ジャパリバスが動かなくなったわけ

空伏空人

ミナミコアリクイとアクシスジカ

 動物の声が聞こえます。

 たくさんの声です。

 鳴き声ではありません。

「わーい!」「すごーい!」「たーのしー!」「まてー!」「まてー!」

 まるで人の女の子のような声です。

 ここは『じゃんぐるちほー』。ジャパリパークに幾つかある、ちほーの一つです。

 ちほーは気候によって分類されていて、『じゃんぐるちほー』は熱帯雨林気候になっています。動物の数も、とっても多いです。

 それだけ、フレンズたちもたくさん住んでいます。

 フレンズ、もしくはアニマルガール。どちらで呼んでもかまいません。

 サンドスターという、不思議なエネルギー体によって姿が人みたいになってしまった動物たちのことです。

 ジャパリパークは現在、人の姿を見ることはありません。

 みんなどこに行ってしまったのでしょうか。

 しかし、そんなことはフレンズたちには関係のないことなのでしょうか。彼らはいつも通り、自由に生活しています。

 じゃんぐるちほーは、そんなフレンズたちの声で、いつも騒がしいちほーです。

「な、なんだよぅ。驚かせるなよぉ!」

 そんなじゃんぐるちほーの騒がしさの中で、一段と大きな声が聞こえました。

 声の主は仁王立ちしています。

 両手を横に広げて、足を肩幅ぐらいまで広げています。

 元々、二本足で歩く動物ではありませんでしたから、その体勢を保つために、太い尻尾を地面にぺたん。とつけています。

 ミナミコアリクイです。

 哺乳網有毛目オオアリクイ科コアリクイ属。

 体毛は白色に土をパラパラとまぶしたみたいな色合いをしていて、肩から尾の付け根にかけては真っ黒です。それはまるで、真っ黒のベストを着ているようにも見えます。

 だからフレンズの彼女も、そんな感じの服を着ています。胸元にはふりふりとしたレースがあしらわれていて、首には白いリボンをつけています。

 彼女は仁王立ちをやめようとはしません。

 それは彼女の威嚇のポーズです。

 こうすることによって、少しでも体を大きく見せて、自分に襲いかからない方が身のためだぞ。と体で物語っているのです。

 しかし、動物の時期ならまだしも、人間の女の子の姿になっているいまでは、威嚇というよりは通せんぼのようです。

 じとぉ。とした目で、相手を睨んでいます。頬には少し冷や汗が流れています。

「別に、なにもしてないじゃあないか。私は」

 ミナミコアリクイの目の前にいるフレンズは、そう呆れたように言いました。

 赤色の土の前で座っていて、土をペロペロと舐めています。

 彼女はアクシスジカ。

 哺乳網クジラ偶蹄目シカ科アクシスジカ属。

 背中の白い斑点が特徴的で、角は多くの場合三つに分かれています。

 その特徴的な白い斑点は、スカートの模様になっています。

 肌は少し焼けています。髪の色は舐めている土の色にそっくりです。

 手には、自分の角にそっくりな小さな杖を持っています。

 ミナミコアリクイと違って、自信満々な表情をしている彼女は、その杖をミナミコアリクイに向けました。ミナミコアリクイは威嚇のポーズをしたまま、びくりと体を震わせます。

「私は無用な争いは好まない。でも、必要とあらばお相手するよ。角の突きあいでもするかい?」

「わ、私には角はないぞぉ!」

「確かにそうだ。お前には角はない。じゃあ、なにで勝負するかい?」

「ポ」

「ポ?」

「ポーズ、勝負ぅ」

「……くく、くくくく」

 アクシスジカは肩を震わせるようにして笑いました。ミナミコアリクイは訳も分からず、もう一度主張するようにぐっとポージングしました。それがまた面白かったようで、アクシスジカは声をあげて笑いました。

