二又猫

エピローグ 一別 いちべつ


「……」


 笑い声が聞こえる『古風な家』を俺は、何も言わず外から眺めていた……。


「……ニャー」


 その姿は、普通の人から見れば……俺は多分、黒く毛並みもとてもキレイな……『猫』だと思う。


 ――でも、俺は元々『人間』だ。


 では、なぜ『猫』になったのか……というと、その理由はとても簡単だ……『気がついたらそうなっていた』だった。


 いや、簡単に言うと俺は一度『死んだ』のだ。そして、気がついた時には『黒猫』の姿になっていた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


母様かあさま母様かあさま!」

「どうかしたの? 一恭かずきよ


 廊下を走らない! とよく怒られていたが、この時の俺は「一刻も早く母様かあさまに会いたい」という気持ちで一杯だった。


「コレ……えっと、妹に」

「あら、可愛らしいわね」


 照れくさそうに差し出した俺の手には、真っ白くキレイな花が握られていた。それにコレは、最近生まれたばかりの『妹』に渡す為に庭から摘み取ってきたモノだ。


「あら、『妹』じゃなくてちゃんと『亞里亞ありあ』って呼んであげなくちゃ」

「うっ……」


 俺は最初、この『洋風な名前』に違和感を覚えて実はあまり呼んでいなかった。


「母様」

「? どうしたの?」


「なぜ『亞里亞ありあ』という名前にされたのですか?」

「……やっぱり、不思議に思う?」


 改まって聞かれてしまうと、正直反応に困ってしまう。それに、俺は最近家に出入りをしている『レオンさん』にある事を聞いていたのだ。


「うん……。それに、『アリア』って意味は『一人ひとり』って聞いて……」

「それは『レオン』から聞いたのね」


 ――なるほど、納得。という顔で頷いた。


「でもね。『アリア』という言葉は『一人ひとり』という意味ではなくて『独唱どくしょう』という意味なの」

「どくしょう?」


「ちょっと難しいけど、簡単に言うと『独唱どくしょう』は『一人ひとり』で曲を歌うから、あながち間違いではないわね」

「……そうですか」


 一応説明はされたものの、結局俺は理解しきれていない。


 ちなみに俺の名前も母様が名付けた。元々は『清らか』という文字を使って『一清かずきよ』という名前になるはずだったのだが……。


 しかし母様は、『見のほどをわきまえ、いつも冷静に自分を見つめることができる子に』という意味を込めてこの『時代』は珍しい『りょう』という漢字を当てた。


「確かに『アリア』という言葉には、そういった意味があるけどね……この子には。『一人じゃない』って思って欲しくてね」

「?」


「よく分からないって顔をしているわね」

「いえ……そんな事は」


「私は……病弱だから、いつまでこの子のそばにいられるか分からないわ。でもね、私じゃなくてもこの子の周りにたくさんの人がいてくれると嬉しいなって思うの」


 だから「一人だけど一人じゃない」って「人とのつながりや思いを大切にしてくれる子になって欲しい」って思いを込めたのだと……ちょっと照れながら言っていた。


◆ ◆ ◆


母様かあさま、大丈夫だよ。亞里亞ありあは楽しくやっているよ』


 俺の視線の先には、妹の元気な姿と……洋風な見た目の男性の姿があった。


 残念ながら俺はもう、亞里亞ありあの前に『人間』として現れる事は出来ない。でも、俺はこの姿になっても亞里亞ありあを見守ってきたのだ。


 しかし、亞里亞ありあは俺が死んだ後、菊さんも俺を殺してしまったという『罪悪感』からなのか、亞里亞ありあの前から姿を消した。


 ――結局のところ、亞里亞ありあは何もせずに『一人』になってしまったのだ。


 でも、今は『一人ひとり』ではない。


 それに、俺はあの『男性』を知っているし『他人だけど他人の様にも思えない』と言ってくれた。


『まぁ『レオンさん』と勘違いしてしまうほどだからな……』


 彼は多分。『レオンさん』の『親族』なのだろう。


 しかし、最初は「彼を知っているからといって『大切な妹』を任せて大丈夫なのだろうか……」と心配にもなった。


 だが彼が亞里亞ありあの『目的』を知っても、それを止めてくれた事にとても感謝している。それに……とても楽しそうだ。


『もう少し色々進展しても良さそうだけどな』


 なんて思う事があるが、それはまた別の話になる。


 俺はトコトコとゆっくりと……亞里亞ありあと洋風の男性『亮一りょういち』がいとなんでいる『骨董店こっとうてん 蜻蛉とんぼ』へと歩みを進めた。


 そして、俺に気がついた亞里亞ありあが「あら、久しぶり」と母様かあさまと似たような口調で元気に声をかけられる……。


 やっと手に入れた『日常』を俺はこれからも見守ろうと思う。だから母様かあさま。もう少しだけ待っていて欲しい。


 ――そんな思いも込めて、俺は青空にいるであろう母様に向かって「ニャー」と声をかけたのだった。

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骨董店『蜻蛉』の品モノ 黒い猫 @kuroineko

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