第2話

 オアシスの建物には明かりが灯され、窓から光がこぼれている。ここに生きた人間が一人もいないとは思えない。逃げてきた男の話は、砂漠の暑さに頭がやられてしまったことによる妄言なのではないかと疑ってしまうほどだ。


 影が揺れ、鈴を鳴らしたような笑い声が響いた。


「明かりを灯して……平穏なふりをして……本当に可笑しい。こんなにも強い血の匂い……死の匂いが漂っているっていうのに」


「平和なオアシスにしか見えないのに、ガセネタではなかったんだな。残念だ」


「あら?気づかなかったのね。……まぁ、男が女の化粧に騙されるのと似たようなものかしら。人間には分からなくても同じ魔女の私には通用しないのよ」


 女の化粧と違って、こちらに騙されたら笑い話では済まないな。そんなことを考えながら俺は正面からオアシスに踏み込んだ。生きた人間がいないのならば話は早い。正面突破の皆殺しだ。


「ふふ、なんて男らしいのかしら」


 マリィが茶化すように笑っているが、無視する。ここはもう敵の本拠地だ。無駄口を叩いている余裕はない。周囲を警戒しつつ歩を進める。幸い、オアシスの水面が月明かりを反射しているおかげで、視界は良好だ。


 ――うぅ……うぅ……


 前方から呻き声を上げながら、ゆらゆらとこちらに向かってくる集団がいる。その数、十人。それは動く死体だった。ある者は、首をねじられ明後日を向いたまま歩いている。またある者は、はらわたを引きずりながら呻いている。


 これが、死霊魔術師が使役する生ける屍――ゾンビか。


 死体はキャラバンの被害者のようで、商人と思しき数名と武器を持った傭兵の死体が行進している。今のところ動きは緩慢で、こちらに気づいていようだ。こちらから仕掛けて、頭数を減らさなければ。


 そこまで考えると、俺はマントを脱ぎ去り、ゾンビの群れに向かって全速力で駆け出した。


 マントの下、動きやすさを重視した黒装束には、腰や二の腕、太ももに動きを阻害しない程度にベルトがまかれており、それぞれにナイフが括り付けてある。


 腰に携えた二本のナイフのうち一本を引き抜き、先頭のゾンビの首を落とし、蹴り倒した。蹴り倒したゾンビは起き上がろうと手足をもがいていたが、しばらくすると動かなくなった。


 不死者を殺すためには首を落とすのが有効だ。


 それにナイフも、帝都にある大聖堂に仕える高位の僧侶が祈りをささげた純銀のロザリオを溶かしこんだナイフだ。こいつには邪なるものを滅する力があるので、より効果的だろう。


 近くのゾンビの首を飛ばし、胴体をゾンビの群れめがけて蹴り飛ばす。ゾンビ共はよろめく。その隙に二体の首を刎ねた。


 順調に四体のゾンビを始末したが、一斉に攻撃されてはこちらも対応できない。そこで、首なしゾンビを盾にして、三体のゾンビに突進する。突き飛ばされたゾンビたちが起き上がろうとしている間に、くるりと反転し、こちらに向けて剣を振りかぶっていた敵の腕を落とし、返す刀で首を刎ねた。


 突き飛ばした三体が、いまだに起き上がれていないことを一瞥で確認した俺は、残る二体の片方の眉間にナイフを投げ飛ばした。額をナイフで打ち抜かれたゾンビはその勢いで仰向けに倒れた。


 俺はもう片方に飛び掛かり、その首を股で挟み込むと、勢いそのまま地面めがけて倒れこんだ。そして、相手の頭を強く打ちつけた。目玉は飛び出し、脳漿がぶちまかれる。


 倒れていた三体が起き上がっていたので、もう一本の腰のナイフを引き抜き、先ほどと同じ要領で、首を刎ね、頭蓋を破壊した。


「ふぅ……」


 不死者たちが動かなくなったことを確認した俺は、投げ飛ばしたナイフを引き抜こうとした。


 瞬間、ゾンビの目が見開き、俺の首めがけて両手を伸ばしてくる。


 俺があわてて飛び退くと、月明かりによって俺から延びる影が、地面から飛び出した。影は鎌の形に変化すると、ゾンビの両腕を切り飛ばした。

 

 ゾンビの額に刺さったままのナイフの柄を蹴りつける。ナイフがめり込み、不死者はとうとう動かなくなった。


「……感謝の言葉が聞こえないわ」


 影が揺らめき、催促してくる。マリィは俺の影を実体化させ、自由に操ることができる。つまり、ゾンビから助けてやったのに、ありがとうの一言もないのか、ということだ。


「ありがとう。助かった」


「なってないわね。『麗しのマリィ=ゴールド様。助けて頂き感謝申し上げます』でしょ?」



 うるせぇ、くそババアと思ったが、グッと堪える。ここで反抗的な態度を示すと、自分の影に関節を極められた挙句、当分影で援護してくれなくなる。それだけは避けなければ。


「……う、麗しのマリィ=ゴールド様。助けて頂き感謝申し上げます」


「よろしい」


 影から満足げな声がした。今から敵の本拠地に乗り込むのだ。マリィの機嫌を損ねるわけにはいかない。対魔女において、彼女は紛れもなくジョーカーであるのだから。

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