第3話 『なにもかも極限値』
「冒険者カード?」
ギルドの二階に続く木製の階段を上りながら悟は尋ねた。
「はい。 冒険者も職業ですから、ちゃんと其々専用のカードを作ります。因みにですが、カードを作らないと報酬も貰えませんよ?」
「“物”なのに冒険者?」
「はい。“物”でも冒険者です」
徹底して“物”扱いしてくるカナリアに、しかし侮蔑の意は感じられない。
『お前が “物” であることに違いは無いが、パーティメンバーとして扱ってやる』そう言われている気がした。
『お前が “引きニート” であることに違いは無いが、家族として扱ってやる』
おんなじ気がした。
自覚しているのか否か、心の傷を抉られた気がした悟はカナリアにジト目を向ける。
「なんですか? そんなに見つめられると妊娠してしまいます」
「いや、しねぇよ!!」
悟はこのカナリアという人物を掴めないでいた。
ボッチ街道を歩みだしてからというもの、周囲の人間をずっと観察し続けてきた悟。
彼曰く、彼の瞳は相手の性格を瞬時に読み取るーー自称『悟る瞳』(リアライズアイ)である。
「ふんっ、この真眼をもってしても未だ底が見えないとはな……」
「はやくしてください」
「あ、すみません」
悟は窓口のお姉さんに先程書かされた登録証を提示する。
クエスト依頼兼冒険者カード発行を行う窓口ということもあって、周囲は冒険者で溢れている。冒険者が酒場のような所に集まっていると、それなりの雰囲気が出るものだ。
「はい! カワナ サトルさんですね」
「あ、はい」
(カナリアに名乗った時もだけど、苗字+名前で発音すると若干イントネーションが違う気がする……)
「それでは、この水晶に両手をかざしてもらえますか?」
「……はぁ」
「どうかしましたか?」
「い、いえなんでも……」
差し出された水晶は優しいラベンダー色で、ほのかに透き通っていた。占いとかで使われる水晶まんまなその姿に、しかし悟は信用できない。
( “奴” (やつ)と似ている……)
……あれはまだピュアだった14歳の春、ぼっち歴3ヶ月といったところか。正月にお年玉を貰った悟は、『持っていれば友達ができる!』と書かれた “パワーストーン” を全額投資してAmazoonで購入していた。
その日から悟はそのパワーストーンをポケットに入れて毎日登校してい
たという訳だ。
……さあ、果たしてそのパワーストーンの効力やいかに!?
ーー結果は言わなくていいよね?
「す、ステータスランクAll S!?」
「は?」
思い出に浸って目が死んでしまうという珍妙な事態に陥っていた悟は、ハッと我にかえる。
気づくと今しがた大声を出した窓口のお姉さんは、「しまった」と両手で口を覆い隠していた。どうやら窓口役としては、他人のステータスを口に出すのはタブーらしい。
因みにステータスとはRPGにとってはお決まりで、それぞれHP(体力)、MP(魔力)、ATK(攻撃力)、DF(守備力)etcといったように、いくつかの身体的能力が数値化したものである。
(オールSってめっちゃ強そうだけど、そんな都合の良いことある訳ないよな……)
と、平静を装った振りをしてはいるが悟の心臓はドクドクと興奮状態を示している。
実際、窓口のお姉さんがオールS!? と驚いた時の周囲の冒険者の食いつきっぷりは相当なものだった。
(一応、一応な? だってすごいかも知んないじゃん? いやそんな事ないことは分かってるんだけどさ、やっぱ自分の事は分かっとかないといけない訳で……)
と、誰に言ってるのか分からない言い訳を並べる悟。
「あの、それって凄いんですか?」
悟の問いかけに窓口のお姉さんは周囲に聞こえないように声をひそめる。
「凄いなんてもんじゃないですよ。通常ステータスランクは文字通りF~Sまでランクづけられていて、それはレベルに応じたステータスの伸び代を表しています。一つでもSランクがあれば、他のパーティに引っ張りだこなのに……」
「ふーん。へぇ?、そうなんですか(キタコレ、ktkr!!)」