「あはははははははは。いや、いやゴメンよ。おかしくてね。ポーズ勝負なら、お前の方が勝てそうだ。やめとくよ」

「むぅ……」

 なんだかちょっと小馬鹿にされたような気もしましたが、ミナミコアリクイは仁王立ちをやめました。じとぉ。と彼女はアクシスジカを睨みます。

「それで、どうして急にお前は私に威嚇なんてしてきたんだ?」

「つ、土を舐めてるからぁ。驚いたんだよぅ」

 ミナミコアリクイは赤色の土を指さしました。アクシスジカは「ああ」と頷きます。

「この土は健康にいいんだって。塩……ってやつがなんか」

「へぇ」

「お前も舐めてみる?」

「遠慮しておくぅ」

「そうか」

 アクシスジカは、特に気にする様子もなくまたペロペロと赤色の土を舐めはじめました。ミナミコアリクイはじとぉ。とした目でそれを眺めています。

 アクシスジカは困ったような表情を、ミナミコアリクイに向けました。

「見られていると、少し舐めづらいかな」

「ごめん……」

「そんなに珍しいかな」

「土を舐めるのはぁ、初めて見た。美味しいの?」

「しょっぱいかなあ。でも、美味しいよ」

「じゃぱりまんより?」

 じゃぱりまんというのはじゃぱりまんです。

 それ以上でも以下でもありません。

 どんなフレンズでも食べることができるとても美味しい食べ物です。

 アクシスジカは眉をひそめて腕を組むと、うーん。と声をあげます。

「それは、なんていうか。難しい質問だね。どっちが美味しいか。うーん、うーん」

 どうやら甲乙つけ難いぐらい美味しいみたいです。

 ミナミコアリクイもちょっと舐めてみたくなりましたが、結局舐めませんでした。

「ところで」

 腕を組んでうんうん悩みの声を上げていたアクシスジカはそこで顔をあげて小首を傾げました。

「お前、誰だ?」

「ん?」

 そういえば。

 二人は自己紹介というものをしていないのでした。


***


「私はアクシスジカ。チタールって呼んでよ」

「チタール?」

「そう、呼ばれていた気がするんだ」

「ふうん……」

「お前は?」

「ミナミコアリクイ。コアリって呼んで、いいよぅ」

「アリなんだ」

「アリクイ」

「アリを食べるの?」

「美味しいよぉ。食べるぅ?」

「今日は遠慮しておく」

 それで。とアクシスジカ――チタールは言います。

 チタール。という名前はベンガル地方の言葉で「斑点がある」という意味です。

 どこかで誰かが、彼女にその名前を教えたのかもしれません。

「お前は……コアリは、なにに驚いていたんだい?」

「チタールが土を舐めてたからぁ」

「違う違う」

 チタールは顔の前で手を横に振りました。

 違う、とはどういうことでしょうか。コアリは首を傾げます。

「私のところに来る前も、こう、ポーズを取りながら走ってきていただろう?」

 そうなのです。

 コアリはとある物に驚いて、威嚇のポーズを取りながら走って逃げてきたところで、赤土をペロペロ舐めているチタールに出くわして、また驚いて威嚇のポーズを取っていたのです。忙しい女の子です。

「あ。あぁ……」

 そのことを思いだしたコアリはぽん。と手を叩きます。

「なにに驚いていたんだ? コアリ」

「……分からないぃ」

「分からない?」

「見たことないからぁ、驚いたんだぁ」

「へえ」

 チタールは赤土を舐めるのをやめて、コアリと向き合うとにこりと笑いました。

「私も見てみたいな。そこに連れて行ってよ」


***


 茂みを越えて。

「わーい。たーのしー!」

「あっちまで渡ればいいんだね」

「お願いしますぅ」

「あれ。さっきも載せなかったっけ。あんた。こう、仁王立ちしたまま」

「くっくく……」

「むぅ!」

 コツメカワウソが滑り台で遊んでいる川を、ジャガーの船で渡り、更にその先に、コアリが驚いたものがありました。

「これが、それ?」

「そう」

 チタールが角の杖で指しながら尋ねると、コアリは頷きます。

 そこにあったのは、二人の背丈よりも大きな黄色い岩でした。

 真ん中に穴が空いていて、中身はありません。触ってみると、不思議な感触がします。

「不思議な岩だねえ」

 チタールは鼻をひくひくと動かしながら、おもむろにぺろり、とその黄色い岩を舐めました。すぐに、顔をしかめます。

「まずい……」

「なんで舐めたのぉ?」

「美味しいかなって」

 ぺっぺっと、チタールは舌をだしながら、言います。

 涙目で、それを見上げます。

「確かにこれは、見たことないね」

「でしょぅ……?」

 二人は黄色い岩を眺めながら、なんだろう。なんだろう。と調べて回っています。

 それは、バスの運転席でした。

 ジャパリバスという、広い広いジャパリパークを移動するためにあったバスです。本来なら、後ろにお客さんを乗せる場所があるのですが、どこかに行ってしまったみたいです。

 しかしそれは、フレンズの二人にはさっぱり分からないことです。動物であった頃には、もしかしたら何度か見かけたことがあるかもしれませんが、そこまで気にはなってなかったのかもしれません。

 チタールは運転席に潜り込みました。

 運転席の中にはハンドルと席があります。

「ここ、少し柔らかい」

「本当だぁ。変なのぉ」

「これはなんだろう」

「これってぇ?」

 チタールが足元にあったでっぱりを踏みました。

 それは、アクセルでした。

 まだ、電池は残っていたようですね。運転席は少し動きました。

「うわぁ!」

「ひゃあ!!」

 二人は驚いて声を荒げます。急に動いたものですから、バランスを崩して、チタールは頭をハンドルにぶつけました。

 ハンドルの真ん中にはクラクションのボタンがあります。

 大きな音が鳴り響きました。

「わあ! すごい声!!」

「ごめんなさぁいぃぃ!!」

 二人は驚いて逃げ出していきました。その時の二人は両手をあげた威嚇のポーズを取っていました。

 二人がいなくなり、運転席はぷっすん。と、最後の音を漏らしました。

 少しの間、静かになります。

 ガサガサと茂みが動き、また少し騒がしくなりました。

「あ、あったあった。これとかそうじゃあない?」

 ジャガーです。その後ろにはコツメカワウソとサーバルキャット。それと、おや、帽子をかぶり、カバンを背負った――がいますね。

 そんな四人の足元を抜けるようにして、青色のロボットがテクテクと歩いて出てきました。

《ヤッタ、コレダヨ。コレダヨ。》

「ああ、良かったあ」

「あははー、おもしろいかたちー」

「なるほどぉ。こんなのなんかぁ」

「これがさっきのにくっつくんだね」

「でも……これ、どうやって向こう岸に運ぼう……」

 どうやら彼らは運転席を探していたようです。

 しかし、残念なことにこの運転席はさっきチタールとコアリが動かしたのが最後で、もう動きません。

 これから、電池の充電もしないといけないとなると、大変ですね。

 チタールとコアリはそんなことも露知らず、逃げた先で、おかしそうに笑っていました。

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