第3話

 死体を操る方法というのはいくつか種類があるらしい。


 俺は、標的の魔女がいるというオアシスの領主の屋敷に向かいながら、マリィの講義を受けていた。


 魔女の居場所は、マリィが探知したものであったが、入り口に対しオアシスを挟んで反対側にある大きな屋敷というのは身をひそめるには合理的であると思える。


「つまり、死体を操っているとはいえ、死霊魔術を使っているとは限らないということか?」


「そうよ。一言で言えば死体を、“物”と扱うか“者”と扱うかによる違いね。低位の魔術で行えるのは前者、高位魔術である死霊魔術は後者よ」


 マリィ曰く、死体を動かすだけなら、ゴーレムのように、魔力を用いて傀儡として操る方法もあるということだ。


 ただ、その場合は多くの死体を操ったり、術者の目の届かない範囲では、単純な動作しかできなくなる。


 キャラバンの男が言うには、惨劇の夜、女の笑い声が響いていたそうだが、今夜は屋敷に潜み死体を操っている。


「魔女は屋敷から出ていない。一度にあれだけのゾンビを操っていた。……やはり死霊魔術士?」


 死霊魔術であれば、冥界の魂を引き戻し、肉体に憑依させ主従関係を結ぶため、命令を下せば、近くにいる必要はない。


「単純な傀儡魔法ではないことは確かだけれど、死霊魔術だと決めつけるには早いと思うわ」


「なにか気になる点でもあるのか?」


「さっきの死体、キャラバンの商人と傭兵だったでしょう?」


 俺の影が形を変え、2頭身の人間を描いた。片方は剣を持ち、もう一方は何も持っていない。


「私だったら、商人は殺したままにしてキャラバンを襲った兵隊と傭兵を使うと思っただけよ」


 マリィは何も持っていない影を潰し、剣を持った奴を描いた。


「戦力にならない奴に魔力を使う気にはなれないってことか……」


 同業者が言うと説得力があるなと思い、思考を巡らせる。


「つまり、キャラバンを襲った兵隊よりも商人を使う方にメリットがあるってことか?」


「そうね。もしくは、同じ死体を使い続けることに制限があるのかもしれないわ」


 そこまで言うと、影は元の形に戻り、動かなくなった。


 俺はこの件に関して考えることをやめた。相手の魔女の魔術のタネ明かしは俺の仕事じゃない。


 俺にできることは、動く死体を動かなくして、マリィを魔女の前まで連れて行くことだけだ。




 道中、ゾンビの群れと遭遇したが2度目と言うこともあり、苦労なく殲滅し屋敷の前に到着した。


 2度目の群れもキャラバンの死体と思われる連中だった。マリィの洞察は正解のようだが、何のアドバイスもないので考察は正解を導いていないのだろう。


 領主の屋敷の門は大きく開かれている。左右の大きな窓から明かりが漏れていて、まるで大口を開けた人の顔のようだ。大きく口を開き、何も知らない獲物が入ってくるのを待ち伏せしているように見える。


 月明かりに照らされる赤レンガが、まるで返り血を浴びたように赤く輝き、屋敷がおぞましい食虫植物のように見えた。


 この魔女の館が人を食らおうとする化け物だとしたら、その内から食い破るまでだ。


 そう自分を叱咤し、屋敷に踏み込んだ。


「真っ直ぐ行って、一番奥。そこに魔女がいるわ」


 標的の魔力を読み取ったマリィが、俺に居場所を伝えてきた。


 目の前には長い廊下が続いており、壁のランプには火が灯されている。ぼぅっと浮かぶ淡い光の合間から、死者のうめき声が湧いてきている。


 このリビングデッド共を駆逐しない限りは、目指す場所へは届かないようだ。


 腰に差した二振りのナイフを引き抜き、逆手に構える。深く息を吸い、吐き出す。俺は覚悟を決め、大きく駆け出した。


 右から死体が襲いかかってくる。俺は走りながら上体を左にそらすと、下からナイフを持った右手を振り上げた。ナイフは、俺に襲いかかろうとしていたゾンビの左腕を切り裂いた。


 敵は腕を斬り飛ばされても、怯むことなくもう片方で掴みかかってきた。俺は、ナイフを振り上げた勢いそのままに、右脚を高く蹴り上げ、掴みかかってきた手をはじき返した。


 瞬間、ランプに映し出された俺の影が、鋭く伸びた。魔力を帯びた影は俺の体を避けて、ゾンビの首を刎ね飛ばした。


 息つく間もなく、俺は駆け出す。目指す扉までには、滅するべき敵が立ちはだかっている。


 襲いかかる腕を切り払い、足払いで体勢を崩させ、倒れてきた頭を蹴り飛ばし駆け抜ける。


 全速力で走りながら、腕を振るうので脳に酸素が行き渡らない。息が上がり、視野が狭くなる。


 それでも、敵に捕まらないよう、腕を振るい、身を翻し、己の影がランプの灯に映るよう位置取りながら突き進む。


 壁に映る影が、剣に、槍に、鎌に形を変えて、動く屍たちを斬り裂いていく。


 最奥の扉の前に立ち、後ろを振り返る。血みどろの壁、充満する血の匂い、切り刻まれた肉片と動かない屍たち。動くものは、揺らめくランプの灯と映し出される影だけだ。


 俺の足から伸びる影が、無数の触手となり、肉片を細かく切り刻んだ。血の匂いが一気に広がる。


「なにやってんだ。マリィ?」


「気にしなくていいわ。ただの確認よ」


 確認? 死体どもを操っているタネが分かったということだろうか。


「どうせ、この扉を開けば答え合わせよ。早くしなさい」


 その声からは、当たりを引いて急いでいるのか、外れを引いて早く帰りたがっているのか、俺には見当がつかなかった。


 化粧で飾るように、真名を隠すように、彼女はその心を見せようとしない。


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