無邪気なあなたに恋をした

夜明 旭

短編集 1の本

私のバイト先は駅チカの居酒屋。今日は夕方までのシフトに入った。憧れの先輩と帰るために。

「美桜ちゃん、遅いから送って行くね」

「櫻井先輩、いつもいつも良いんですかぁ。彼女さんに怒られても知りませんよ」

従業員用の出入口から出ると、先輩は気まずそうに言った。

「あー…美桜ちゃんにだけだよ。実は一昨日彼女と別れたんだ」

「えっなんで」

「それは、秘密だよ」

先輩は悲しそうに笑うと自分の首にかけていたマフラーを私にかけてくれた。

「まぁそんなことより、はい。風邪引いちゃうよ」

「そんなことしてるからフラれちゃったんですよ」

「美桜ちゃんは辛口だなー」

からりと笑っているが元気がないのはわかる。先輩は本当に彼女さんと仲が良かったみたいだし、話にも聞いていた。彼女さんがいると分かっていて、密かに想いを寄せていたのだから…。

「先輩、これあげます」

いつも道路側を歩いてくれる先輩に向かって自分で包んだ箱のチョコを渡す。先輩はイマイチ分かってないのか「これは?」なんて言わんばかりの顔で箱を見ている。

「今日なんの日か知らないんですか……」

「え、いや…バレンタインデーだよね……美桜ちゃんから貰えるとは思わなくて」

あぁ、ほんとこの人は……。この抜けたところが好きでもあるのだからどうしようもない。近づいてしまった駅の改札の手前で止まる。

「先輩、好きです」

「尊敬愛かな…」

その寝ぼけた発言に仕返しがしたくて定期で改札の中へ入る。

「恋愛で、ですよ。返事はお返しと一緒に返してくださいね」

これ以上は恥ずかしくて一緒にいられない。言い逃げのように去ろうと駆け足でホームに向かおうとすると、後ろから呼ばれた。

「美桜っ」

「!!??」

初めて呼び捨てにされて思わず本当に先輩か確認して振り返る。

「先輩!?」

見ると、改札の横を飛び越えて駆け寄ってくる。

「え、先輩!?かかか改札は!?」

「そのマフラー本当は新品なんだ、それがお返し」

ふとそういえばいつものマフラーとは違っているなと思っていた。勝手に彼女さんからの贈り物だと思っていた。

「だから、さっきの返事今返すよ。俺も好きです、付き合ってください」

満面の笑みでそう告げる先輩に目立ちすぎて恥ずかしくなって叫んだ。

「そ、即答しないでください!」

このあと駅員の人に怒られた後、良いもの見せてもらったとニヤニヤされたのは言うまでもない話である。

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無邪気なあなたに恋をした 夜明 旭 @yak-ash2789

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