第2話 『異世界じゃな異世界』

「まぶしい……」


 久し振りに出た外は快晴で、引き篭もりだった悟には少々思うところがあったが、それでも外に出ない訳には行かなかった。


 ーーなにせあの“メール”の内容を確認しなくてはならなかったから……


 パジャマのポケットから落ちたそれは、まるでP〇Pのような携帯型の端末だった。「なんだこれは」と開いてみると、1件のメールが受信されていたのだ。


『やっほー(^O^)

えー川奈 悟 くんだよね? 君が送ってくれたゲームっていうの?

無茶苦茶面白かったんで、この世界ごとゲームっぽく改造してみました( ^ω^ )てへぺろ! ほら、君の願いともマッチしてて最高だよね(*´∀`*)

                  神より (*゚▽゚*)』


ーー(・ω・`)


 往来を歩く人々は皆RPGの様な服装。店の出で立ちもさる事ながら、通過が『円(えん)』ではなく『G(ゴールド)』だったりする。といっても文字は概ね日本語で書かれいるようだ。


「こういうRPG系のゲームはテキスト必須だからなあ」


 と、黒白のギンガムチェックのパジャマズボンの上に、まるで聖職者の様な黒服を纏うという異様な出で立ちをしている悟は分析する。


 何故そんな服装をしているのかといえば、実は悟が地下だと思っていた部屋は階段の扉を開けると 、“今は使われていない教会” に繋がっていたのだ。

 流石にパジャマ一丁で外に出るのに気が引けた悟は、黒服を少し拝借しているという次第。


「異世界ファンタジーものに有りそうな中世風の文明、往来を武装したりローブを着たりしながら普通に歩く奴ら、俺の格好に何ら反応を見せない……」


「サトルはさっきから何をブツブツと言ってるんですか?」


(ーー極め付けはこいつか……)


「あ。えーと、カナリア……さんは本当に人間じゃないんですよね?」


「はい。何度も言いますが私は獣種(ベスティア)です。まぁ、正確には人間であって人間でないという感じですね」


「それはどういう?」


「まぁ、殆ど人間と同じですから “私は” 」


 そう。カナリアと名乗った少女は人間とは違った“種族”であった。


 腰まで伸びた美しい白金髪は前髪部分で綺麗に切り揃えられており、瞳は淡いエメラルドグリーンに輝くている。オマケに顔も整っているとくればまず間違いなく往来で飢えた男達に声掛けられそうだろう。しかし問題はそこではない。さっきからヒラヒラと動く“尻尾”と“猫耳”に、悟は違和感を禁じ得なかった。


「獣種の人達はみ、皆カナリアさんみたいに、その、動物の耳とか尻尾とかあるんですか?」


「はい。獣種は皆基本的には獣の耳や尻尾はあるものですよ? 幼い頃は無かったりする子も居るんですが次第に生えてきます」


「へ、へぇ」


「ふふふ、気になります?」


「い、いやそんなことは……」


と言いつつ気になりまくっている悟。


 カナリアが歩く度に彼女の尻尾は本物ですよーと自己主張するように揺れていて、思わず悟はそれを目で追いかけていた。

 ……どういった原理で動いているか分からないが、確かにそれらに作り物感はない。


 実は重度のコスプレイヤーでしたというオチは、どうやら無いらしい。


(ーーこれは確定でいいだろう)


 “あのメール、そしてサイト”は本物だったということだ。

 つまり、神様は存在する。さらに言えば、これは単なる異世界召喚ではない。あの気の抜けたような文面に惑わされてはいけないのだ。


『この世界ごとゲームっぽく作り直してみました』という一文がどれだけの意味を持っているか?

 ーーそう。『ここは異世界ではない』ということだ。


(ーーなら今まで普通に生活していた人達はどうなった?)


 万物を支配するという神にとって一生命とはどういった意味を持つのだろうか?

 もし神にとって命は観測して楽しむ為のいわゆる“娯楽”であったとしたら、ハマってしまったというゲームもまた同価値の“娯楽”。

 再構成された世界、幾億の命の消失と誕生。まさしくこれを天災と呼ぶのだろうか。


(そしてその天災を引き起こした要因の一つは俺自身!?!?)


「ていうか生まれ変われせてくれってそういう意味じゃねーー!!」


「おい兄ちゃん、叫んでねぇでさっさと登録済ませてくれや」


 黒いタンクトップにはち切れんばかりの筋肉。禿げるべくして禿げたのかと思うほどに、輝く頭さえもファッションの一部のように扱う強面のおっさん。左目の傷がスパイスの様により一層人相を悪くしている。


(こ、怖えぇ!!)