アラ○ちゃんのようにキーーンと野原を駆け回りたくなった。つか、俺のパンチで地球割れんじゃね?( ^ω^ )
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※※ ※ ※ ※ ※ ※※
「あ、サトル。どうやら無事にカードを作ってきたみたいですね」
ロビーを抜けたところでベンチに腰掛けていたカナリアが声をかける。その隣で小さい緑髪の女の子が眠っている気がするが、とりあえずそれは後回しにする。今、聞き捨てならない事があったからだ。
「“無事に”ってなんか危ないことでもあんのか?」
「そうですね、冒険者の適性が余りに低いと稀に身体が弾け飛んだりします」
「俺今何気に死線くぐってきたの!?」
カナリアが告げた内容に軽くショックを受ける悟。
「あと、ここにくるまでに他の冒険者に新人潰しとして撲殺されたりしますね」
「生々しいなっ!?」
あまりに殺伐とした世界背景に、悟はこの世界に造り替えた “神” が無茶苦茶な事を改めて実感し
「まぁ、全部嘘ですけど」
「お前が無茶苦茶だよっ!」
思考を180度変更してツッコミをいれる悟だったが、ズズッと紅茶のような飲み物をすするカナリアは完全にスルー。
(なんなのこいつ? 暇なの?)
……CATのメンバーとして登録をした瞬間から彼女の悟に対する態度はあからさまに変わっていた。
そんなカナリアに少しイラッときた悟は、すまし顔でピラピラと冒険者カードで自分を仰ぎ始める。
「あ、忘れていました。サトルの冒険者カードを見せて下さい」
(キタキタキタキタ!! この女をギャフンと言わせてやるぜ!)
ーーはやる気持ちを抑えながら悟は敢えて道化を演じる。
「え、何 みたいの? うーん俺みたいな平々凡々な奴のカードなんて見ても何にもならないと思うんだけどなぁ?」
「サトルは見るからに弱そうですし、別に最初からステータスには期待してませんよ? いいから見せて下さい」
「……ですよね、やっぱり俺みたいな奴じゃ、カナリア様を満足させられないよなぁ」
ーー今度は大袈裟に落ち込むフリを入れる悟。
(これで下準備は完全に整った!!)
罵倒されれば罵倒される程に悟は口元のニヤケを抑えるのに精一杯になりながらカードをカナリアに渡す。
(さぁ!! その自慢の尻尾逆立てて100点満点のリアクションを見せてくれや!)
「……」
カードを見たカナリアは黙り込む。
「いやぁ大したことない、見るからに弱そうなわたくしめでごめんなさいねぇ?」
(ーー気ん持ちいいいいい!!)
想像したリアクションとは違ったが、おそらく今カナリアの心中は穏やかじゃないだろう。
おどけた調子で、カナリアを皮肉りドヤ顔を決める悟。
「……」
「あら、カナリアさん? どうしちゃいましたかぁ!? そんなに黙ってしまってぇ!?」
何に勝ったのかは分からないが完全に勝利を確信した悟は調子に乗りまくる。
会って間もない人間にこうも罵倒されたのは初めてだ。これからパーティを組むとした時、カナリアが上に立つヒエラルキーが逆転するのをイメージしていると、
「……かわいそう」
「ーーへ?」
やっと口を開いたカナリアはしかし、悟の予想していた言葉とは真反対の言葉を告げる。
「ちょ、ちょっとカナリアさーん? ちゃんと見ました俺のステータス?」
「はぁ、貴方こそちゃんと “ここ” 見ましたか?」
呆れと憂いを帯びた表情のカナリアがとある項目を指差す。
ーー“それ” を見た瞬間悟は固まった。
【カワナ・サトル level1 次のレベルまで……】
【 経験値∞ 】
「一生level上がらないなぁ!?」
(伸び代もクソもねぇじゃねえか)
悟の絶叫が響いた。
つか、地球殴ったら俺の拳が割れんじゃね?( ; ; )
ーー当たり前だった。
RPGにハマった神様が無茶苦茶すぎる件について @banjou-shintarou1
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