月皇のエグザリオン -EXARION of Gekkou-
渡來 成世
プロローグ
月が、まるで蔑むように夜の街を見下ろしていた。
いくら時代が移ろおうとも、いくら都市が発展し巨大な建造物が大地を覆い尽くそうとも、変わらず月はそれを見下ろし続ける。
人は真理を得られない。
人は万能には成り得ない。
それでも人は、生き続ける。
それでも人は、抗い続ける――。
「……時は来た」
男は呟いた。
高度に発展した街並みの中心、一際高くそびえる摩天楼の頂上で、遥か高みに輝く満月を仰ぎ見ながら静かに微笑む。
男の姿は黒衣に包まれていた。
深い闇を塗りたくったかのような漆黒のローブ。所々に黄金の装飾が施されたその格好は、まるで神官のようだ。
しかし、目深なフードで顔は覆われ、その表情は判然としない。
男は眼下を見下ろした。
そこに広がるのは22世紀のニューヨークの街並みだ。
数えきれないほどに立ち並ぶ超高層ビルを彩る人工の光。無数の星のように瞬くその輝きは、真夜中の街をまるで昼間のように明るく照らし出していた。
しばらくすると男は振り返り、そこに控えていた
男の前で膝をつき、
彼らもまた、目深なフードで顔を隠している。
そしてその信者たちは全員、同じ宝石を首から下げていた。
こぶし大ほどの大きさの、水晶に似た菱形の宝石が彼らの胸で怪しく輝く。
加えて彼らは皆、等しく武装をしていた。
装備に違いはあれど、各々が仰々しい武器をその身に携えていた。
そんな信者たちが一様に己にひれ伏す様を見て、その男――〝導師〟は満足げに息をこぼした。
冷たい夜風が摩天楼の頂を吹き抜ける。
やがて導師は大きく両手を広げ、信者たちに向けて高らかに命令をした。
「さあ、女神アルクスの元に集いし信者たちよ! すべてを壊せ! 焼き尽くせ!
そして愚かな
人を超えた者……
瞬間、信者たちが一斉に立ち上がり、己の武器を天にかかげた。
「「「オール・フォー・ジ・アルクス!」」」
数十名の信者たちが一斉に鬨の声を上げる。
その直後、彼ら全員が
「女神アルクスのために!!」
「愚かな
「月面の未来のために!!」
「アルクス教に栄光あれ!!」
そんな叫びを上げながら、1000メートルを超える摩天楼の頂から次々と飛び降りていく信者たち。
しかし、彼らは誰一人として恐怖の声を漏らすことはなかった。
もちろん、通常であればこれほどの高さの場所から飛び降り、地面に激突しようものならばただでは済まない。
だがしかし、彼らは《普通の人間》ではない。
月で生まれたがゆえに、その遺伝子を進化させて生まれてきた存在。
彼ら〝ネクサス〟は人を超えた力――《超常の能力》を持っていたのだ。
落下中の信者の一人が、地面に向けて右手をかざした。
すると彼の首からさげられた水晶のような宝石が、淡い赤色の輝きを放ち出す。
同時に彼の身体からも、オーラのように赤い光が溢れ出てきた。
その光は、彼らネクサスにしか見ることのできない《不可視のエネルギー》だ。
そしてそれは重力とは逆――物質と反発する《斥力》の性質を持つ光だった。
信者はその不可視の赤い光を操り、地面に向かって放出した。
すると光が持つ斥力によって、見る見るうちに落下の速度が減退していく。
そのまま、ほとんど重力が無くなってしまったかのような緩やかな速度で、信者の身体は地面に向かって行った。
同時に他の信者たちも、落下の速度を和らげるため《不可視のエネルギー》を次々に発し始める。
彼らの放つ光は、最初の信者と同じで赤色の者もいれば、青や緑、黄色、橙色、紫色など、個人によって異なる色をしていた。
それが、進化した人類である彼らの能力。
常人には見えない斥力のエネルギーを捉え、放ち、操ることができる力。