 そんなゴリゴリのおっさんが眉をしかめて催促してくるものだから、悟は従う他ない。


 ……カナリアに連れられてやって来たのはこの【冒険者専用ギルド】だった。ここで冒険者としての登録を行って、依頼をこなしたり何か業績を上げると金が入ってくるらしい。

 冒険者になる為の資格などはなく、誰もがなれる職業ということで、無一文だった悟は飛びつくしかなかったのだ。


 おっさんに差し出された紙には『冒険者登録証』と書かれていて、その下に諸々の項目があった。


『冒険者は掲示板に貼られたクエストを受注し、達成すると報酬が与えられる』


『冒険者は一定の人数により“パーティ”を組んで共に活動する。構成人数は1人以上。つまり、1人居ればパーティとして認知される』


 と、ここまでは定番の良くある設定。


 しかし登録証に書かれた冒険者の基本要項欄には幾つか気になる点があった。


『モンスターを倒して得られたクリスタルは必ずギルドにて換金する』


(モンスターを倒すとクリスタルを落とす、そのクリスタルを換金して生活の糧とするのは分かったが、“必ず”ってなんだ?)


『ステータスにより受けられるクエストは分けられている』


 ステータスの存在ーーやはりRPGといえばこのレベリングやらステータスやらは必須といえよう。


 そして、


『パーティ管理者は貴族に限られる』


 パーティには管理者がいて、それは貴族である必要があるという、階級

社会を匂わせる記述。


(……待てよ、これがもし守られているのなら“俺の管理者”は誰だ?)


 悟が一通り読んでサインしたのを確認した後、急に「書けましたか?」と、カナリアがずいっと顔を寄せてくる。

 予想外に良い匂いが鼻孔をくすぐってドギマギする悟であったが、聞かねばならないことが一つ。


「すいません、冒険者になるのは自由って聞きましたが管理者が貴族の方に限られるというのは……」


 目の前のおっさんに話を聴くのは少し怖かったのでカナリアに目配せする悟。


「あ、それでしたら心配しなくても大丈夫ですよ?」


「え?」


 とても嬉しそうに笑うカナリアが見せて来たのは、

『CAT(カナリア様愛してるマジ天使)』という思わず頭が痛くなるようなパーティ名と、


 ーー構成員 カワナ サトル 種族(物)


「ってなんでやねん!」


 チーム名もツッコミどころ満載なのだが、それよりも勝手にパーティに加えられてたことと、種族(物)のインパクトがでかすぎる。


「パンパカパーン! おめでとうございまーす! 貴方は我がパーティ CAT(カナリア様愛してるマジ天使) の第一メンバー当確でございまーす!」


 ツッコミを完全にスルーし、ぱちぱちぱちと拍手するカナリアに対して、流石に腹が立った悟は激昂。


「チーム名、メンバー云々も突っ込みどころ満載なんだが、まず種族が

物ってなんなんだよ物って!」


「はい? だって貴方は我がパーティの設立祝いとして “贈られてきた

物” なのでしょう?」


 さも当然と言わんばかりに意味不明な言い分で悟を物呼ばわりするカナリア。

「異議ありっ!」と逆◯裁判並みの抗議をしようと悟が手を挙げると、

「とにかく」っとカナリアは人差し指を悟の口に当てて塞ぐ。


「もし貴方が我がパーティに入って頂けないのでしたら、今朝のセクハラを訴えてしまうかもしれません」


「えぇ……」


(こいつ無茶苦茶じゃねぇか!! ヤケに初対面の俺に優しくしてくれるなぁと思ってたらそういうことかよ! ……タチの悪い宗教の勧誘と同じだぞこいつ)


 とはいえ、此処でカナリアに訴えられてしまえばまともな生活は送れなくなる、どころかいきなり人生のバッドエンドを迎えるもしれない。


(ーー何故ならおそらくパーティ管理者であるカナリアは貴族

だから……)


 時代背景が中世で階級社会であり、あのフザケタ神の作った世界なら些細なセクハラ行為も最悪斬首を覚悟しなければならないかもしれない。


 ニコッと悟にビンタをかました時と同じ笑顔を見せるカナリアに、恐怖を感じた悟は泣く泣く了承する。


 (こいつ悪魔だ)


「ほらよっと。この後の事は全部二階でやれっからよ」


 おっさんのデカすぎる手に反して、小さい判子が押された。


「あんた(おっさん)が冒険者しろよ……」


 かくして、俺たちCAT(カナリア様愛してるマジ天使)の活動は幕を開けたのだった。



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