2.想い、茜空に溶ける
放課後。
少女が生徒会室の扉を開けると、パーティークラッカーの弾ける音が数度鳴り響き、大量の紙ふぶきとテープがその身に降りかかった。
「マルカちゃあああん! 中等部卒業、おめでとうございまぁぁぁぁぁす!!」
「…………」
「……って、あれ?」
「…………けほっ……」
突然の出来事に、眼鏡をかけたおかっぱ頭の女子高生、
クラッカーから放たれた飾り類があまりにも多かったため、彼女の身体は半ば紙の山に埋まったような状態になってしまっている。
その足元に目を向けると、そこにはサッカーボールより少し大きいくらいのサイズの、うさぎ型をした謎のロボットが2体いた。
大きく開かれたその口の中には、円錐型のクラッカー発射口がついている。
どうやらこのロボットたちが、生徒会室に入ってきた美雪に紙ふぶきの嵐を浴びせかけたようだ。
「……
身体に積もった紙くずを払い、眼鏡を指でくいっと上げながら美雪は言った。
その口調には静かな怒りが込められている。
「なーんだ残念、美雪ちゃんでしたかぁ。てっきりマルカちゃんが来たかと思ったのに……」
少女はあっけらかんと言いながら唇を尖らせた。
彼女の名前は
ややウェーブのかかった亜麻色の長髪、ぱっちりとした大きな瞳が印象的な整った顔立ちは、まさに《いいところのお嬢様》といった風貌だ。
美雪と同じブレザータイプの高等部の制服を着ているにもかかわらず、その姿にはどこか気品すら感じられる。
そんな彩乃に対して、生徒会副会長――つまりは彼女の右腕である美雪は、子供を叱りつけるように声を荒げた。
「何が残念ですか! あーもうまったく。またこんなよく分からないロボットを作って……床が紙ふぶきだらけじゃないですか! というか誰が片づけるんですかこれ……」
瞬間、『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりに彩乃が笑みを浮かべた。
「ふっふっふ! そう思うでしょう? ところがどっこい、私が開発したこのパーティークラッカー発射ロボット〝賑やかしラビットくん1号・2号〟はなんと!
自動で紙ふぶきを回収して何度でも再利用してくれる優れものなのですっ!」
彩乃が言うや否や、うさぎ型ロボットたちは辺りを駆けまわり、お腹の部分についている吸引口から床に散らばったクラッカーの中身を吸い取ってしまった。
「その上、各種センサーによりこの部屋へ近づいてくる人影を探知して、自動的に扉の付近で待機、誰かが入ってきたら完璧なタイミングで愉快にクラッカーを鳴らしてくれます!
しかも見た目はマルカちゃんの大好きなうさぎ型!
これはもう喜ばれること間違いなし! マルカちゃんは私にメロメロです!!」
「……」
返す言葉が見つからず、頬をひきつらせながら呆れた表情をする美雪。
「あ、ちなみにこの子たち喋ります!」
『オメデトウ、マルカチャン』
『ヨカッタネ、マルカチャン』
「何ですかその無駄な高性能……」
ぴょんぴょん跳ねまわりながら声を発するロボットたちを見下ろしつつ、美雪は大きくため息をついた。
しばらくして――。
彩乃と美雪は会議用の長机に腰かけ、紅茶を飲みながらゆっくりと談笑する体勢に入っていた。
「はぁ、なるほど。中等部の時のバスケ部の後輩たちと、これから
そう言いながら美雪は辺りを見回す。
どうやら生徒会室の様子はいつもと違っているようだった。
会議用机の上には、ピザやらチキンやらケーキやらの豪華な料理が並べられ、壁や窓など室内のあらゆる場所が風船や折り紙によって色鮮やかに装飾されていた。
しかも、部屋の中央に置かれたホワイトボードには大きな文字で、
『マルカちゃん、中等部卒業おめでとう!!!』
と書かれていた。(よく見ると《マルカちゃん、》の横に、ごくごく小さな文字で『とその他バスケ部の野郎ども』とも書かれていた)
ちなみに彩乃は中等部の時に月面バスケ部の部長をやっていた関係で、その時の後輩たち(マネージャーのマルカを含む)と未だに仲良くしていた。