それこそが、彼らネクサスの持つ超常能力だった――。
やがて、一人目の信者がゆっくりと地面に着地を遂げた。
そこは夜のニューヨークの繁華街、大きな交差点のど真ん中だった。
ちょうど信号が切り替わるタイミングだったためか、信者の近くには車も歩行者も通って来てはいなかった。
だが、少し離れた歩道にいた通行人たちは、いきなり空から降ってきた謎の白装束の男に奇異の目を向けた。
「なんだぁ? 映画の撮影かぁ?」
「おい、こいつ今、空から降ってきたよな」
「やだ、何、あの格好……きもちわるーい」
そんな周囲の雑音など気にも留めず、信者は携えていた西洋風の
そのまま意識を集中させ、身体から赤色のオーラを発生させる。
そして、それを自身の持つ剣に纏わせた。
信者の剣が淡い赤色の輝きを帯びていく。
「お、おい、あいつなんか光ってないか……?」
「はぁ? 何、言ってんだよ。目でもおかしくなったか?」
「そんなことねぇよ。……あいつの身体の周りが、確かに赤く――」
通行人たちがそんなことを話していると、やがて交差点を通ろうとする車たちが次々と信者の方へ向かって行った。
「オラそこのお前! そんなところに突っ立ってんじゃねぇよ!」
一台のトラックの運転手がクラクションを鳴らしながら怒鳴りつけた。
同時に他の車たちも、通行の邪魔になっている信者を立ち退かせようと、次々にクラクションを鳴らし始めた。
しかし、けたたましく騒ぐ車両たちを眺めながら、信者はポツリと呟いた。
「
そしてそのままゆっくりと、淡い赤色に輝く
その瞬間――彼の描いた
剣に纏わせたエネルギーが、光の刃となって瞬く間に一台のトラックを通り抜けて行く。
「え……?」
そのトラックが、上下に真っ二つに両断された。
――先ほど信者に声をかけた、運転手の身体ごと。
起こった現実を理解できないでいる運転手は、ハンドルを握ったまま疑問の声を漏らし、下半身と別れを告げた。
まるで豆腐でも切ったかのように容易く両断されたトラックは、その数秒後、車両の上半分を重たい音と共に地面に滑り落とさせた。
同時に、その場の空気が凍り付く――。
周囲の人々はそこで起こった現実を理解できず、完全に沈黙してしまっている。
しかし、しばらくして、次の獲物を屠らんと信者が周りを見渡したその瞬間――。
人々が大きな悲鳴を上げて、一斉にその場から逃げ始めた。
哀れなその姿を目で追いながら、信者は無感情に再び剣を振り抜き、斬撃を飛ばした。
地球人たちの鮮血が、横断歩道に舞い散った。
同じころ――。
街の各地では数多の信者たちが一斉に地球人たちを襲い始めていた。
剣や刀に光を纏わせ、あらゆる物体を切り裂く者。
放った銃弾を光で操り、逃げまどう人々を撃ち抜く者。
大質量の物体を光の力で持ち上げ、すべての敵を押しつぶす者。
斥力のエネルギーを操り、信者たちは様々な方法で街を破壊し燃やし尽くし、数えきれないほどの命を奪っていった。
その光景を遥か高み――摩天楼の頂上から見下ろしながら、彼らを統べる黒衣の導師はニヤリとほくそ笑んだ。
眼下に広がる街並みが、その星のようなきらめきが、少しづつ少しづつ鮮血で染まっていく。
それをしばらく満足げに眺めたあと、再び天を仰ぎ見た導師は、ゆっくりと嘲笑うかのように呟いた。
「すべては、月面の未来と……女神アルクスのために……!」
目深に被ったフードの中で、導師の両の瞳はまるで月光のように
この日、彼ら《信者たち》が起こしたこのおぞましき事件は、長きに渡り秘匿されてきたネクサスの存在を世界中に知らしめ、地球人たちを恐怖に陥れた。
西暦2112年4月1日、世界の終りが始まった――。
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