! 更には防腐と肉体強化の護符もエンチャントしてあるわ! ただの人間とは性能が違うのよ! 」


魔女が声高に叫んだ。


俺は立ち上がり、改めて男達を観察した。上着がはち切れんばかりの胸筋。ノースリーブから覗く腕は、俺の脚と変わらない位の太さだ。肩や首には継ぎ接ぎした縫合の跡が見受けられる。


その首の上には、 選りすぐりのパーツなだけあって、端正な顔が乗っかっている。この魔女は彫りの深い顔が好みの様だ。


「確かに、外見に関してはこちらの負けね」


マリィは、くすくすと笑いながら言った。


「--でも、勝っているのは外見だけ。あなたの力量は私の足元にも及ばないし、ジャックこれジャックこれで良い男なのよ」


その声は淡々としていたが、先の魔女の発言にも負けない、自信に満ち溢れていた。


「ふん、大層な自信ね。でも私、アナタの魔術の弱点知ってるのよ」


魔女は意地の悪い笑みを浮かべると、燭台を手に取り、ふぅっと息を吹きかけた。

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