そんな事情から今回、中等部を卒業する彼らのために、彩乃はこの生徒会室を使ってパーティーを開くことにしたのだった。
「そうなんですよー。……って、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないですよ! もう……あらかじめ知っていたら残った仕事を昨日のうちに家に持って帰ったのに……」
「いやぁすみません……って、もうすぐ春休みなのにまだ仕事が残ってるんですかっ!?」
「何言ってんですか! 全然終わってないですよっ! どこかの会長さんがすぐにサボるせいでね!!」
「うっ!」
「……もう、会長ってば頭良いくせに肝心なところが抜けてるんですから。
この前だって〆切が迫ってた活動報告書のチェック、会長が『自分がやる』って言ってたから任せたのに結局忘れて……あれ全部、私がやったんですからねっ!!」
「あ、あは、あははー……まあ落ち着いて下さいよぅ美雪ちゃん」
「これが落ち着いていられますかっっっ!!」
「ひぇっ」
仁王像のように目を吊り上げて怒る美雪に、彩乃は小さく怯えたあと、申し訳なさそうに身を縮こまらせた。
「ううう、だってだって……今週は賑やかしラビットくんとマルカちゃんへのプレゼントの開発に時間を取られてたし……。
かと思ったら急に本社の
気づいたら生徒会の仕事を忘れちゃってたんですよぅ――!!」
彩乃はそう叫んだあと、わざとらしく『おーいおいおい』と言いながら机に顔を突っ伏して泣き喚いた。
幼いころから突出した頭脳を持っていた彩乃は、9歳になる頃には地球の名門大学を卒業するほどの天才少女だった。
しかも現在は、祖父の経営する一大企業〝七条カンパニー〟の重工業部門・特別顧問を任されており、高校生の身でありながら研究者としての仕事に追われる毎日を送っているのだ。
そんな複雑な事情を知っていた美雪は、少しきつく当たり過ぎてしまったかと罪悪感を覚え、慌てて彩乃を慰めた。
「……わかった、わかりましたよ! 会長がお忙しい方だということは重々承知しています。今回は私がちょっと強く言いすぎました。だからあんまり気を落とさないで下さ――」
「ですよねー! わたし! 頑張ってますもんねー!」
そう言いながら一瞬にして顔を上げた彩乃の目には、涙など一滴たりとも出てきてはいなかった。
美雪はがっくりとうなだれて、再びため息をついた。
ややあって――。
「そういえばそのマルカちゃんって子、高等部に上がったら生徒会に入るんですよね。どんな子なんです?」
ふと美雪が彩乃に問いかけた。
「ああ、そっか。美雪ちゃんは高校編入組だから、まだ会ったことなかったんでしたね、マルカちゃんに」
その話を始めた途端、彩乃の表情があからさまに輝き、にやにやと少し気持ち悪い笑みを浮かべ出した。
「ふふふーマルカちゃんはですねー、ロシア系の
元々、身寄りのない子だったんですけど、ちょっとした事情で中学入学のころにおじい様が引き取ることになって、それがきっかけでこの学園に入った子なんです!
優しいし気立ては良いし頭もいいし、それはもう、とってもとっても可愛い女の子なんですよー!」
「へぇ、それは楽しみですね」
「はい! 来年度からこの生徒会の大きな力になってくれること間違いなしです!
……あ、そうだ!」
とその時、彩乃が何かを思い出し机の下をごそごそと探り出した。
「美雪ちゃん、これ見て下さいよ――!」
「?」
「じゃじゃーん! これがそのマルカちゃんです! どうです? 可愛いでしょう!? 中等部の卒業祝いにマルカちゃんにプレゼントしようと思って、頑張って作ったんですよー!」
彩乃がプレゼント風の綺麗な包装から取り出した
「え、か、会長それ……なんですか?」
これ以上ないほど引き気味に問いかける美雪
「えへへーこれはですね、超高性能目覚ましロボット〝ささやきマルカちゃん〟です!
マルカちゃんの愛らしさを約18センチ、8分の1スケールのボディで完璧に再現しつつ、我が七条重工の技術の粋を集めて作った《完全二足歩行型ロボット》!
