第2話:カルテNO2

「とっても気持ちがいい所で、何からも自由になれる気がして、あそこに行けば、他の人の声が聞こえるんです。一人じゃないんです。孤独じゃないんです。」

青井はため息をつくように言う。「その状態が良いものなら何故、此処に来たのか?」

「えぇっと。それは……。」女は口ごもる。

「それは、他の人の悪意のある声、苦しみなども聞こえるからか?」

「そうです。胸が裂けるように苦しくなるんです。そして逃げ出したい、逃れたいと同時に思うんです。」

青井は言う。「もうそこには行かない方がいい。ドラッグって知っているだろ?あれと同じような成分を嗅いだんだ。そして一時的な幻覚を見た。大丈夫、段々麻痺した神経は解き放されて行く。そんなに持続性はない。」

そうゆうと青井は、クライエントの体を三回叩き、手刀で何かを切った。 そして、彼女がドアを出るのを見送った。

パソコンでカルテの打ち込み作業をしていた山吹が話し掛ける。

「最近、アセッションがらみのクライエントさん多いですね。本格的に動き出しているのかも知れません。」

「ああ、あのエセ宗教は気に食わない。出会いを求めた男女の集いだと言って人を集めている。」

「あの人はまだ軽度だと言う事ですか?」

「そうさ、そうでなきゃ此処には来ないよ。」

山吹がキーボードを叩く、「アセッションコーポレーション。人材派遣会社と結婚紹介場を手掛けているみたいですね。」

「あこぎな商売さ、自分の所の派遣社員の給料を福利厚生だと行って結婚紹介場に注ぎ込ませている。」

「金づるですか?ひどいですね。」

「いいや、狙いはそうじゃない。精神支配だよ。奴らは超自我を使い、一体感を感じさせ、思考を植え付けている。」

「私達、心に関わる人間が一番やってはいけない事ですね。」

「そうさ。人には顕在意識、潜在意識と言う意識の上に超自我と言う意識がある。人類が共通で持っている意識だ。私達が治療を行う時もその超自我を介して行う。しかし、その人の意識の中には入らない。ただその人の超自我から本人が許可した情報を受け取るだけだ。しかし奴らは超自我を介して潜在意識に潜り込んでいる。」

「要注意と言う事ですね。」

「ああそうさ。悪い予感がする。」


「こんにちは」

「ああコダマちゃん。まだクライエントさん来ていないんだ。オレンジジュースでも飲む?それともアイスティー?」山吹はまどかに笑顔で、話し掛ける。

まどかは子供に見られたく無くて、オレンジジュースではなく、アイスティーを選んだ。

五分ぐらいしてから、二十代前半の女性と三十代後半の男性がやってきた。

まどかは山吹の助手として診察室に入る。

どうやら女の人の方が患者さんらしい。

胸が苦しくなると言うのが主訴で他の病院でみて貰って異常が無かったので、心の病気として、四つ葉クリニックを紹介されたらしい。紹介状にはパニック障の疑いありと書かれていた。

男の人が事細かに女の人の病状を話す。「会社でいきなり苦しくなって、救急車で運ばれたんですよ。それでも異常が無くて此処を紹介して貰ったんですよ。僕は彼女の為ならなんでもやってあげたいと思っているんです。二人で一人みたいなものですからね。」

男ばかりが話をする。女の人はただうなずくか、上の空のようだった。

山吹が「診察をするので、付き添いの人はご退出お願いします。」と行った。

男は「僕にも聞く権利があります。」と言って引き下がらない。

見るに見兼ねた、青井が男を他の部屋に連れていく。

それを確認してから、「カウンセリングを始めますね。」と山吹は言った。

「あなたの胸の痛みは心臓の病気でもパニック障でもなく、共依存によるものです。最近、自分で考える事を放棄していませんか?彼がいないと自分は何も出来ないと思ってはいませんか?」

女の人は答える。「私は昔からどんくさくて、彼がいないと何も出来ないから。」

山吹は「それは思い込みです。あなたにはちゃんとやりとげる力があります、無力ではありません。自信を取り戻したいとは思いませんか?」女の人は「出来たらしたいです。」と答えた。「今から自信を取り戻す治療を行います。」と言ってまどかに合図した。

まどかはゆっくりと自分を意識の海の中に沈める。潜るのではなく、沈むのだ。浮力など始めから存在しなかったかのように、まどかの身体は、物凄いスピードで沈んでいく。でも怖くはない。逆に懐かしさや、安心感を感じる事が出来る。

海底の砂の上に身体がふんわりと着く、そしてただひたすらドアに向かって歩く。葡萄のステンドグラスがハマったドアがそこにはあった。

砂の中にぽつりとあるドア。とてもシュールだ。場違いな装飾性の高いドアを開ける。

そこには胸に楔が刺さった女の人がいた。彼女は狭い部屋に鎖で繋がれ、足には足枷がついていた。 だが鎖にも足枷には鍵がついていない。

まどかは聞く、「どうしてここから逃げないの?鍵はかかってないから、すぐ逃げれるのに。」

彼女は言う。「無駄なの逃げてもまたここに連れ戻される。それに外に出るのは怖いの。ここは安全よ。逃げだそうとしなければ、安全なの。」

まどかは言う。「本当にそう?本当?なんでそしたら胸から血を流しているの?」

「わからない。わからない。あの人はそれが愛だって言うの。二人が一つになるためには必要だって。」

まどかは言う。「そんなの愛じゃないわ。嫉妬と独占欲だけで、愛じゃない。あなたは愛されていないのよ。もしも愛しているのなら、私だったら愛する人にこんなつらい仕打ちはしないわ。」

女の人はうなだれながら、「そうかもね。この痛みが愛されている印だと思ってた。でも違うよね。そんなのおかしいよね。」

「うん。おかしい。私と一緒に逃げよう。偽りの世界から。」

そうゆうと、女の人の鎖と足枷を外して、楔を抜こうとする。

楔には、「恋人同士は一つにならないといけない」と書かれた紙がついていた。

それをおもいっきり破き、燃やした。

そして楔を抜く。そこにはぽっかり穴が開いていた。その穴にいろんなものが入り込もうとするのを防ぎながら穴を埋めた。そして女の人と海岸線の向こう側へと走った。

男が怒鳴る声が遠くから聞こえたが、二人は振り返らなかった、そして地平線まで来たとき女の人は消えた。

まどかはそのまま空に浮かぶ。いいや、そらの様な海に。そして少しずつ上がっていく。

目が覚めた時、青井と山吹がいた。

女の人は男と別れたらしい。「自分らしくいられる様になったら、また恋をします。」とまどかに伝えてくださいとのことだった。

男の方は酷い有様で、当分通院しなければいけないらしい。


まどかが帰った後、山吹は青井に聞く、「さっきの二人の出会いは、婚活パーティーだったみたいですね。アセッションとの関わりが無いといいのだけれど。」

青井は言う。「残念だが大ありだ。女の保険証に書いてあった会社名にアセッション株式会社って書いてあった。」

山吹は夏なのに熱い紅茶をそそりながら、「長い戦いになるかも知れませんね。」と言った。

青井は「まあな」と答えた。


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