なんと! 朝になったら自動で枕元までやって来て、合成音声により再現したマルカちゃんの声で優しくささやいて起こしてくれるんですよ!?
そのボイスパターンはなんと! 実に2万通りです!!」
彩乃が机の上に立たせたそのフィギュアの電源を入れると、瞬く間にそれは本物の人間のように動き回り、可愛らしい声で喋り始めた。
『おはよう! マルカだよ! 起きて!』
『ねえ、もう朝だよ? 起きないと遅刻しちゃうよ?』
『ほーら、起きて! 早く起きないとイタズラしちゃうよ?』
「いやぁまさに天使ですよこれはぁぁぁ!!
こんな可愛いマルカちゃんに耳元でささやかれて起こされたらと思うともうっ!
うぉぉぉぉぉ! 愛してますよぉぉぉぉぉ! マルカちゃぁぁぁぁぁん!」
彩乃は鼻血を出しながら天に向かって叫びを上げた。
その姿を呆然と見つめていた美雪は、嫌な予感を抱えながら恐る恐るこう尋ねた。
「か、か、会長……こ……これを本人に……プレゼントするんですか……?」
不思議そうに首をひねる彩乃。
「もちろんそうですよ?」
「えっと……なぜ?」
「やだなぁ美雪ちゃん、決まってるじゃないですかー。
プレゼントというのは《自分がもらってうれしい物》を相手にあげるものだからですよぅ!」
「……そ、そうですか……」
どこの世界に、卒業祝いとして《メイド服を着た自分のフィギュア》を貰って喜ぶヤツがいるのだろう……。
このわけの分からないヲタク気質なところさえなければ、清楚で可憐なお嬢様って感じの憧れの先輩として見られるんだけどなぁ。
と、美雪は親しい先輩の残念さに頭を抱えた。
しばらくして――。
なおも《マルカちゃん》に対する愛を叫び続ける彩乃の姿に耐えられなくなった美雪は、半ば強引に話題を変えることにした。
「あ、そうだ会長ー! そういえばー! 中等部からの進学生でもう一人、生徒会にスカウトした子がいるって言ってましたよね! ほら、あのバスケ部の双子の兄弟で有名な、えっと
「ああ、ミコトさんのことですか?」
「そうそう、確かお兄さんの方でしたよね」
「ええ、そうですよ、生徒会に入るようお願いしました」
「うわ~! やっぱり会長、あの2人と知り合いなんですね~!」
「まあ中学時代は同じ部活でしたからねぇ」
「いや、あの2人って高等部でもすごい有名なんですよ! まったく同じ顔の双子ってだけでただでさえ目立つのに、2人とも月面バスケで全国区の実力でしょ?
この前の大会でも大活躍だったじゃないですか! その上どっちもイケメンだし、なんかファンクラブまであるらしいですよ?」
「ほほーう、それは初耳ですねぇ。ファンクラブとは生意気な」
その時、美雪が《つつつ》と彩乃の方に身を寄せて、いかにも悪そうな顔をしながら囁いた。
「……で、実際のところどうなんでしょうお代官様。
「ふふん、
「いえいえいえ、お代官様ほどでは――」
「おーっほっほっほ」
「うふふふふふふ!」
高笑いするお代官様・彩乃と、小物っぽく笑う越後屋・美雪。
しかし――。
「……無理だと思いますよ?」
「えーっ? 何でですかっ?」
美雪の抱いた淡い幻想を、彩乃はあっさりと打ち砕いた。
「それはですねぇ、あの兄弟は2人とも……ある女の子にぞっこんラブだからですよ」
きょとんと首をかしげる美雪。
「はぁー、ぞっこんですか」
「ええ、ぞっこんです」
じっと顔を見合わせる少女たち。
そのまましばらく沈黙が流れ――やがて2人は同時にぷっと吹き出した。
いつの間にか、空は物悲しげな茜色に染まっており、そろそろ本当に後輩たちがここへやってくる時間になってしまっていた。
やがて彩乃と美雪は、互いのやるべき作業に移って行った。
(そう――あの3人の間には、他の誰かが入り込む隙間なんてありはしないんですよ)
窓の外を眺めながら、彩乃は心の中でそう呟いたあと、少しだけ寂しそうにマルカのフィギュアを《つん》とつついた。
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